少年Jの憧憬 (2)
「ーーーちょっと待ってよ!!話くらい聞いてくれたっていいじゃない!?」
その声は突如いつもの日常に飛び込んできた。
王都内を歩いていたジャックは足を止め、何事かとそちらに目を向ける。
「あれは……サンフォード工房」
王都でも有名な魔石細工工房の前で、一人の少女が怒りの表情でそのドアの向こうの主を睨みつけていた。
「あの髭オヤジ…!!平民はお断りって一体何様のつもりよ……!?」
その言葉に、ジャックは眉を顰める。
おかしいな、あの店はそこまで身分で差別するようなことはなかったはずだが。
と、こちらの視線に気づいたのか、少女の赤い瞳と目が合った。
「あんた、なに見てんのよ……って、ぁぁぁあああああ!?!?」
少女は睨みつけていた目を途中で見開くと叫び声をあげながら猛スピードでジャックのもとへと駆け寄ってくる。
その奇行にぎょっとしていると、ガシッと強く両手を握られた。
「あなた、秋の大会に出てた子よね!?」
ものすごい剣幕で詰め寄られ、ジャックは若干仰け反りながら肯定する。
「あ、ああ…出てたけど」
「やっぱり!ねえ、貴方に頼みたいことがあるの!!」
ジャックの言葉に少女は笑みを作りながら言う。
「魔石細工を作ってちょうだい!!」
***
依頼内容を聞く前に断ろうとしたジャックだったが、その言葉を聞くや否や少女ハンナに近くのカフェへと連れ込まれた。
曰く、話くらい聞いていきなさい、だそうだ。
「……そもそも、どうしてサンフォード工房はハンナの依頼を聞いてくれなかったんだ?それに他の工房にも行ってみたらどうだ。王都には店がたくさんあるんだし」
「行ったわよ。全部とまではいかないけど、両手で数えられる以上はね」
甘いキャラメルマキアートを口につけながら、ハンナは疲れたように言う。
「………精霊祭が、近いのよ」
精霊祭。
精霊に感謝と祈りを捧げる一日。
その年の収穫、商売、健康など人により感謝も祈りも様々だが、王都では家の周辺や街の至る所を美しく飾り付ける習慣がある。
その飾り付けは、特に貴族間では魔石細工であるのが一般的だ。
つまり、精霊祭の前は魔石細工の注文が殺到する。
魔石細工職人の稼ぎ時の一つだ。
「……なるほど、だからか。きっとどの工房も注文が多すぎて人手が足りてないんだろうな」
「そうよ!どの工房に行っても今は注文を受け付けてないんだって断られて!終いには平民だからって…!!」
「……まあ、忙しい時に羽振りのいい貴族からの仕事を優先するのはある意味当然だろうけど……」
「…何?貴方もあいつらと一緒なの?」
「はあ。だからさっきも言っただろ。俺はそもそもまだ客をとるつもりはないんだって」
「どうして?貴方はあれだけ綺麗な魔石細工をつくれるのに」
心底不思議そうに目を瞬かせるハンナに、ジャックは溜め息を吐きながら口を開いた。
そしてジャックからその理由を聞いたハンナは呆れたように言う。
「っはあ?あんた馬っ鹿じゃないの?」
「なっ!?ば、馬鹿だって!?」
突然のバカ呼ばわりに思わず目を白黒させると、ハンナはふんっと鼻を鳴らす。
「そうよ。だって誰しも初めてがあるのは当然じゃない。なのに一人で怖気づいてその機会を逃してるのよ?これを馬鹿と言わずしてなんと言うのよ」
な、なるほど。
確かに、そうとも言えるのかもしれないな………俺、逃げてるだけなのか…??
