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赤字続きの魔石細工店  作者: 夜風
第七章
47/104

弟子? (2)

 





 シルバーからの指導が始まってから、アルジェンテはより一層騒がしくなった。

 

 

「どうですか!?」

「駄目だな、まだ練りが甘い」

 

 

「ーーこれは、どうですか!」

「だから、それはちげえっつってんだろ」

 

 

「ーーーなら、これなら!!」


「だぁぁあああ!さっきと変わんねぇよ!もう一回やり直せ!!」


 

 リオは騒がしいBGMを聞きながら、ずず、とリビングでお茶を飲む。

 ジャックは実に熱心な生徒のようで。

 毎日のようにシルバーの叫び声が聞こえる。

 

 と、そこへふらふらとジャックがリビングに入ってきた。


 

「……お疲れ様です」

「ああ」

 

 どさっとソファの上に倒れこむジャック。

 相当疲れるのか、毎日夕食の時間になると、こうしてソファへとダイブする。

 そして、そのあとにシルバーがリビングへと現れる。

 


「おい、ジャック。今日やったこと、忘れんじゃねえぞ」

「はい…師匠……」

 

 力尽きて、弱々しい声で返事をするジャック。

 リオは、ジャックの師匠という言葉に密かに微笑む。

 どうやら、本当にこの二人の間には師弟関係が成り立っているようだ。

 同じくソファへと座ったシルバーに、リオは笑いながら尋ねる。

 


「で?弟子の様子はどうですか、師匠?」

 

 茶化したようにそう言えば、誰が師匠だ、と言ってからシルバーは続ける。

 

「やっぱり天才だな、こいつは。それに向上心も熱意も申し分ねぇ」

「それはそれは、大層評価しているんですね」

「だがな。やっぱり、欠けてるものは変わんねぇよ」

  「欠けてるもの、ですか」

「まあ、こればっかりは実際に客をとらねぇ限り、気づくのは難しいだろうがな」


 そんなことを話しているうちにジャックは既に夢の世界に旅立っていた。

 …まるで気絶に近いな、これは。

 ちらりとソファに沈み込むジャックを一瞥してから、シルバーは立ち上がる。



「飯の準備だ、手伝え」

「はいはい」

 

 続いてリオもソファから立ち上がる。


 キッチンへと向かう前に、すやすやと眠るジャックのあどけない寝顔を見る。

 

 

 


 果たして、シルバーに天才とまで言わせた彼の欠けているものとは一体何だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ジャックが来てから、アルジェンテは秋をむかえた。

 

 時が経つのは実に早いもので、あと一週間後には、王都で魔石細工の大会が開かれる。

 

 

「……まさか、こんなにも早く王都に戻ることになるとは、思わなかったぜ」

「同感です」

 

 馬車の中で、シルバーが頬杖をつきながら、遠い目をして言った。


 結局、シルバーが大会に出場することにはならなかったものの、ジャックが大会に出るということで、シルバーもそれを見に行くと言い出したのだ。

 どうも、弟子のことが気になるらしい。

 弟子がどこまでやれるか気になるのか、はたまた上手くやれるか心配しているのか。

 多分、その両方じゃないかとリオは思う。

 

 一方のジャックは、師匠が見に来てくれることになって、大変嬉しそうだ。

 

「大会には、母様も父様も見に来てくれるらしい!」

「そうですか。頑張らないといけませんね」

「当然だ!」

 

 ジャックはやはりその見た目通りのお坊っちゃまであった。

 アルジェンテへと居候する際に、親が心配しないか聞いてみたら、そこは既に了承を得たと答えた。

 なんでも、『魔石細工の修行にでる』と書き置きをしておいたらしい。


 それは了承を得たとは言わないだろう、とリオが親の名前を聞き出し、代わりにリオがジャックの家へと手紙を送り、その時に彼の家が貴族であると知ったのである。


 まあ、よくOKを出してくれたものだ。

 もしかしたら、シルバーの名前のおかげかもしれないな…あの人、有名人らしいし。





 そして再び長い道のりを経て、一行は王都へと辿り着いた。

 

 

「…魔獣に遭遇しなくてよかった」

 

 馬車を降りてしみじみとそう思う。

 そして皆で宿へと向かう。

 

 ハイラムの家にお邪魔しては?とリオが進言すると、全力でシルバーに却下された。

 

「いいか、そんな恐ろしいことを、二度と言うんじゃねえぞ。あそこにいったら、終わりだ。また、仕事を押し付けられるに違ぇねぇ」

 

 ハイラムの名に瞳を輝かせたジャックだったが、シルバーのその鬼気迫る表情に、口を噤んだ。賢い弟子である。

 きっと、ハイラムのところへ行ってみたかったんだろうな。

 

 やがて、宿に着くと、明日に備えて早めに就寝するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 


 そしてむかえた、大会当日の朝。

 

 

「ジャック、準備はいいな」

「はい、師匠」

「夏から今日まで、てめぇはよくやった。随分、腕も上達した。俺が言うんだ、間違いねぇ」

 

 

 シルバーに褒められるとは思っていなかったのか、目を大きく見開くジャック。

 

 しかし、シルバーは「けどな、」と続ける。

 

 

「ジャック。てめぇには、まだ足りないもんがある」

「足りないもの、ですか」

 

 シルバーの言葉に、ジャックは不安そうな顔をする。

 


「こればっかりは、客をとらなきゃわかるのは難しい」

「それは、一体、何ですか」

「そうだな…説明するのは、難しいが。あえて言うなら、魂だな」

「たましい?」

 

 首を傾けるジャックの後ろで、内心リオも首を傾ける。

 


「そうだ、魂だ。生命と言ってもいい。魔石細工は、ただ綺麗なだけじゃ半人前だ。いくら技術があっても、駄目なんだ」

 

 その言葉に、ああ、以前も同じようなことを言っていたな、と思う。

 それは、ガスパーの依頼を受けた時。

 


「客から依頼を受けたら、俺たちはその客が望む魔石細工を作らなくちゃならねえ。そこには、その客が欲しているもの、思い、願い、そういったものを、形にしなくちゃならねぇ」

「…」

「形の中に、そういうものを込めて、初めて魔石細工の中に、生命が宿る。形のないものを、しっかりと表現できてこそ、一人前の魔石細工職人だ」

 


 ジャックは、まるで、一言も聞き逃すまいとするように、じっとシルバーの顔を見つめている。

 

「っていっても、客もなしにただ作る中でそういったものを込めるのは、難しい。だからアドバイスしてやる」

 


 シルバーは、しゃがんでジャックと目線を合わせると、彼の頭に片手を乗せた。

 


「今日はてめぇが普段世話になってる奴らを思い浮かべて、そいつらのために、作れ」

 


 少しだけ、シルバーの口調が柔らかいものになる。

 

「親、友人。なんでもいい。そうすれば、自然と思いが込められる。感謝の気持ちでも、他にもいろいろ何かしら、あんだろ」

 

 ポンポン、とシルバーにしては優しくジャックの頭を叩くと、シルバーは立ち上がった。

 


「さあ、もう行くぞ」

 

 そうして、馬車へと歩いて行ってしまった。

 ジャックは、片手で自分の頭を押さえたまま、つっ立っている。

 

「ジャック。私たちも行きましょう」

「ああ」

 

 そして、ようやく足を動かしたジャックは、隣に来てリオに言う。

 

 

「リオ。俺、何となくだけど、シルバーの言うこと、分かった気がする。いつも、違うって言われてたこと、今、分かった」

 



  そう言うジャックは、初めてアルジェンテを訪れた時よりも、ずっと、大人びて見えた。




 

 

 

 

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