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赤字続きの魔石細工店  作者: 夜風
第一章
6/111

赤字の魔石細工職人

 





「いやあ、暇ですねぇ」

 

 


 リオはお茶を飲みながらのんびりと言った。

 そこにすかさず鋭い一言が投げかけられる。

 

「仕事しろ、仕事」

 

 シルバーだった。

 

「仕事といっても、ねぇ」

 

 何故こんなにもリオが暇そうにしているのかというと。


「セシリアちゃん、ホントいい子ですよね。優しくて真面目でよく働いてくれるんでこちらの仕事が何にもないんですよね」

 

 セシリアが住み込みで働くようになってから3日。

 初め、リオは自分が普段行っている仕事のうちの一つでも手伝ってもらえればそれでいいとしていた…のだが。

 セシリアは要領がいいのかすばやく任された仕事をこなし、次の仕事を要求してくるのだ。

「それが終わったのなら自由にしてていいんですよ」と言っても「もっと働かせてください」と笑顔で言われ、なんだかんだで仕事を任せているうちにリオの仕事がなくなってしまったのだ。

 

「ならてめえに仕事をくれてやる」

「え、ご遠慮します」

 

 シルバーの言葉に笑顔で即答する。

 ピキ、とシルバーの額に怒りマークが見えた気がした。

 

「あの餓鬼と一緒に、近くの公園に行ってこい。今日は祭りの日だったはずだ」

「そういえばそうでしたねえ」

「金やるから、行ってこい」

 

 そう言ってシルバーは銅貨の入った袋を投げてきた。

 思わずふふ、と笑みがこぼれる。

 

「分かりました。ではシルバーの好きなワッフルも買ってきますねー」


  彼は案外甘いものが好きなのだ。

 

 

 リオはカウンターで店番をしているであろうセシリアの元へと向かった。

 セシリアに祭りのことを話せば、彼女は嬉しそうに笑った。

 

 リオとセシリアはお昼を食べがてら、公園へと足を運ぶ。

 街外れの小さな公園の祭りなのでそんなに規模が大きいわけでもないが、地元の子供達が楽しむには十分であった。

 普段はしっかりとしていて同年代の子たちよりも大人びているように見えるセシリアも、お祭りでは年相応に目を輝かせていた。

 二人で様々な屋台を食べ歩き、時には輪投げや射的などのゲームもやった。

 もちろん、シルバーへのお土産も忘れない。

 そして空が赤く染まる頃、セシリアとリオは店に帰ることにした。

 

 店に着くとセシリアはパタパタと階段を駆け上がっていった。

  きっと、今日のお祭りでのことを手紙に書いて姉に送るに違いない。

 

「帰ってきたか」

「あ、シルバー。ただいま戻りました」


 奥の作業部屋から姿を現したシルバーに、お土産の袋を渡す。

 

「はい、お土産のワッフルです」

「別に、土産を頼んだ覚えはねぇぞ」

 

 とかなんとか言いつつも袋を受け取ったシルバーの表情が緩んだのをリオは見逃さない。

 


「で、そちらの仕事はどうですか。順調ですか?」

「問題ねぇな。明日には、完成する」

 

 

 その言葉通り、彼は翌日の午前中には魔石細工を完成させた。

 

 

 



 ***






「出来た」

 

 


 翌日、店のフロアをせっせと掃除していたリオとセシリアにシルバーから声がかかった。

 

 セシリアと顔を見合わせ、急いで掃除道具を片付けた。

 一度作業部屋に消えたシルバーは、完成した魔石細工を手に2人の前に戻ってきた。

 魔石細工を目にしたセシリアは、目を大きく見開いて言葉を失っていた。

 その気持ちがよく分かるリオはそっと魔石細工に目を向けた。

 

 美しく咲き誇る花と花弁にとまる一匹の蝶。

 

 姉はピンク色が好きだからというセシリアの要望で、ピンクをベースとした美しい様々な花が一輪一輪艶やかな輝きを放ち咲き誇っている。

 その中で一際大きな一輪に翅を開いてとまる一匹の蒼い蝶は、細かい翅の模様まで繊細に造られている。

 今にもその美しい翅が動き出しそうな程、精巧だ。

 あまり大きなものは病院に飾ることはできないからと手のひらサイズの魔石細工であったが、小さくともその美しさは見る者を魅了するには十分であった。

 

「こんな、こんなにも素晴らしいものを…」

 

 ようやく口を開いたセシリアは、まるで畏れ多いとでもいうように小さく呟いた。

 

「よし、なら、さっさと支度しろ。病院に行くぞ」

 

 セシリアの反応を見たシルバーは、満足げに頷くとそう言い残して再び作業部屋に消えた。

 

「私、本当に何と言ったらいいのか…あんなに素晴らしい魔石細工を作っていただいて感謝の気持ちでいっぱいです」

 

