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赤字続きの魔石細工店  作者: 夜風
第一章
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少女の望み

 






 可愛らしいお客様の来店から一週間後。

 

 朝開口一番にシルバーが突然街に行くと言い出し、リオも付いて行くことになった。

 大方、魔石細工作りの道具に関することで修理か買い物でもするのだろう。

 リオはちゃちゃっと身支度を済ませると、馬車に乗り込んだ。

 

 日本と違ってこの世界は治安がいいとは言えない。

 この街テータムだって、中心地や大通りは人も多く賑やかであるが、少し視点を変えれば貧民街も点在している。路地裏なんかにはごろつきもいるし、危険だらけだ。

 アルジェンテはそんな街の外れに位置しているため、多くの店で賑わう街の中心部へ行くにはそういった場所を通らなくてはならず、いつも馬車で駆け抜けていた。

 やがてシルバーとともに街に着いたリオは、各々が別に見たいものがあるということで彼とは別行動をとることになった。三時間後にはまたこの馬車のところに集合である。


 久しぶりの街とあって、行き交う人々の活気にリオはきらきらと目を輝かせた。

 だがしかし、忘れてはならないのは現在リオにはーーーシルバーにも当てはまるのだがーーー金銭的余裕はないのだということ。残念ではあるが仕方がない。

 

「本当は買い物ついでに何か美味しいものを食べたいところだけど…まあ、屋台もたくさんあるしどこかしら試食させてもらえないかな。よし、行こう」

 

 金がないならタダのものを狙うまで。

 そして買う時は持ちうる交渉術を最大限に利用し安く買う。

 それがここ最近のリオの信条であった。

 

 




 ***




 

 

 しばらく街を堪能していると、リオは通りの片隅に見たことのある姿を見かけた。

 

 シナモンのように薄い茶色の髪。

 小動物のような愛らしい容貌。

 

 一週間前に店を訪れたあの少女だった。

 なにやら行き交う人々を悩ましげに見ていたが、ふとリオの方を見ると大きく目を見開いた。

 リオはそれに小さく微笑み返し、人混みを縫って少女の元まで歩いて行く。

 

「どうも、お久しぶりです。まさかこんな所でまたお会いするとは」

「あ、確か、アルジェンテの」

「はい。リオと言います」

「私はセシリアと言います。お久しぶりです」

 

 そう言ってセシリアはほっとしたように笑った後、再び顔を曇らせ俯いた。

 

「…どうかしたのですか?」

 

 リオはすこし屈んでセシリアの顔を覗き込む。

 セシリアの瞳はゆらゆらと揺れていた。

 

「…あの、お話があるんです。少し、付いてきてはくれませんか?」

 

 


 そうしてセシリアについていくリオだったが、進むにつれ段々と往来する人の数が減っていき、ついには誰もいない路地裏へと入っていこうとする。


 流石に不味いと感じ、リオは路地裏に入る手前で立ち止まりセシリアに声をかけた。

 

「セシリアちゃん、ここは危ないですよ。もう少し人のいる通りまで戻りましょう?」

 

 路地の影の中で立ち止まったセシリアは、リオの声に小さく振り返る。

 セシリアの瞳はいまだ躊躇うように揺れていたが、一度ギュッと目を閉じると、目を開きながら勢いよく顔を上げた。そして震える声で言った。

 

 

「私を一晩買ってください…!」

 

 

 そのあまりにも衝撃的な一言は、リオの脳内を真っ白にするには十分であった。

 リオは瞳を大きく見開いてピシリと固まる。

  完全に動きを止めたリオに、セシリアは詰め寄りながら畳みかける。


「あの、こんな小娘を抱くなんて、リオさんも嫌に決まってるでしょうけど…ですけど、お願いします…!どうか、情けを…情けをかけると思って一晩っ、」

 

 必死に続けようとしたセシリアの口はリオの手に塞がれた。


「セシリアちゃん、そんなことをしては駄目だ」

 

 リオはぐっと顔を近づけ、しっかり目を合わせながら言った。

 セシリアの揺れていた瞳がリオの顔を捉えると、しばらくして瞳に薄い膜が張ったのが分かった。

 リオの真剣な眼差しの中にある心配と優しさに気づいたのだろう。

 それを見たリオは、手を離そうするが、今度はセシリアにその手を掴まれてしまった。

 リオの手を両手でぎゅうと握りながら、セシリアは泣き叫ぶように言った。

 

