とある日の夢 (1)
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草が揺れていた。
荒地のようなガサガサと乾燥した土に、ポツポツと背の低い草が生えている。
空は雲一つない青空で、その日差しが目に突き刺さって少し痛い。
『ここ、どこ』
視界をその青空でいっぱいにしながら、リオは仰向けに倒れていた。
リオはゆっくりと上半身を起こし、あたりをきょろきょろと見渡す。
荒地のような土に、周りには廃墟のようなボロボロの建物。
その建物のどれもが、日本ではあまり見慣れない造りだ。
目に映るのは、見たことのない景色ばかりだった。
自分は最後に何をしていたか、考えてみてもはっきりと思い出すことが出来ず、それはモヤモヤとした霧を脳内に残しただけだった。
しばらくそのまま呆然としていたが、静かなこの場所に、自分の腹の音が響いたことで一気に脳内が覚醒した。
何が何だかよく分からないが、取り敢えずこのままでは駄目だ。
廃墟のような建物ばかりのここには人の気配がまるでないので、まずは人のいる場所にいかなくては。
それから、辺りを見渡して見つけた一本の道をひたすら歩くと、空が赤くなる頃には、ようやく街のような場所にたどり着いた。
それから、リオは人を見つけて話しかけた。
『あの、すみません。ここはどこですか?』
『×××××××,×××』
『……………は?』
開いた口が塞がらなかった。
返ってきたそれは、日本語ではなかった。
他の人にも同じように話しかけたが、誰一人日本語を話す人はおらず、また、こちらの言うことも分からないようだった。
英語なら通じるかと、学校で培った拙い英語で話しかけてみたが、それも駄目だった。
そうしているうちにすっかり辺りは真っ暗になってしまい、人もいなくなってしまった。
リオは取り敢えず、もう夜が明けないことには何もできないと思い、寝る場所を確保しようと何軒か家のドアを叩いてまわった。
だが言葉が通じないため泊めてもらうことは叶わず、全て追い返されてしまった。
『…英語って、世界共通語じゃなかったっけ?』
何処かの家の物置きのような場所で座り込みながら、リオは力なく呟いた。
家の中に入れてもらえなかったとはいえ、路上で寝るのは流石に危ないのではと、こっそりと今いる場所に忍び込んだのだ。
一応屋根もあるし、外から姿も見えないし、少しは安全だろう。
『…疲れた』
ここは何処か。
どうしてこんな所にいるのか。
言葉が通じない。
ーーーーーどうしたらいい?
あれこれと様々なことが脳内を埋め尽くしているが、あまりにも疲れていたため、それらを考えることを放棄し後ろに倒れこむ。
ーーーもう、寝よう。
案外、次に目を覚ましてみたら、いつものベッドの上かもしれない。
淡い期待を胸に、リオは眠りについた。
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リオは目を開けた。
視界に入った天井は既に見慣れたもので、体を包むその感触に、自分がベッドの上に寝かされているのだと気づく。
けれどそれは"篠崎涼"のベッドではなく、"リオ"のベッドだ。
「…夢、か」
ぼんやりとしながら、額に感じていた重さに片手を伸ばすと、ぬるくなった手ぬぐいがあった。
それにしても、随分とまた懐かしい夢だった。
あれはリオがこの世界に来て最初の記憶だ。
今なら、あの時、街の人々が何を言っていたか分かる。
意味のわからない言葉を喋り、学校の制服というこの世界では見慣れない服装のリオを、皆不審な目で見ていたのだ。
「あの後は…地獄だったな」
まず、目を覚ましても物置小屋であったことに絶望した。
あれから、人に話しかけても誰にも相手にされず、終いには日が経つにつれボロボロになっていく姿に汚物を見るかのような視線を投げかけられる始末。
その中で、笑顔を向けてくれたと思ったら人気のない所に連れ込まれ、何やら柄の悪い人たちに囲まれーーーーー要するに、嵌められた。
自分をどうするつもりだったのかは知らないが、その時は奇跡的に命からがらに逃げ出すことができた。
「寝る所もなく、何も飲まず食わずで…本当に死ぬかと思った」
あの頃は必死だった。
生きるために、盗みを働くことさえした。
なりふりかまってなど、いられなかった。
でなければ冗談じゃなく本当に死んでいた。
そんな生活を続けていた、ある日のこと。
その日盗んだ物の持ち主が……シルバーだった。
いつもと同じ場所で待ち伏せして、たまたまそこを通りかかったシルバーに突進して、…………
と、あの日を思い出していた所へ、ガチャという音が部屋に響いた。
「やっと目を覚ましたか、この馬鹿」
シルバーだった。
シルバーは水の入った桶と、手ぬぐいを手に部屋に入ってきた。
そしてそのままずかずかと歩いてきて、ベッドの端に座った。
身体は起こさず、顔だけをシルバーの方に向ける。
「シルバー…ノックくらいしてくれません?女性の部屋を突然開けるのはどうかと思いますよ」
「てめえ…それが、看病してくれた人間に対する態度か!?」
「ちょっと、あんまり大きな声で喋らないでくださいよ…頭に響きます。シルバーこそ、私は病人なんですからもっと優しくしてくださいよ」
「……なら、病人らしくその口を閉じて大人しくしてることだな」
つまり、黙れということだろう。
しかししっかりと声のボリュームを下げてくれたことに、リオはくすくすと小さく笑う。
シルバーはリオが手にしていた、ぬるくなってしまった手ぬぐいを奪い取る。
「まあ、そんだけ口がきければ、大丈夫だろ」
「あの、私、どうしたんですか?」
「覚えてないのか?結婚式が終わって帰ってきた次の日に倒れたんだ。もう結婚式から二日は経ったぞ」
そう言って、シルバーはリオの顔に片手をのばす。
ひんやりとした冷たさが額を覆った。
その心地よい冷たさに、リオは瞼を閉じる。
「まだ熱が抜けきってねぇな」
シルバーはリオの額から手を引くと、代わりに持ってきた手ぬぐいを絞る。
「シルバー…懐かしい、夢を見ました。初めてシルバーに出会った時の」
ボーッとしているのは、きっと熱のせいだろう。
「あの時、すぐにシルバーに捕まって…自警団かどこかに突き出されるかと思ったのに…」
「…」
「まさか、金貨を投げられるなんて、思いもしなかった」
あの時は、本当に、驚いた。
「…もう少し寝ときな」
新しい手ぬぐいを乗せられる。
シルバーのその言葉を聞いたのを最後に、再びリオの意識は堕ちていった。