 残されたセシリアは夢でも見ているかのような表情でリオを見た。

 それにリオはそっと微笑む。

 

「それはあれを作った本人に言ってあげてください」

「そうですね」

 

 セシリアは小さく笑った。

 

 

 


  ***



 

 

 病院に到着し、リオとシルバーもセシリアを見送るためともに馬車から降りる。

 シルバーが美しく包装された魔石細工をセシリアに渡そうとするが、それを受け取る前にセシリアは慌てたように言う。

 

「あの、ちょっと待ってください。まだ私お金払っていないので先にお金を…」

 

 がさごそとカバンに手を入れるセシリア。

 

「すみません、こんなに素晴らしい魔石細工には到底足りない金額ですが。お金を貯めて足りない分は必ずお返しします」

 

 そう言う彼女に、シルバーはぶっきらぼうに言い放つ。

 

「別にいらねえよ。てめえはうちでしっかり働いたからな。むしろ、てめえの働きぶりはその魔石細工の値段以上だ」

「そんなわけないでしょう!その魔石細工に見合うほど働いた覚えはありません!」

 

 目を大きく見開いて首を左右に高速で振るセシリアに、リオは苦笑する。

 本当にしっかりした子だ。

 まあ、きっとセシリアが真面目で、姉思いの本当にいい子であったからこそシルバーも金はいらないと言っているのだろうけど。素直じゃない彼がそれを言える訳がない。

 

「別に街でたまたま安く買うことが出来た魔石で作ったから、本当にてめえが働いた分で十分なんだよ」

 

 そう言ったきり口を閉ざしてしまうシルバー。

 いまだおろおろとしているセシリアを見て、シルバーの代わりにリオが言う。

 

「シルバーとしては、その魔石細工でお姉さんが笑ってくれればそれで十分なんだと思いますよ。セシリアちゃんの願いが叶うのが一番の報酬なんですよ」

「でも、」

「それでも納得がいかないというなら、もし、私たちの店が人手を必要とした時にまた手伝いに来てくれませんか?」

 

 そう言うと、セシリアは今度は首を高速で縦に何度も振り、ようやく魔石細工を受け取ってくれた。

 


「シルバーさん、リオさん。本当に、本当にありがとうございました!このご恩は一生忘れません」

 

 

 セシリアちゃんは花が咲くように笑った。

 それを見たリオは、人の喜ぶ顔というのはやはり何にも代えがたい価値を持っていると改めて思う。

 それはきっとシルバーも同じだろう。

 

「人手が足りない時はすぐに呼んでください!」と言うセシリアちゃんをリオは手を振って見送った。

 セシリアが見えなくなると、シルバーはさっさと馬車の中へと戻ろうとする。

 そんなシルバーを追いかけ隣に並ぶと、リオは茶化すように言う。

 

「で、良かったんですか?」

「なにがだよ」

「お金」

「あ?だから魔石を安く買えたって言っただろ」

「そんな嘘私に通じるわけないでしょう」

「……安く買えたのは、本当、だ」

 

 シルバーはリオから目を逸らしながらボソッと言った。

 

 いくら安く買えたと言っても、やはり、魔石は魔石だ。

 タダでやれる程の値段で仕入れることは出来るはずがない。

 


「大赤字、ですね?」

 

 

 からかうようにシルバーの顔を覗き込めば。

 

「うるせえ!悪いか!?」

 

 彼は機嫌を損ねて一人馬車の中へと戻ってしまった。

 その様子にリオはくすくすと笑う。

 別に、大赤字だとシルバーを責める気は初めからさらさらない。

 ただ、シルバーをからかって反応を楽しみたかっただけである。

 

「はあ。せっかく久しぶりの仕事だったのに、さらに家計が苦しくなるなんて」

 

 そう言いつつも、リオは全く悪い気はしなかった。

 半年近くも一緒にいるのだ。

 リオにはなんとなく分かっていた。

 

 シルバーは、職人としての腕は最高だ。

 以前何度か他の職人の作品も目にしたことがあるが、素人目から見ても、そのどれもがシルバーの作品には遠く及ばないと感じた程だ。

 

 職人としての腕はあるが、商人としての腕は皆無。

 

 それがシルバーに対するリオの評価だった。

 

「全く。本当に商売には向いてないんですよね、あの人。仕方ありません、ここは上手く生活費を切り詰めて乗り切るしかないしかないですね」

 

 作りたいやつにしか作らない、という彼の信条もそうだが、店を赤字にしているのにはほかにも理由がある。

 それは今回のことで明らかだ。

 口ではなんとでも言うが、彼は案外情に流されやすい。

 本来ならば相当な値がつくであろうものをこうして簡単に安く売ってしまうのだ。

 


 少々困りものだが、むしろそんなシルバーが誇らしいと思うリオなのであった。


 


 


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