とある日の夢 (2)
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しくじった。
捻りあげられた腕の痛みに顔を顰めながら、リオはそう思った。
今回は盗んだ相手が悪かった。
なんとかしてこの男から逃げないと自警団に突き出されてしまう。
しかしリオの焦りとは裏腹に、何故か銀髪の男は唐突にリオの拘束を解いた。
咄嗟に男から距離をとり、リオが離れたところからその男を警戒していると、その男はこちらに何かを投げてきた。
『これ…』
金貨だった。
『××××××××.×××,××××××』
男が何か言っているが、それも耳に入らない。
その金貨に驚いて、リオはしばらく静止していた。
そしてハッと気付いたときには、男はもうこちらに背を向け遠ざかっていた。
『っおい!待てよ!!』
叫び声も虚しく、男は行ってしまった。
仕方なく、残された金貨を拾う。
『どうして、これを…』
自分は男の物を盗んだのに。
『……あ、…』
ほろり、と頬を何かが伝うのを感じた。
ごしごしとそれを拭う。
『ーーーまず、食べ物を買おう』
食べ物を買って。それから、服も欲しい。
盗んだ服はもうボロボロだ。
リオはそこまで考えて、ぎゅう、と金貨を握りしめる。
『この世界で、私に何かを恵んでくれた人は、初めてだ…』
久しぶりに人の優しさに触れたような気がして、リオは少し胸が温かくなるのを感じた。
いや、それは優しさとは違うのかもしれない。
憐れみとか、同情の方が合っていると思う。
それでも、先程の男にリオは言葉では言い表せないほど、感謝していた。
そして、リオは決めた。
『ちゃんと、働こう』
もう、ずっと前に諦めてしまっていたことだった。
言葉も通じず、みすぼらしい姿で相手にもされなかったが、服を買えば見た目はマシになるはず。
言葉も頑張って覚えよう。
この金貨は、きっと、自分に与えられたやり直すチャンスだ。
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『…がっ』
ーーーー人生、そう上手くはいかないらしい。
リオは蹴られた腹を抱えて蹲る。
『××子供,××××××金××?××』
『××××××,×金××?××金貨×××』
最悪だ。
リオは自分を取り囲む男達を見上げながら、己の迂闊さを呪った。
食べ物を買った時、もっと周りに気を配るべきだったんだ。
自分が金貨をだしたのをこいつらに見られていたんだ。
男達の口から発せられる言葉の中に、"金"の単語がよく出てきたので、この男達が金をよこせと言っているのはすぐに分かった。
『…誰が、渡すかっての』
それからしばらく殴られたり蹴られたりして。
結局、お金は全て盗られてしまった。
痛む身体を地面に横たえたまま、リオは朦朧とする意識の中、思った。
また、一文無しか。
また、あの生活に戻るのか。
食べ物を盗み、時には通りかかる人を襲い、持ち物を奪い………。
あの時は生きるのに精一杯で何も考える余裕がなかった。
罪悪感を感じる暇さえなかった。
今だって余裕がないことには変わりはないが、それでもリオは、男が金貨を恵んでくれたあの時に。
それまで自分がしてきたことを、後ろめたく思ってしまった。
日本にいた頃の自分の良心が、罪の意識を感じてしまった。
ーーーー駄目だ。もう、あんなことは出来ない。
もう人を襲うことも、盗みもしたくない。
全身から力が抜ける。
じゃあ、自分は死ぬしかないのか。…その方がいいのかもしれない。
一度引け目を感じてしまえば、もう以前のように何も考えずにあんな生活を送ることは出来ないし、何より、あんな生活はもうまっぴらだ。
それなら、このまま死んだ方がいいのかもしれない。
そうして、リオはそっと瞼を閉じた。
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「おい、起きろ」
リオは、その声で目を覚ました。
「大丈夫か?うなされてたぞ」
「…大丈夫ですよ。懐かしい夢の続きを見ていたんです」
「そうか。もう夕食の時間は過ぎちまったが、一応、粥を作ったから持ってきた。食べれそうか?」
「ええ」
そう言って身体を起こせば、シルバーも何処からか椅子を持ってきてそれに座る。
「…」
「…」
「……おい」
「………ちょっと待ってください」
リオは少し目の前の状況にフリーズする。
そんなリオに、シルバーは不機嫌そうに顔を顰める。
「それを、食えと?」
「それ以外に何がある!何だ、俺の作ったもんは食えねぇってか!?」
「いやいやそうではなくて」
リオの一言に怒ったシルバーが怒鳴るが、リオは差し出されたそれを恐ろしいものでも見るかのような表情で見つめる。
「だって…恥ずかしいじゃないですか!!」
その言葉に、シルバーは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。
しかしそれも一瞬のことで、すぐにシルバーのその形の良い眉がつり上がる。
「てめぇは、馬鹿かっ!何をもじもじしてやがるかと思えば!そんなことか!!」
「なっ!もじもじはしてません!!」
「だいたい、何を今更恥ずかしがってるんだ、ええ!?初めてでも何でもねぇだろ!!いいからさっさと食え!!」
シルバーの様子に、これ以上何か言っても彼を怒らせるだけだ、と口を噤むリオ。
リオは差し出された匙を嫌そうにちらっと一瞥する。
けれど、素直にそれを食べるのはなんだか癪に障ったので。
「シルバーがここまで人に優しいなんて…明日は空から槍でも降るんじゃないですか」
「てめえは人の優しさも素直に受け取れねぇのか!!この、糞ガキ!」
「リオです」
「てめぇみてえな憎たらしいガキは糞ガキで十分だ!!」
怒り狂うシルバーを他所に、リオはパク、と匙に食らいつき、もぐもぐと口を動かす。
あまり濃くない味付けは、まだ少し気だるさの残る身体には丁度いい。
「ふむ…味は悪くないですね」
「何だ、その言い方は!?誰が作ってやったと思ってる!」
「いえ、冗談です。いつもながらシルバーの作るものは美味しいです」
「はじめからそう言いやがれ!!」
つり上がったままの青みがかった銀色の瞳を見ながら、しみじみとリオは思う。
「私、拾ってくれたのがシルバーで本当に良かったです」
突然そんなことを言ったので、シルバーは気味の悪い物でも見るかようにリオを見る。
「……ついに熱で頭がイったか?」
「失礼な。本心ですよ、本心」
ムッとした表情を作りながら言い返す。
「懐かしい夢を見たので、しみじみとそう思いましてね。たまにはちゃんとそうした気持ちも言葉に出さないと、と思いまして。シルバーみたいな捻くれ者にはなりたくありませんからね」
「こっちは何でてめえを拾っちまったのか、現在激しく後悔している最中だ」
問答無用で突っ込まれた匙に、リオは軽くむせる。
けほけほ、と小さくむせながらも、リオは綺麗に笑うのだった。




