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赤字続きの魔石細工店  作者: 夜風
第一章
4/108

可愛いお客様

 


 

 


 

 

 翌日、奇跡が起きた。

 いつものようにカウンターに座っていたリオの耳に、客の来店を告げるベルの音が響いた。

 

「い、いらっしゃいませ」

 

 突然のことで、リオは目を極限まで見開いて、店の入り口を凝視する。

 ひょこりとドアの先から姿を現したのは、随分と可愛らしいお客様だった。

 

「あ…こんにちは」

 

 リオよりもずっと年下で、13、4歳くらいの女の子だった。

 シナモンのような薄い茶色の髪がカールを描きながらふわふわと揺れ、同色の大きな瞳は小動物を連想させる。

 リオは思わず涙を流しそうになった。

 

 ようやく、ようやくこの日が来た、と。

 切実な願いが、ようやく叶った、と。

 

 そんなリオの心中を知ることもなく、可愛らしいお客様はそのくりくりとした目を忙しなく動かしながら、店内の魔石細工を物珍しそうに見ていた。

 しかし結局それらを手に取ることはなく、カウンターへとやってくると少女はおずおず、といった様子でリオに尋ねた。

 

 

「あの…魔石細工って、作ってもらうことは出来ますか…?」

 

 

 それにリオは微笑みながら答える。

 

「ええ、勿論ですよ」

 

 この店では店内に飾られている魔石細工を売る他に、お客様からの注文も受け付けている。

 お客様の要望を聞き、お客様が望む魔石細工を作るのだ。

 しかしここで大きな問題が発生する。

 少女に向けた優しい微笑みとは裏腹に、リオは内心だらだらと冷や汗をかいていた。

 よりによって、三ヶ月ぶりの客が魔石細工のオーダメイドだなんて…!

 リオは頭を抱えたくなった。

 

「ええと、一体どのような物をご所望で?」

「プレゼントなんですが…」

 

 そこへ、現在リオが頭を抱えたくなる原因を作っている本人がご登場する。

 

「客か?リオ」

 

 シルバーが姿を現したことにより、今度こそリオはその笑顔を引きつらせた。

 

「ええ…魔石細工のオーダーが…」

 

 ちらりとリオが少女の方を見ると、彼女はじっとシルバーを見つめていた。

 

「貴方が職人の方ですか?」

「ああ。で、なんで魔石細工がいる?」

「姉に贈るためです」

 

 今度はシルバーが少女をジッと見つめた。

 冷たい色の瞳を真正面から受け、少女の肩がびくりと少し上がった。

 リオはその様子をひやひやしながら見守る。

 それはほんの僅かな時間であったが、リオにはとても長く感じられた。

 

「どんな魔石細工が欲しい?」

 

 やがて紡ぎ出されたシルバーの言葉にリオはほっと息を吐いた。

 よし、第一関門はクリアだ。

 アルジェンテが赤字続きの原因の一つ。

 それはシルバーがなかなか魔石細工のオーダーを受けないことであった。

 なんだかよく分からないが、シルバーは自分がその客に魔石細工を作ってもいいと思わない限り、オーダーを受けることはないのである。

 そんな訳わからんこだわりのせいで家計のやりくりにどれだけ苦労しているか、とリオは日々シルバーに向かって恨めしげな視線を送っているのだが、奴は全く意に介さない。

 

 そんな彼が珍しくオーダーについて話を聞く姿勢を取っている。

 

 よし、いいぞ、名も知らぬ愛らしい少女よ。

 このままシルバーが何事もなくオーダーを受けることひたすら祈る。

 しかし神様はそこまで優しくはなかったようだ。

 


「で、予算はどれくらいだ」

 

 

 シルバーのその言葉に、少女の顔が強張った。

 

「そ、それが…銀貨1枚しかなくて…」

 

 銀貨1枚。

 魔石細工を買うにしてはあまりにも安すぎる額であった。

 魔石自体がそんなに安いものではないし、それを職人が一つ一つ自らの手で作るのだ。

 勿論値段はピンからキリまであるが、それでも少女の言った金額では到底買うことは出来ない。

 

「…悪いが、そんな安い値段で作ることはできねえな」

 

 それは少女も分かっていたのか、キュッと小さな口を引き結んだ。

 その姿が痛々しくて、リオは無理を承知で言ってみる。

 

「あの、どうしても作ることは出来ませんか」

「何言ってやがる。無理なものは無理だ」

 

 シルバーはピシャリとリオの意見を叩き落とした。

 ですよねー、と思いながらも、リオはやはりこの少女がどうにも気にかかる。

 シルバーはあのな、とリオと少女双方に言い聞かせるように続ける。


「こっちは商売をしてるんだ。慈善事業できるほど、裕福な訳でもないしな」

 

 赤字なのはお前のせいだろう!


 リオはツッコミたかったが、シルバーが言っていることは正論であるし、自分がお金を稼いでいるわけでもないので大人しく口を閉じた。

 

「じゃあ俺は戻るぞ」

 

 そう言ってさっさと店の奥へと戻ってしまったシルバーに、思わず溜め息をこぼす。

 そして少女に向き直り、謝った。

 

「すみません、あんな態度で…」

「いえ、お金がないのは事実ですし…むしろこちらの方がすみませんでした」

 

 眉をハの字にしながら弱々しく微笑む少女に、リオは何も言うことができなかった。

 


 やがて、カランとベルの音が寂しげに店内に響いた。

 

 

 



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