少年Jの憧憬 (3)
「ーーーそれで、悩んでいらっしゃると?」
そう言って優しく微笑むのは、ジャックが王都で魔石細工の教えを請うているヘイデンだ。
ハンナと別れた後、ジャックはこのヘイデンへと依頼の話をした。
ヘイデンは皺のある指先で顎を撫でながらしばしの間思案し、そしてその指先を離してからジャックに言った。
「お受けしたらよろしいのでは?」
そして、ジャックが修行の一環で作った魔石細工をそっと手に取る。
「一般的には、職人見習いはその師や工房の長に認められて職人へと昇格し、仕事を任せられるようになります」
そう、ヘイデンの言う通りだった。
しかしながら、ジャックはどこかの工房に所属しているわけでもなく。
師と呼べるような人物はこのヘイデンがシルバーになるのだが、ヘイデンにはあくまで魔石細工の作り方、技術の教えを請うているのであって、ヘイデンが客を相手にする様を弟子として側で見てきたわけではない。
シルバーからも、職人として客を取ることに関して何かを言われたことはない。
「しかし貴方の場合は、普通の職人見習いとは少々事情が違います。それ故にご自身が今、見習いか、職人なのか分からないから悩んでおられるのでしょう?」
ヘイデンの言葉に、ジャックは小さく頷いた。
ジャックは自分が今、どのような立ち位置にいるのかが分からずにいたのである。
だからこそ、第三者からの意見が欲しかった。
ヘイデンは手にした魔石細工を目の高さまで持ち上げる。
春に咲く花を模した魔石細工だ。
春の暖かで穏やかな陽だまりを思い浮かべながら、柔らかい色で作り上げたものだった。
「かつて工房の長を務めていた身として言わせていただきますと、貴方の魔石細工は職人と名乗るに十分値する出来栄えです。私の工房の見習いであれば、まず間違いなく職人に昇格させましょう」
魔石細工職人であるヘイデンからのその言葉は、素直に嬉しかった。
でも、シルバーはどうだろう。
そんなジャックの思いを悟ってか、ヘイデンは優しく微笑む。
「きっと、シルバーさんも貴方のことを認めていらっしゃると思いますよ。そうでなければ、貴方が秋の大会に出ることも良しとしなかったでしょう。あれは魔石細工職人の祭典ですから」
そして、客を取ることで学べることもあるとヘイデンは言う。
その言葉に、ジャックはシルバーの言葉を思い出す。
シルバーに教えを請う前、魔石細工作りにおいて自分に欠けていた、何より大切なこと。
ーーー『こればっかりは、客をとらなきゃ、わかるのは難しい』
客を取らなければ、分からないこともある。
「幸い、その少女は貴方の思いや事情を知った上で、それでも貴方に注文を頼まれたのです。そう恐れず、もう少しご自身に自信をお持ちになってください」
「自信がないわけじゃないんだ」
むしろ技術に関しては自信しかない。
難しい繊細な意匠を凝らすことだってできる。
ただ、一番大切な部分が未熟なままでは客に対して失礼にあたるのではないか。
それだけが、不安だった。
そう言うジャックに、ヘイデンは手にしていた魔石細工をそっと元の場所に戻すと、普段、魔石細工の指導をする時のような口調で問う。
「それでは、そのハンナという少女を美しく見せるにはどのような魔石細工が良いと思われますか?」
ジャックは今日出会った少女の姿を思い浮かべる。
ハッキリと自分の言葉を述べる勝気な少女。
艶やかな深い紅色の髪に、その意志の強さが表れたかのように鮮やかに燃える赤の瞳。
それでいて、目を伏せ手を組む姿は、静かで神秘的な雰囲気も纏っていた。
「ーーー華やかなものがいい。ハンナの意志の強いあの瞳のように、凛とした美しさを」
そして、ハンナが一瞬見せたあの静謐な一面も織りこんで、華やかかつ繊細に。
でも全体を繊細なつくりにしすぎては、きっとあの瞳の輝きに霞んでしまうから儚い印象にはならないように。
色は、ハンナの髪や瞳を考えると赤系統が馴染みやすいのだろうが、それでは美しく見せる以前に髪と同化してしまいそうだ。
それにあの宝石もあるのだから、あの青とも緑ともつかぬ神秘的な色も考慮しなくてはならない。
考えれば考えるほど、何が良いか次々に色々な案が思い浮かぶ。
そんなジャックの様子を見て、ヘイデンは優しい眼差しで微笑む。
「それだけ、依頼主のことを思いながら作ることができるのならば、何も問題はございませんよ」
そして、続けて言う。
「それに今、魔石細工の構想を考えながら貴方は不安や心配よりも、こう思っていらっしゃるのではありませんか?」
作りたい、と。
その一言に、ジャックは大きく目を見開いた。
そうだ、今、確かに自分は。
「ーーーヘイデン、俺、決めたよ」
魔石細工の構想を考えながら芽生えた自身の思いに気付いたジャックは、憑き物が取れたようにそう言って小さく笑った。