「分かってます!自分だって馬鹿なことしてるって、分かってるんです!けれど、もう、これしかないんですよ…」

 

 そのままリオの手に額をつけ、セシリアは泣いていた。


「だって、仕方ないじゃありませんか。私にはどうしても魔石細工が必要なんです。けれど貧乏な私にはそれを買うだけのお金がありません」

「なら少しずつお金を貯めて、それから…」

「それじゃあ駄目なんです。すぐに必要なんです。けれど私の収入はその日の食べ物を買うだけで消えてしまうし…だから、魔石細工を買うためにはもう、これしか…」

「どうしてそこまでして魔石細工を…」

「…姉の、ためなんです」

 

 セシリアは悲しげに目を伏せた。

 

「姉は、病気で…全然良くならなくて。病気になってから姉は目に見えて弱ってしまって。私に心配かけまいと微笑むその姿が私には耐えられなくて。もう、ずっとそうなんです。寂しそうに、影を落としながら笑うんです」

 

 セシリアは、姉の表情を思い出してか、苦しそうな顔をする。

 

「そんな姉がまだ元気だった頃、街のお店に飾られていた魔石細工を眩しそうに見ていたのを思い出して…!私は、少しでも姉のために何かしたいんです!それで元気になって、姉さんにまた前みたいに笑って欲しいんです!!」

 

 姉を喜ばせるのにこれくらいしか思いつかなくて、とセシリアは悲しそうに苦笑する。

 

「私は、大好きな姉の、あの輝くような笑顔が見たい…」

「…」

「でも、日に日に弱っていく姉さんに、私は何もできない...」

 

 そう呟くように言って俯いてしまったセシリア。

 リオはしゃがんで目線を合わせると優しく声をかけた。

 

 

「…もう一度、シルバーに頼みに行きましょうか」

 

 

 いまだ俯くセシリアの頭をぽんぽんと軽く叩く。


「あの人、案外困ってる人に甘いんですよ」


 その言葉に顔を上げたセシリアは涙に濡れた目をパチパチと瞬かせた。

 これは信じていない顔だな、と思わず苦笑が溢れる。

 

「それと、魔石細工だけではないと思いますよ。お姉さんはきっと、貴方が側にいてくれるだけで嬉しいんじゃないでしょうか」

 

 セシリアはハッとしたようにリオを見上げる。

 

 

「むしろ、妹が自分を犠牲にしてまで買った魔石細工を、お姉さんは喜んで受け取りますか?」

 

 

 その言葉に、セシリアはまた涙を流した。

 

 

 

 


 ***






 セシリアが泣き止んだ後、リオはセシリアの手を優しく引きながら路地裏を後にした。

 さて、馬車の所まで戻ろうかと歩き出した所で、そう遠くない場所に銀色の頭が見えた。


「セシリアちゃん、いましたよ。さあ行きましょうか」

「は、はい」

 

 セシリアはきゅ、とリオの手を握った。

 スラリとした後姿に、リオはおーい、とでも言うように軽く声をかける。

 

「シルバーさーん」

 

 その声に振り返ったシルバーの目は、何やら既に吊り上っているような気がしたが、リオとその隣のセシリアを視界に入れたことであからさまに眉を顰めた。

 リオは「あ、やべ。なんか知らないけど機嫌悪そう」と敏感に感じ取る。

 同時に、より強く握りしめられた手の鈍い痛みに、セシリアのためだとなんとか己を奮い立たせる。

 

「あの、シルバー、少しお話が…」

「話なんてねえだろ。てめえいつまで待たせるつもりだ。とっくに約束の時間過ぎてんだよ、さっさと準備しろ。帰るぞ」

「だから、少し待ってください。セシリアちゃんの魔石細工のことで」

「早くしやがれ」

 

 シルバーが全く取り合おうとしないので、ついにリオからぷちんと何かが切れた音がした。

 

「ちょっと!こっちは話があるっつってんですよ!セシリアちゃんがどんな思いで魔石細工を必要としてるか、」

「ギャーギャーわめくな!うるせえ!早くしろ、何度もいわせんじゃねえ!!」

「なんで話も聞いてくれないんですか!やっぱりあれですか?金ですか?作りたいやつ以外どうとか言って、なんだかんだやっぱり金がないとてめえは話を聞くことすらしねえのか!」

