帰りの道にはご用心を (1)
生誕祭の翌日。
リオはハイラムにお世話になったと礼を言い、シルバーと共にフィニアン家を後にした。
その別れ際に、ハイラムがテータムまでの馬車を出そう、と言ってくれたので、その言葉に甘え、現在、馬車に揺られている最中である。
王都から、テータムまでの道のりは長い。
休まず馬車を走らせ続けても五日はかかるそうだ。
もちろん、御者にそんな無茶はさせられないため、途中でいくつかの町に立ち寄り、そこで夜を明かす予定だ。
そして、三日目の夕方に着いたのが、ホイートンという町だった。
丁度、王都とテータムの中間に位置するホイートンは、なかなかに大きな町だ。
馬車を降りて、リオはシルバーと共に本日泊まる宿を探す。
「それにしても、本当に大きな町ですね」
「王都に比べれば小さいけどな」
「まあまあ。シルバー、明日、ホイートンの町を見て回りたいんですけど、駄目ですか?」
歩きながら、ずっとそれだけを考えていたリオは、駄目元でシルバーに聞いてみる。
「ああ、いいぞ。別に。急いで帰る理由もねぇ。俺もいろいろ店を見たい」
おお、意外なこともあるものだ。
あっさりとOKをもらえたことに、リオは目をパチクリさせる。
その後、無事に宿を見つけ、そこで一晩明かしたリオは、翌朝シルバーと共にホイートンの町へとくりだした。
「シルバーは、ホイートンを訪れたことがあるんですか?」
「何回かは、来たことがある」
「じゃあ、町を案内してくれません?」
「…面倒くせぇ。俺は俺で勝手に店を見て回るぞ」
「なら、それについていきます」
「…」
はぐれるよりはマシだろう、と勝手にリオはシルバーと共に行動することにする。
そして、やはり、シルバーが訪れるのはほとんどが魔石細工に関わる場所であった。
シルバーが店に入り、長くなりそうだと感じれば、リオは近くの他の店を物色していた。
やがて日も暮れはじめた頃。
魔石細工の道具を扱う店から出てきたシルバーと共に、宿へと戻ろうとした時だった。
「…あの」
背後から、リオ達を小さく呼び止める声がした。
リオとシルバーが振り返れば、20代半ばくらいのまだ若い女性が立っていた。
「あなた方は、魔石細工職人ですか?」
***
女性は、名をセリーナと言った。
「あの、魔石細工を作っていただきたいのです」
彼女の恋人は、ギルドで働いているらしく、それが心配な彼女は、お守りとしてペンダントを贈りたいのだとか。
それを聞いたシルバーは、すんなりとその依頼を引き受けた。
「…ハイラムさんのもとで働かされて、人格が変わりましたか?」
あんまりにもすんなりと承諾したシルバーをリオはからかってみる。
「俺は、別にあのガスパーのジジイみたいにムカつくこと言われなけりゃ、依頼は引き受けるぞ!」
ぎろ、とシルバーに睨まれてしまった。
そして、シルバーとリオはその日からさらに三日、ホイートンに滞在することになる。
ペンダントは大きなものでもないため、三日ですぐに完成させたシルバーは、セリーナのもとへと魔石細工を届けた。
受け取った彼女は、深く頭を下げてお礼を言っていた。
「あんなに想ってもらえているなんて、セリーナさんの恋人さんは、幸せ者ですね。魔石細工をお守りに、だなんて」
「一応、防御に優れた土属性の魔力を込めておいた」
「へぇ、シルバーも考えているんですね」
そこでリオはべしっと頭を叩かれた………痛い。
こうしてその翌日、シルバーとリオはホイートンの町を後にした。
そしてホイートンを出発して、半日ほど過ぎた頃。
それは、突然だった。
「どうっ!どうっ!!」
けたたましく鳴く馬。
慌ててそれをなだめようとする御者の声。
その異常な様子に、シルバーが窓から顔を出して叫んだ。
「どうした!?」
それに、御者は焦った顔で言葉を返す。
「ーーー魔獣です!!!」
そのフレーズに一瞬思考が停止したが、すぐにリオも窓から外を覗く。
すると、そう遠くない所に、狼の群れがいた。
漆黒の身体に、獰猛な瞳がこちらを捉えている。
「馬を止めるな!走らせ続けろ!!」
「はいっ!ーーーーヤアッ!」
やがて、狼の群れは馬車を囲いながら、馬車と並走する。
一頭が、御者台に飛びかかった。
ーーーギャン!
狼が炎に包まれ地面を転がる。
リオがシルバーの方を見れば、彼の片手が光に包まれていた。
「シルバー…」
「リオ、頭を窓から引っ込めとけ」
「……魔法、使えたんですね」
「てめぇは、こんな時まで人をからかいやがって!」
そう言いながらも、シルバーの手からは光が放たれていく。
「……キリがねえな」
忌々しげに舌打ちをするシルバーは、再びその手を振るう。
シルバーが魔法をいくら放っても、狼の数が減ったようには見えない。
数が、多すぎる。
「ーーー異常だな、この数は。しかも、こいつらに群れる習性はねぇはず…」
狼から目を離さずに、深刻そうな声色で呟くシルバー。
その時だった。
「はあぁぁあああ!!」
突如聞こえてきた雄叫び。
それと同時に、馬車の周りの狼が吹き飛んだ。
どん、と馬車の屋根に何かが着地した音がする。
「私はギルドの者です、ご無事ですか!?」
その声に、シルバーは上を見上げた。
「ああ、なんとかな!」
「よかった。…そのまま、馬車を走らせて下さい!後は私達が引き受けます」
その言葉と同時に、馬車の屋根を蹴る音がした。
御者は、馬車を走らせ続ける。
しかし、狼の群れが馬車を追ってくることはなかった。
ーーー暫く走った所で、馬車が停止する。
シルバーが馬車から降りた。
リオも続いて馬車を降りる。
少し離れた所で、狼の群れがかたまっていた。
その中心で、三人ほどの人が戦っているのが見える。
「……すごい」
その光景に、リオは小さく呟く。
それほどに、圧倒的だった。
あれほどいた狼の群れが、次々とその数を減らしていく。
やがて、勝ち目が無いと悟ったのか、生き残った狼たちは何処かへと逃げ去っていった。
その後、戦っていた人達が馬車のもとへとやってきた。
男性二人に、女性が一人。
三人とも同じような外套を纏っていた。
その中で、眼鏡をかけた男性が歩み出る。
「ご無事でなによりです」
その声は、先ほど馬車の屋根からしたものと同じだった。
「ああ、助かったぜ。礼を言う」
「いえ、ギルド員として、当然のことです」
爽やかに笑う眼鏡の男。
ふと、何気なく見ていたその男の胸元に光るものに気付いたリオは、驚愕した。
「え、ええ!そ、それ!!」
そんなリオの様子に、眼鏡の彼はリオの方を見て首を傾ける。
「どうしました?」
リオは、ずいっとその男の顔を覗き込む……いや、男の背が高いから見上げるといった方が正しい。
「あなた、セリーナさんの恋人さんですか!?」
きらきらと輝くリオの目に、今度は男の顔が驚愕に染まった。




