精霊の洞窟
翌日。
マーシャルに防寒具をいただいたリオたちは、朝早くに街を出発した。
そして、魔獣に遭遇することもなく、あっさりと件の洞窟まで到着した。
昨日から魔獣のことが頭から離れず少し緊張していたリオにとっては肩透かしをくらったような気分である。
出会わなかったことに安堵すると同時に、見てみたかったという気持ちがなくもない。
「ここか、例の洞窟は」
シルバーが首に巻いたマフラーから顔を少し上げて洞窟を見る。
リオもその入り口に目を向けるが、特に変わったところなど見当たらない、普通の洞窟である。
「とりあえず、入ろうかぁ〜」
のんびりとした口調で、カールがシルバーとリオを促す。
その声に、シルバーとリオは洞窟の入り口へと足を動かした。
シルバーは歩きながらに渡された地図を広げる。
以前、ここで白爛石の採掘を担当していた人が書いた地図だ。
ちらっと、リオもその地図を見てみたが、特に迷うほど複雑な洞窟でもないように思えた。
それはシルバーとカールも同じようで。
「うーん。やっぱりぃ、白爛石の所まで辿り着けないのは、精霊のせいで間違いないよね〜」
そう言いながら、カールは火の魔法で洞窟の中を照らした。
地図を手にしたシルバーを先頭に、三人は洞窟の中を進む。
「…右か」
「…」
「ここは、真っ直ぐ」
「…」
地図に従い迷うことなく足を進める。
途中までは、何事もなかった。
「次は…右から三つ目」
そう言ったシルバーが、奥へ進もうとした。
しかし、それをリオが止める。
「シルバー…それは、右から四つ目ですよ?」
その声に、シルバーは怪訝そうな顔をしてリオの方を振り返った。
「は?……いや、三つ目だ」
「え?」
リオは、もう一度目の前に並んでいる、奥へと続く穴を順番に右から数える。
「1、2、3、4……。やっぱり、今シルバーがいる所は、四つ目ですよ」
間違いない、と頷くリオ。
その二人の様子を見ていたカールが、口を開いた。
「う〜ん、僕には、そもそも穴が二つしか見えないんだけどぉ…」
「ええ!?」
リオとシルバーは驚きながらカールを振り返る。
それにカールは首を小さく傾ける。
「……どうやら、精霊が既に動いているみたいだねぇ」
その言葉に、シルバーは溜息を吐く。
「結局、俺でもダメってことか?それじゃ、こっから、どうする?」
「僕はぁ、シルバーの言う通りに進むのが、一番だと思うよぉ〜。三人の中で一番正解の可能性が高いしぃ、もしかしたら、精霊はシルバー以外は洞窟の奥に近づけたくないのかもしれない」
「…わかった。なら、こっちだ」
そう言って、シルバーは一つの穴に入っていく。
………私からしたら、やっぱり右から四つ目だ。
しかし、カールに至っては、シルバーの進んだ方向は壁にしか見えなかったようで。
「えぇーシルバーが壁の奥に消えちゃったよぉ〜……やっぱり、幻かぁ」
面白そうにそう言って、シルバーの後に続いた。
***
しばらく歩いて、少し立ち止まって水分を補給した。
「いやぁ〜本当、僕、何回壁の中に突っ込んでいったかなぁ〜」
くすくすと笑うカールに、リオも同意する。
「ええ…本当に。正直、シルバーが壁の中に消えていくのを見るまでは、ぶつかるんじゃないかって思いましたよ」
「だよねぇ〜」
「……お前らの様子を見てると、俺も自分の見ているものが疑わしく思えてくるぞ」
「まあ、シルバーの後をついてきて、実際に壁にぶつかることはなかったんだからさぁ、シルバーの見てる景色は大丈夫でしょぉ〜」
確かに。
リオやカールの場合なら、穴に入ろうとして壁にぶつかるということもありえたのだ……というより、リオは一度身を以てそれを確認した。
リオは穴にしか見えなかったのだが、シルバーが「そこは壁だぞ」と言ったので、試しにその穴に向かって進んでみた。
そして…………顔面を強打した。
涙目になってシルバーたちのもとに戻ったリオを、男二人は大爆笑で出迎えてくれた。
……殺意が湧いたのは仕方のないことだったと思う。
「で、今はどこら辺なんですか?」
「ああ、今は、ここだ」
シルバーが地図を指差す。
「もう結構進んだんだねぇ〜」
「あと少し歩けば、着くと思うぞ」
そのシルバーの言葉の通り、再び歩き出したリオたちは間も無く目的地へと辿り着いたのであった。
「ここが…スゲェな」
シルバーが立ち止まって、ある一方向を見つめて目を見開いた。
「…」
「…」
リオとカールには、シルバーが壁に向かって感嘆の声を漏らしているようにしか見えない。
二人は互いに顔を見合わせる。
「…さっさと白爛石を採りにいくぞ」
そう言って、シルバーは壁の中へと消えていった。
それをリオも慌てて追いかける。
そして、壁の中へと突っ込んだ次の瞬間。
目の前の景色が、白に染まった。
「ーーーー、」
リオは言葉を発することもできずに、目を瞠った。
ぽっかりと大きく空いた空間。
壁も天井も全てが、白く輝く石で覆い尽くされている。
リオの今立っている足元でさえ、真っ白だ。
大小様々な大きさの白爛石が壁から突き出ている姿は、まるで、石というより、水晶か何かの結晶のようだった。
「いい魔石だ。余計なもんが、何も混ざってねぇ」
「うん、これは、すごいねぇ。こんなに純度の高い白爛石はぁ、そうお目にかかれるものじゃない」
白爛石の洞窟の美しさに見惚れるリオとは違い、魔石細工職人の二人は既に魔石の採掘を始めていて、その魔石の素晴らしさに、互いの職人魂を刺激されているようだった。
魔石の採掘などやり方も分からないリオは、二人が終えるのを隅で待つ。
「これだけあれば、十分じゃねえか?」
「うん、もう、いいでしょぉ。これ以上は、僕らが持って歩けなくなっちゃうよ〜」
「その時は、てめぇの魔法の出番だ」
どうやら、無事採掘は終わったらしい。
「もう、終わりましたか?」
「うん、終わったよぉ〜。さあさあ、早く帰ろぉ」
カールのその言葉に、リオも白爛石の入った袋を一つ手に持つ。
そして、この白爛石の間を出て行こうとする二人の後を追ったが、リオは、この空間から出る前にふと、立ち止まる。
白爛石の間を振り返った。
その美しさを目に焼き付けるためではない。
「ありがとう、ございました」
特に、そこに誰かがいたわけではないが、リオは小さく頭を下げてそう言った。
「おい、早く行くぞ」
「あ、はい」
名前を呼ばれ、今度こそ白爛石の間から去る。
精霊がどういうものなのか、リオには分からない。
けれど、精霊はリオとカールをあまり歓迎していなかったのは確かだし、そこへ自分たちは足を踏み入れたのだ。
更には、白爛石を頂戴している。
故に、なんとなく、それに対する謝罪と、白爛石を採らせてくれたことへの感謝をこめて、リオは先程の行動をとったのだった。
……まあ、精霊に言葉が伝わったかも分からないけどね。
しかし、そのおかげか、白爛石の間からの帰りの道で、リオが幻を見ることはなかった。
また、洞窟の出口で、シルバーとカールが小さな声でお礼のようなことを口にしていたことから、リオは自分の行動が間違っていなかったことを知った。