 

 リオは怒りのあまり、シルバーに詰め寄ってその胸倉を掴みあげる。

 するとシルバーは「ーーーぁぁあああ!」と叫び、ぎろりとリオを睨んだ。

 

「面倒っくせえ!!ったく姉のためだかなんだか知らねえが、さっさとしろっつってんだよ!魔石細工が必要なんだろ!?」

「だから、貴方って人はっ…て、あれ?なんでお姉さんのこと知って…?」

 

 そこで、リオはシルバーの言葉に違和感を覚える。

 まだセシリアのお姉さんのことは何も話していないはず。

 シルバーの方を見てみると、本人はしまったと苦虫を噛み潰したような表情をしていて。

 

 それを見たリオはニヤリと悪どい笑みを浮かべた。


 

「あーなるほど。さては盗み聞きしてましたね?」

 

 

 からかうようにニヤニヤとした笑顔を浮かべると、シルバーは開き直るように言い返す。

 

「悪いか!?時間過ぎてもてめえは来ねえし、探しに行ってみたら、その餓鬼がなんか泣いてやがるし、だいたい…」

 

 ぐちぐちと何やら言い続けているが、この男は気づいていないのだろうか。

 本当に、この人は。

 腹を抱えて爆笑したいのを堪えて、いや、多少堪えきれずに口元を歪めて、彼の終わりの見えないそれに終止符を打つ。

 

「で?」

 

 リオがそう言うとシルバーはぐしゃぐしゃと片手で頭をかき乱し、セシリアに向き直って言った。

 

「おい、餓鬼!今回だけだぞ!」

 

 ギロリと睨みながら言ったそれも、賢いこの少女は照れ隠しなのだど気づいたようで、嬉しそうに笑った。

 

「はいっ!」

 

  その返事にシルバーはまた渋面を作り、決まり悪そうに顔を背けた。

 

 

 

 

 

 

  ***






「ホント、シルバーさんは言葉が足りないですよね。早くしろ、だけだと分かりませんよ」

 

 

 馬車の中で、リオは溜息交じりに言った。

 言われた本人は「さん付けすんじゃねえって言ってるだろ」と言ったきり、ツーンと顔を背けて窓の外を眺めている。

 つまり、さっきの『早くしろ早くしろ』には肝心の言葉が抜けていて、本当は『帰ってあの餓鬼の魔石細工作るから早くしろ』と言っていたのだ。

 セシリアのためだと言うのが恥ずかしかったのだろう。

 

「ふふ」

 

 同じ馬車に揺られながら、セシリアも小さく笑った。

 あの後、魔石細工の構想を練るためにセシリアの話も改めて聞くことになり、共にアルジェンテへと行くことになった。

 セシリアのお姉さんは今、街外れの小さな病院に入院しているそうで、家にいるのは自分一人だから鍵をしておけば問題ない、とのこと。


 そこでリオはある提案をしてみた。


「セシリアちゃん、魔石細工が完成するまでの間、アルジェンテで働きませんか?」

 

 おそらく、セシリアは魔石細工を作ってもらえることに喜んでいる反面、ちゃんとした金額を払えないことを後ろめたく、申し訳なく感じている。

 なんとなく、彼女は真面目でしっかりした子だろうと思ったリオはそんな風に推測していた。

 まあ半分は勘であったが、どうやらそれは当たりであったようで。

 

「ほ、本当ですか…!」

 

 リオの提案にセシリアはパアアとその顔を輝かせた。

 

「ぜひ、ぜひ働かせてください!!」

「シルバー、いいですよね?」

「…勝手にしろ」

 

 ぶすっとしたように返事をするシルバーに、リオはセシリアとやったあ!と小さくハイタッチを交わした。

 

 

 泊まり込みで働いてもらうことになったため途中でセシリアちゃんの家に寄って、必要な物を取りに行き、しっかりと鍵を閉めたのを確認してから改めてアルジェンテに向かって馬車を進めた。

 毎日お見舞いに行っているというお姉さんには、しばらくお見舞いに行けないことを伝える手紙を病院に送ることに。


 こうして期間限定ではあるが、アルジェンテには住人が一人増えた。

 

 

 



 

 

 

 

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