謎の不法侵入者
その日、何かいいことでもあったのか、近所の店でリオは鼻歌交じりに買い物をしていた。
「相変わらず、いい男ねぇリオさん。はい、これお釣り」
「ありがとうございます」
「随分と機嫌がよさそうだけど、いいことでもあったのかい?」
「ええ、まあ」
思い当たる節があるのか、リオはにっこりと微笑む。
ここ数日、リオが上機嫌なのはとある一通の手紙が届いたからであった。
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シルバーさん、リオさんへ
お元気ですか?
あれからもう二ヶ月が過ぎ、私の家の近くでは天雪草の花が蕾をつけ始めています。
二ヶ月前の節は、本当にありがとうございました。
魔石細工を姉にプレゼントした所、姉は初めこそ、どうやってこんなに素晴らしい魔石細工を手に入れたのかと訝しんでいましたが、しっかりと経緯を話した所、泣きながら私を抱きしめてくれました。
もちろん、自分の身を売ろうとしたことは厳しく叱られましたが、最後には私の大好きな笑顔を見せてくれました。
そこで近々姉とともに、改めてお礼を言いにアルジェンテに伺おうと思っています。
奇跡的にも、姉の病が回復したのです。
きっとシルバーさんの魔石細工のお陰です。
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
それでは、また。
セシリア
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天雪草とは、冬に花を咲かすこの世界の花である。
リオがこの世界に来た時、季節は春であった。
そして、セシリアが店を訪れたのが秋。
それから二ヶ月経った今、外の空気も大分冷たくなっていた。
「そろそろ、ですかねぇ」
1人アルジェンテへの道を歩きながら、顔を緩めて呟く。
すると、それに答えるかのように後ろから元気な声が聞こえた。
「リオさーん!!お久しぶりですー!」
振り返ると、大きくぶんぶんと手を振るシナモン色の少女がいて、リオもそれに笑顔を浮かべるのだった。
「お久しぶりです、セシリアちゃん」
リオの言葉に、セシリアは嬉しそうに笑った。
「手紙、届きましたか?」
「勿論」
そこで、リオはセシリアの隣に立つ20歳くらいの大人びた女性に目を向けた。
視線が交わると、彼女は静かに会釈した。
「はじめまして、セシリアの姉のノエリアと言います。妹が大変お世話になりました」
セシリアの姉、ノエリアは穏やかに微笑んだ。
ノエリアは、姉妹ということもあってセシリアによく似ていた。
セシリアと同じ色の髪と瞳。
違いといえば、セシリアの髪はくるくるとしているが、ノエリアの髪はさらさらと流れるように真っ直ぐであることであろうか。
穏やかな空気を纏った、美しい女性であった。
その後、リオも自己紹介をし一緒にアルジェンテまでの道を歩く。
アルジェンテに着いた所で「少し待っていてくださいね」と鍵を取り出しながら店の入り口に向かう。
リオが出かける時は、いつも店の入り口の鍵を締めることにしている。
家と職場が一体化しているアルジェンテには、普段生活している家の方へと直接通じる入り口もある。
そちらは、近くにシルバーの作業部屋があるため問題ないのだが、店のほうはリオがいないと見張る者が誰もいなくなってしまうのだ。
リオは買い物袋を片手に、空いているほうの手で鍵を差し込む。
そして鍵を回して、あれ?と首を傾げた。
「鍵が、開いてる…?」
はて、締め忘れたのだろうか。
取り敢えず鍵を引き抜き、ドアを開ける。
そして中を見て……リオは硬直した。
「シルバーー?お帰りー……って、あれえ?どちら様ぁ?」
それはこちらの台詞だ。
リオの視線の先ではーーー見知らぬ人物が椅子に座り、カウンターの上に上半身を伏せながら顔だけを上げてリオを出迎えていた。
ふわふわとした黄緑色の髪に、可愛らしい顔は正直男か女か分からない。
何やら魔術師あたりが着ていそうな気味の悪い黒いローブを身に纏い、フードを被っている。
髪の色もそうだが、何より目を引くのが……その瞳だった。
「鍵を持ってるってことは、お客様じゃあないよねぇ〜。うーん、おかしいなぁ。ここは確かにシルバーのお店のはずなんだけど…」
いまだに思考の追いつかないリオをそっちのけにして、謎の人物はうーん、うーんと首を左右に傾けている。
「リオさん、どうしたんですか?中、入らないんですか?」
セシリアの声で、ようやくハッと我に帰る。
「ああ、いや、うん。入りますよ」
リオの様子をおかしく思ったのか、セシリアは少し首を傾けながらリオの後に続き、店の中に入る。
そしてその謎の人物に気がつくと、どうしてリオが固まっていたのかが分かったようだ。
「あれぇ?まだ人がいるのー?う〜ん、これは一体どういうことなのかなぁ」
「ええと…どちら様ですか?」
幾らか落ち着きを取り戻したリオは、謎の人物に声をかける。
「僕〜?僕はねえ、カールって言うんだ〜」
どうやら謎の人物の名はカールというらしい。
「君の名前はー?」
「リオ…です」
「リオちゃん、ねー。それでーここって、シルバーの店で合ってる〜?」
「ちゃん…。ええ、合ってますよ」
男装をしていることもあり、久しぶりのちゃん付けに戸惑うリオであったが、既にカールののんびりとしたペースに乗せられ抗議する気も起きない。
代わりに、先ほどから疑問に思っていることを聞く。
「カールさんは…シルバーの知り合いですか?」
「カールでいいよ〜。うん、そうだねぇ〜たまたま近くを通ったから、久しぶりに顔でも見ていこうと思ったんだけどねぇ〜なんか留守みたいだったから中で待たせてもらうことにしたんだあ〜」
「鍵、かかっていたはずなんですけど…」
「あぁ、ごめんねぇ〜勝手に開けて入っちゃったぁ」
ひらひらと片手を振るカールには、ちっとも悪びれた様子がない。
色々とつこっみたいところではあるが、取り敢えず害はなさそうなので、得体の知れないカールは放置するという方向に決めたリオは、セシリアとノエリアに向き直る。
「すみません、もう少し待ってていただけますか?シルバーも外に出てしまっているようなので」
「ええ、それは勿論大丈夫ですよ」
「けどリオさん。あの人のことはいいんですか?前にお店を手伝った時には見かけなかったと思うんですけど…」
「ええ、私も知りません。シルバーが帰ってくるまでは放っておきましょう」
そして、リオが買ったものを片付けようとしたその時。
「あ、シルバーが帰ってきたねぇ〜」
再びのんびりとした声が上がった。
それにリオは首を傾げる。
「え、そうですか?ドアが開く音も足音もしてないですけど…」
「あと10も数えたら、多分ドアが開くよ〜」
その言葉が信じられずにいたリオであったが、カールの言った通りのタイミングで店のドアが開いた。
細身の体、一つに縛られた銀色の髪。
整った顔は、黄緑色の頭の人物を見た途端顰められる。
「やあシルバー。久しぶり〜」
青みがかった鋭い銀色の視線の先で、緑と金の双眸が微笑んだ。




