◆とある日の追憶 (4)
トルーマンは、ベッドで眠るリオの側に椅子を持ってきて座った。
リオの様子を見ながら、トルーマンが問う。
「熱を出したんだって?」
「ああ。だいぶ下がったみてえだが」
「…うん、そうだね。この調子なら明日には熱は完全に下がっているだろう」
「…そうか」
少し表情を和らげたシルバーは、黙ってトルーマンの診察を見守る。
やがて、トルーマンはリオからシルバーへと視線を移した。
「目を覚ましたら涼ちゃんにいろいろと尋ねるとしよう。それで、また涼ちゃんは突然倒れたのかい?」
「ああ。帰ってきて、その次の日だ」
「それまで、どこか様子のおかしい所はなかったかい?たとえば、顔色が悪かったとか、疲れていそうだったとか」
「…特にねえな。倒れた日だって、朝はいつも通りだった。本当に、突然目の前で倒れやがった」
確か、朝ごはんを食べ終えて、少しリオと会話をしていたら、その途中でいきなりリオの言葉が途切れた。
どうした、と思ったら、リオの体が傾くのが見えて、慌ててその体を受け止めた。
「そうか。また、なんの前触れもなく突然か」
一度くらいならただの風邪でも済ませられそうな所だが、リオの場合、シルバーが引き取ってからなんの前触れもなく倒れるのは、もう、一度や二度ではないのだ。
流石に、異常だ。
「確か、初めて涼ちゃんが倒れた時は理由がハッキリしていたよね」
「ああ。あれは、俺の責任だ」
まだ、リオを連れてきて一週間も経たない頃。
まずはリオの体を健康な状態に戻すことが先であったため、シルバーはしっかりとご飯も食べさせ、傷の手当てもしていた。
その時に、リオから魔力が感じられないことに気づいた。
その時は、それまでの環境からろくに食べ物も食べれず、その為に身体が十分に魔力を作り出せていなかったのだろう、と思った。
シルバーはそこまで魔力を敏感に感じ取れる方ではないため、リオが本当に僅かな魔力しか持っていないのだろうと、そう、思ったのだ。
魔力が少ないと傷の治りも遅いため、その時シルバーは自分の魔力を少しだけリオに分け与えることにした。
そして、リオに魔力を注いだ瞬間ーーー彼女は倒れた。
驚いたシルバーは、急いでトルーマンの元へと向かったのだった。
「あの時は、シルバーの魔力に涼ちゃんの身体が驚いてしまったのだと思うんだがねぇ」
「俺の魔力は、少し、人と違うから大丈夫だと思ったんだがな」
「ああ。君の魔力なら、大抵の人はあんな風にはならないだろう。あれはシルバーの魔力を完全に拒絶していたからね」
たまに、あまりにも魔力の質が違いすぎたり、余程相性が悪かったりすると、その魔力が身体に入ってしまった際、身体が拒絶反応を起こすことがある。
リオの場合はまさにそれに当てはまった。
「けれど、その後のことに、私は本当に驚いたよ」
「…俺もだ」
リオが目を覚ました後、リオから魔力が感じられないとシルバーから聞いていたトルーマンは、念のため、リオの魔力を測定してみたのだ。
すると驚いたことに、リオには魔力がなかった。
ゼロだったのである。
この世界に生きるもので、魔力がないというのはありえないことだった。
命あるものは皆魔力を有していて、体内で作り出される魔力によって生きている。
食べ物を食べ、そこから魔力を作り出し、体内にある魔臓という臓器に貯められる。
そして、歩いたり、走ったり、運動や活動をする度にその魔力は消費される。もちろん、魔法だって魔力を使う。
つまりは、魔力は生命活動に必要不可欠なものであるのだ。
それが、リオには無いのである。
「私も長年生きてきたが、魔力の無い人間など見たことも聞いたこともなかったからね…」
「俺もだ。俺たちは、魔力なしでは生きられない。それが常識であり、普遍の事実であったはずだ」
故に、シルバーとトルーマンは、何故リオが魔力を持たずに生きていられるのか、不思議で仕方がないのだ。
「おそらく、彼女の身体は魔力そのものを受け付けないんだ。自分の体内には存在しないものだから。だからきっと、シルバーの魔力でも拒絶反応を起こしたんだろう」
「…魔力はリオの身体にとって、異物ってことか」
「かもしれない。私は、彼女が突然倒れる理由がそこにあると思うのだがね」
シルバーは、天井を仰ぎながら長く息を吐き出す。
本当に、厄介なものを拾ったものだ。
「ーーーー王都へ行ってみたらどうかね?」
トルーマンが、静かに提案した。
「王都なら、もっと凄腕の医師も、研究者もたくさんいる。そこでなら、何かしら涼ちゃんの身体のことが分かるはずだ」
…その通りだ。トルーマンの言っていることは、正しい。
シルバーは、ふっと、瞼を伏せる。
王都に行った方が、きっと何かしらの手がかりは掴めるだろう。
だが、
「ーーーー危険だ」
シルバーの言葉に、今度はトルーマンが目を伏せた。
きっと、シルバーの言うことがよく分かるのだろう。
「王都は確かに、優秀な奴がたくさんいる。リオのことも何か分かるかもしれねぇ」
「…」
「だが、あそこにいる奴らが、リオをどう扱うか…トルーマン、お前も想像がつくだろう。魔力を持たないリオは、確実に、あいつらのモルモットにされるぞ」
優秀な分、探究心も人の何十倍もある者が多く、分からないことはなんでも解明しようとするような奴ばかりだ。
この国の発展には大いにありがたいことだが、それがこの場合は仇となる。
魔力を持たずに生きている人間。
これに飛びつかないわけがない。
トルーマンのように、純粋にリオの身体を心配してくれる者の方が珍しいのだ。
リオが倒れる原因を突き止めて、それを防ぐ方法はあるのか、それを治すことはできるのか、このままでリオは大丈夫なのか………きっと、彼らはそんなこともそっちのけで、"リオ"という個体をひたすら研究し続けるだろう。
その際に、リオがどんな事をされるか分からない。
「それに、リオは魔力がないだけじゃねぇ。あの髪と瞳の色のこともあるだろうが」
「…そうだね。王都は、確かに涼ちゃんには危険すぎる」
「ああ」
「けれど、」
トルーマンは、真剣な眼差しでシルバーの瞳を捉える。
「王都に行くことも、考えておいた方がいいーーーーこのまま、原因も分からぬまま涼ちゃんの身に何かが起こって、取り返しのつかないことになる前に」
"覚悟は、しておくべきだ"
その言葉に、シルバーは青みがかった銀の瞳を細めた。