押し黙ったジャックに、ハンナは唐突に問う。
「今、あんたいくつよ?」
「15」
「…なら全然問題ないわ。いーい?あの魔石細工職人シルバーが大会で優勝したのは確か14歳の時よ。その後彼は客もとって、やがて王宮から声がかけられたわ。貴方とほとんど変わらない年で、それだけのことをやってるのよ。貴方にも出来ないなんてことはないわ」
……なんという無茶振り。
でも、
「……あの人と俺を、一緒にするな。大体俺は大会で優勝してないし、シルバーが大会で作った魔石細工のような完成度には全然届いてないんだ」
そう、あの、銀の花。
一枚一枚の花弁が薄く、艶やかに。
あの日の晴れ渡った空の太陽の輝きとはまた違った、静かで、淡く儚いーーーまるで月のような輝きを放って。
「ま、私もあの大会見に行ったからよく覚えているわ。あれ程美しい魔石細工は見たことがないもの……昔も、今もね」
今、ハンナがあの花を賞賛しているように。
今、ジャックが記憶の中のあの花に想いを馳せているように。
きっとあの大会で、あの花を見た者達がその美しさを忘れることはないだろう。
銀の花は、ジャックの幼い記憶の中でも決して朧気になることなく、淡い輝きを放ち続ける。
いつか、あんな風に人の心に残り続けるような、そんな魔石細工が作れたなら。
あの花こそが、ジャックの憧れの全てだった。
「ーーーーでも、私はあの銀の花と同じものを貴方に求めているわけじゃない」
その声に、ジャックの意識は銀の花から現実へと引き戻される。
「これを使って、サークレットを作って欲しいの」
そう言ってハンナが静かにテーブルの上に置いたのは、一つの青とも緑ともつかぬ神秘的な色合いをした綺麗な宝石だった。
「……サークレット?」
「サークレットは冠の一種よ。でもキャップみたいに頭部を覆う部分はないわ。ほら、踊り子達がよく頭に着けてるでしょう?」
「踊り子……うーん…あれか?なんか髪飾りっていうか、額飾りみたいなヤツ?」
「それよ」
「ハンナは踊り子なのか?」
「今年の精霊祭で踊る踊り子の一人に選ばれたの」
魔石細工ばかりのジャックは知らなかったのだが、毎年数人の若い女が選ばれて精霊祭の夜に踊りを捧げるらしい。
「でも私以外の子はみんな裕福な家の出身でね、相当気合入れて準備してるみたいだからみんな美しく着飾ってくるに違いないわ」
このままでは一人だけみすぼらしい格好で人前に出なくてはならなくなる、とハンナは言う。
「そんなの恥ずかしいし、精霊様にも失礼よ」
「……ハンナは、どんなサークレットが欲しいんだ?」
「精霊様の御前で身につけるに相応しい、美しいものを。そして、私を美しく見せてくれるサークレットを」
そう言いながら、祈りを捧げるように両手を組むハンナ。
ジャックは、そんなハンナとテーブルの上の宝石を見比べる。
精霊の御前で身につけるに相応しい、美しいもの。
ハンナをより美しくみせる、魔石細工。
「………でも、やっぱり俺には」
「まだ言うの?自分には早いからって。そんな理由は認めないわ。あの大会の舞台に立てた時点で、貴方は既に職人としての力があることを認められているのよ。もし断るのなら、ほかの理由で断りなさい」
自分にはまだ早い、以外の理由。
ジャックは目の前の真っ直ぐなハンナの瞳を見返しながら他の断る理由を探してーーーそして、それらが全く無いことに気付き愕然とした。
無いじゃないか。
己の未熟さ以外に、作らない、作りたくない理由が見当たらない。
「……時間がほしい。少し、考えさせてくれないか」
そう絞り出すようにして言ったジャックに、ハンナは反論する事もなく分かった、と素直に頷いてくれた。
ただし、1日だけだ、とハンナは言う。
「精霊祭まで、もう時間がないの。もし貴方に断られたら私は他をあたらなくてはならない。そう長くは待てないわ」
「ああ、分かった。明日、またここで会おう」
そうして、ジャックはハンナと別れ、自分の家へと戻ったのだった。




