赤髪の少女と流れ星
あれから、シルバーは無事タレイアの首飾りを完成させた。
すでにそれはDr.トルーマンの手に渡されている。
しかし、Dr.トルーマンの元へ行くのを断ったリオは、その首飾りを目にすることはなかった。
シルバーの作るものであるから、大変素晴らしいものには違いないだろうが。
Dr.トルーマンの元へ行かなかったのは、単にタレイアと顔を合わせてしまうかもしれないと思ったからだ。
親友の結婚を喜ぶ気持ちも確かにあるのだが、それよりも親友が街を離れてしまうことのショックの方が大きい。
そんなリオは、タレイアに会って素直にお祝いの言葉をかけられる自信がなかったのだ。
職場の影響か、人の感情を機敏に感じ取る親友は、賛辞の言葉の裏に隠されたリオの寂しい気持ちに気づいてしまうだろう。
それでは心配させてしまうだけだと、この気持ちに整理をつけ、心の底から祝いの言葉を言えるようになってから会いに行こうなどとしているうちに、結婚式前日になってしまったのである。
式は隣町の教会で行われる。
王都までは道のりも長く、移動はお金もかかるため、タレイアの家やその親戚にできるだけ苦労をかけないように、という嫁ぎ先の貴族の家の配慮によるものであった。
その話を聞く限り、相手の家は大変優しい人たちのようである。
それでも馬車で1日近くかかるため、リオにとっては長旅であった。
馬車に揺られ、窓の外の流れる景色を眺めながらリオはタレイアとの思い出を振り返っていた。
確か初めて彼女と出会ったのは、シルバーに拾われた後に再びDr.トルーマンの元を訪れた時だった。
……いいや、違うな。
「最初は私が覚えていないだけで、あれは2度目だった」
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『やあ、シルバー。××××、××××××××××?』
『ああ、××××××』
『×××、×××××××××。××××××……』
当時、シルバーに拾われたばかりのリオは、まだこの世界の言葉を理解できていなかったため、シルバーとトルーマンが何を話しているのか全く分からなかった。
何やら話し続けている二人だが、リオは退屈で仕方がなかった。
そんな時だった。
トントン、と後ろから肩を叩かれた。
なんだと思い振り返ると、鮮やかな赤が目に飛び込んだ。
そこにいたのは自分とそう年齢の変わらないであろう少女だった。
なにやらリオにたくさん喋りかけていたが、全く何を言っているのか分からなかった。
しかし、きらきらと輝くような瞳に、リオはこの少女を邪険に扱うこともできず、ただ困ったように眉を下げていた。
ひとしきり喋った後、少女はリオに片手を差し出した。
そして、燃えるような赤い目を細め、花が咲くように明るく笑った。
その時少女が言った言葉の意味は、リオにも何となく理解できた。
『…よろしく』
多分、そういう意味だろうと、リオは日本語で言って少女の手を握った。
これが、タレイアとの出会いである。
リオにとってはこれが初めてタレイアと会った瞬間だ。
だが言葉を覚え、タレイアと話していると驚きの事実が発覚したのだ。
『私、それよりも前に一度リオに会ってるわよ』
『え??』
『まあ仕方ないわよね。あの時、リオはうちに連れてこられて、意識がない状態だったもの。その時おじいちゃんと一緒にあなたの手当てをしたのよ、私』
つまりタレイアにとって、あの時リオと顔を合わせるのは2度目であったのだ。
それからDr.トルーマンの元を訪れるたびに、リオはタレイアと一緒にいるようになった。
まだこの世界に馴染めなかったリオにとって、彼女の存在は大きな心の支えの一つにもなっていった。
彼女は言葉の分からないリオに多くの言葉を教えてくれた。
もちろん、自分でも必死に勉強したが、こんなにも早くこの世界の言葉を理解できるようになったのは、彼女によるものも大きいだろう。
リオにとってはかけがえのない、大切な親友なのであった。
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ーーー馬車が止まった。
いつのまにか隣町に入っていたようで、あたりは薄暗くなっていた。
「着いたぞ」
シルバーに声をかけられ馬車を降りる。
馬車が止まったのは、宿屋の前だった。
「ここが教会に一番近い宿だ、ここに泊まる。今日はよく寝ろ。明日の朝は早いからな」
どことなく口調が優しいのは、リオがタレイアに会いに行っていないのを知っているからだろう。
シルバーの後に続き、リオも宿へと入っていくのだった。
***
「あ、流れ星だ」
結局、宿のベッドに入ったものの全く眠れなかったリオは、外に出て屋根の上から夜空を眺めていた。
たまたま宿に立てかけてあった梯子を見つけ、よじ上ったのだ。
この世界の夜空は綺麗だ。
暗闇に浮かぶ無数の光。
そして、大きさの違う、三つの月。
ーーー『え、月が…三つ!?』
ーーー『リオ、何を驚いているの?月は三つでしょ?』
ふと、タレイアと共に夜空を見上げた時のことを思い出す。
赤い月、青白い月、黄色い月。
タレイアの話だと、それらの三つの月が一つに重なることがあるらしい。
何十年に一度か、何百年に一度だったか、詳しいことは忘れてしまったが。
そして、再び流れ星が流れる。
ーーー『あ!リオ、見た?今、流れ星が通ったわ!!』
ーーー『うん、見えた!』
ーーー『もう一度通らないかしら。次は何かお願い事をしなくちゃ』
あの時、流れ星に何かを願うのは同じなんだな、と思ったのを覚えている。
「こんな所で、風邪ひくぞ」
静かな夜にぶっきらぼうな声が響いた。
「シルバー…」
「眠れないのか?」
「ええ、ちょっと…」
「明日のことか?どうせ、最近顔も見せずにいたから今更どんな顔していけばいいのか、悩んでたんだろ」
「う…」
「やっぱりそうか!てめえは、本当に、馬鹿だな!!そんなことでうじうじしてるくらいならさっさと寝ろ!明日早いって言ったろ!?」
「だって、ずっと行かないでいたからタレイア怒ってるかなって…」
「そんなのは明日、直接本人に聞きやがれ!」
「う………ハイ」
片言で返事をしたリオの頭を、ベシッとシルバーが叩く。
いたっ、と頭を押さえるリオに、シルバーは呆れたような視線を向けた。
「街からいなくなるのが寂しい気持ちも分かるけどな。それは、あの赤毛だって同じじゃねえのか?」
「そう…ですね」
「あいつ、お前が来なくて心配してたぞ……明日はちゃんと話してこいよ」
そう言って、シルバーは屋根からおりていった。
一人残されたリオは溜め息をつく。
シルバーと話をして、少し目が覚めたような感じがした。
「本当に、何をうじうじしてるんだか」
らしくない、と思う。
シルバーの言う通り、明日会って話せばいいだけの話だ。
それに最近会いに行かなかった理由も…馬鹿馬鹿しい。
餓鬼か自分は。
結局、タレイアに心配をかけているじゃないか。
寂しいから、なんだ。
別に、寂しいから結婚なんかするなと言うわけではないのだ。
なら、その寂しさを本人に素直に言えばよかったのに。
「タレイアが街からいなくなるって聞いて、自分で思ってる以上に動揺してたんだな」
明日。
タレイアに心配かけたことを謝ろう。
それで、ちゃんと話をして。
今度こそ、心の底から目一杯笑って、タレイアを見送るのだ。
再び部屋に戻ったリオは、今度こそぐっすりと眠りにつくのだった。




