◆ドクターとの会話
「すみません、タレイアの元に行ってきてもいいでしょうか?」
その言葉に、ドクターはにっこり微笑んだ。
「ああ、もちろんだよ」
その言葉を聞くや否や部屋を飛び出していったリオを見て、「あいつ、ずっと俺とトルーマンの話が終わるのを待っていやがったな」とシルバーは溜め息をつく。
どうやらトルーマンも同じことを思っていたようで、彼女が出て行った扉を苦笑いで見ていた。
「元気だねえ、彼女」
「…もう少し大人しくしてくれると、ありがたいけどな」
「…君が彼女を初めて連れて来た時には、本当に驚いたよ」
「…」
「あれからもう、どれくらい経ったかねえ?」
シルバーは、ふっと窓の外に咲く天雪草を見て答える。
「春が来れば、一年になる」
「そうか。一年か」
しみじみとそう言うトルーマンも、何か思うところがあるのか、シルバーと同じように天雪草に目をやる。
「案外、早いものだね」
天雪草の向こうで、リオが駆けていくのが見えた。
今でこそよく笑い、時にはシルバーをからかうこともあるが、出会った当初、リオは今とはまるで別人だった。
ーーー『…』
ーーー『なんだ、口もきけないのか』
最初は、威嚇するようにこちらを睨む獣のような姿。
それから。
ーーー『おい、おい!しっかりしろ!!』
次に見たのは、衰弱しきった姿。
その頃のリオの姿が順番に脳内に映し出されては、消えていく。
ーーー『トルーマン!開けてくれ!!』
ーーー『…シルバー?一体どうした?』
ーーー『急患だ!』
シルバーは、そっと目を閉じた。
「………彼女は、一体何処から来たのだろうね」
トルーマンも当時のリオを思い出してか、ポツリと呟く。
リオ。
シルバーが、偶然出会い、拾った少女。
少なくともこの大陸では見たことのない、やや黄色味がかった不思議な色の肌。
実年齢よりも幼く見える顔立ちは、異国めいた神秘的な雰囲気を纏っている。
今でこそ丁寧な言葉遣いで滑らかに喋っているが、初めは言葉すら話せなかった。
だがーーー最も異質だったのは、その髪と瞳の色だ。
リオの本当の髪と瞳の色を知るのは、極僅かな人だけで、トルーマンとタレイアもそれに当てはまる。
「さあな」
トルーマンの独白にも近いようなそれに、シルバーも誰に言うでもなく言葉を宙に放り投げてみる。
いまだに、シルバーはリオが何処から来たのか知らなかった。
ただ帰る場所は何処にもない、というのは本人の口から確かめた。
それだけで十分だと、シルバーは思っている。
気にならないといえば嘘になるが、シルバーはリオが必死に言葉を覚え、この環境に適応しようとする姿を見てきた。
シルバーは知っている。
今だってリオは毎日欠かさず言葉の勉強をしているし、自身が知らない知識をその頭に詰め込んでいる。
それはリオが、今いるこの場所で生きていく、という意志の表れに他ならない。
たとえ、その傍でリオが寂しげな表情を見せることがあっても、ひたすら前を向いているリオに、わざわざ後ろを振り向かせる必要はない。
むしろ、リオが後ろを向いて立ち止まってしまった時には、問答無用でその手を掴んで引っ張ってやるつもりだ。
本人が前に進むことを決めたのなら、その方向へ進めるように手助けしてやるのが、リオの面倒をみると買って出た自分のすべきことだろう。
「ーーーで?あの赤毛は、誰と結婚するんだよ」
シルバーは、この話はもうやめだ、と言うように話題を切り替える。
「ああ、タレイアは…とある貴族の方と結婚することになったよ」
「んなことはなんとなく分かってる。それに、この街でもないだろ?」
「…」
「図星か」
「ああ、その通りだよ」
「リオは…気づいてなさそうだったな」
「そうだね。タレイアも涼ちゃんのことだけが気がかりなようでね」
「…その嫁ぎ先で思い当たるところが一つあるが、まさか、王都か?」
「流石…察しがいいね、君は」
「はぁー。やっぱあそこかよ。なあ、頼むから、俺の所には結婚式の招待状送るんじゃねえぞ」
「涼ちゃんがいるんだ、送るに決まっているだろう」
「……チッ」
その後、しばらく経ってからアルジェンテに届いた招待状を、シルバーが破ろうとしてリオと乱闘を繰り広げたのは、また、別の話である。




