言葉の壁 -元女子高生の苦悩 (2)-
ふと、リオは寝苦しさを感じて目を覚ます。
横を向いて寝ていたが、目に入るのは明らかにソファでもなく、リビングのものでもない。
至近距離に目に入ったものに、リオは思わず驚いて悲鳴をあげそうになる。
慌てて口を両手で塞ぎ声を上げるのをなんとか防ぐと、勢いよく身体を反転させる。
ばくばくと心臓の音が五月蝿い。
「何、この状況」
なんとか暴れる鼓動を落ち着かせ、今の状況を整理してみる。
まず、ここはソファの上ではなくベッドの上。
次に、何故かシルバーさんが一緒にベッドの中にいる。
い、意味がわからない……。
混乱しすぎて頭はパンク寸前で、更に狭いベッドの中で彼の体温を背中に感じ余計に何も考えられなくなる。
仕方ない。
自分だって一応女だし、異性とこんなに密着した状態で寝るだなんて混乱するのも当たり前。
「と、とりあえずベッドの中から出よう」
幸いすでに空は明るみ始めていたため、そのままリオは起床することにする。
少ししてリビングに現れた彼は全くいつもと変わらない様子でリオはますます戸惑う。
「あ、あの……」
「…?」
「…やっぱり何でもありません……」
それからリオはその日もソファで寝ようとしたのだが、今度はシルバーに腕を引かれベッドまで連れて行かれてしまう。
ベッドで、寝ろと…?
もちろん全力で拒否したリオだったが、彼は一つ溜め息を吐くと、問答無用でリオをベッドの上に転がした。
「ちょっと!何するんですか!私はソファで十分なんです!!」
「×××××,××××××!!」
「って、何でベッドの中に入ってくるんですか!?」
まさかこの人、女好きだったりするのか、と思っていると。
ぽんぽん。
優しく、頭を叩かれた。
ポカン、とベッドの中で彼の顔を見上げていると、彼は更に一定のリズムで今度はリオの背中を叩く。
まるで幼子を寝かしつけるようなそれだ。
ーーー分かった。この人、私のこと小さな子供だと思ってるんだ。
そう考えれば、全てに納得がいくような気がした。
リオは、急に彼とベッドの中にいることに慌てるのが馬鹿馬鹿しくなり、全身から力が抜けるのを感じた。
それと同時に、彼が刻む一定のリズムにうとうとと微睡み始める。
そして気づけばそのまま眠ってしまった自分は本当に馬鹿である。
***
それからも何度もリオは自分はソファで寝ることを抗議したが、結局彼とベッドで寝ることになってしまう状態が続いた。
そして、冒頭へと戻るのである。
リオはもう一度目の前の顔を見つめ溜め息を吐く。
「……はあ」
すると、彼が小さく身じろぎする。
「………ん」
起こしてしまったか、とリオは慌てて目を閉じ、じっと動きを止める。
するともぞもぞとシルバーが動き、そっとリオの腰に手がまわされた。
ちょ、どこ触ってんだよ。
そのまま軽く引き寄せられたと思ったら、再びぽんぽんと優しく背中を叩かれる。
ーーー駄目だ。
これは、駄目だ。
私が、もたない。
彼が私をまだ幼い子供だと思って、寝かしつけようとしてこうしているのは分かっている。
だけど、そうはいってもこんな状態で寝れるわけがない。
いくら頭で分かっていても、心臓に悪い。
とはいえ話しても言葉が通じないのだからまた同じことを繰り返すだけだ。
ーーーー早急に、言語を習得しなければ。
それまではなんとかこの状態に耐えるしかない。
密かにリオは決意する。
全ては、自身の安眠のために。
***
それからはシルバーに頼んでひたすら言語の勉強をした。
元の世界では受験期真っ只中であったが、もしかしたらそれよりも必死に知識を詰め込んでいたかもしれない。
ソファで寝ようとすると必ずベッドへ連行されるため、言葉を覚えるまでの我慢だと思って、途中からはもう抵抗するのはやめて素直にベッドで寝ることにした。
そして一緒に過ごすうちに気づいたことがある。
多分、この人私が男だと思ってる。
多分っていうより、ほぼ確実に。
そう思える節が何度かあった。
何があったかはここでは割愛させてもらおう。
それと一度だけ、不思議なこともあった。
ふと「母さんたち、どうしてるかな」と日本語で呟いた時、シルバーが食いつくように日本語の"母さん"の意味について尋ねてきた。
………まあ、それはあまり考えないようにしよう。
そして約一ヶ月を経て、私はようやく覚えた言葉で告白する。
その日もまた餓鬼扱いされたので、言ってやったのだ。
「私、そんな、餓鬼じゃない」
「あ?どう考えても餓鬼だろ。こんな細っこいし、声変わりだってしてねぇし」
「私、男違う。私、女。歳、18」
シルバーは分かりやすいくピシリ、と硬直した。
そして次の瞬間叫ぶ。
「は!?てめえ、女だったのか!しかも18って…嘘だろ!!」
「…ほんと、です」
やっぱり、私のこと小さな男の子だと思ってたんだ。
その後しばらく彼はわめいていたが、やがて少しトルーマンの所へ行ってくる、と言って留守番を頼まれた。
それから帰ってきたシルバーは大急ぎで一つの部屋を片付け、そこへ新しいベッドを用意してくれた。
「その、いや、あれだ。今まで、悪かったな」
何処かきまり悪そうにつっかえながら謝ってきたシルバーに、むしろ新しい部屋を用意してくれたことに礼を述べる。
本当に、彼にはお世話になりっぱなしだ。
赤の他人である自分を拾い、ここまで世話を焼いてくれるなんて、きっと彼のような人をお人好しと言うんだと思う。
そこでふと、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみる。
「何故、私と一緒、寝てた?」
「あー……」
私の質問にシルバーは視線を宙に彷徨わせる。
言いにくいことなのかな。
なら、別にいいや。
「……やっぱり、いい」
とりあえず、今日からは一人で寝れるのだ。
私は安眠を手に入れた。
うん。
それで十分だ。




