金貨一枚の依頼 (1)
「うーん。やっぱり、私の勘違いかな…」
リオは、図書館でのラヴィンとのやりとりを思い出していた。
偶然学生の彼らと再会したが、その時にラヴィンを見て、やはり前回同様、その目を何処かで見たことがあるような気がしたのだ。
氷を嵌め込んだような、その水色の瞳を。
だから、本人に何処かで会ったことはないかと尋ねてみたが、生誕祭の時が初めてだと言われた。
「……ま、分からないことをずっと悩んでいても仕方ないですね」
やめたやめた、と考えることを放棄したリオは「よいせ」と声を上げながら中断していた作業を再開する。
「シルバー、これはこちらでいいですか?」
顔だけを後ろに向け、銀色の髪を束ねた背中に呼びかける。
リオの問いに、ん…ああ、といいかげんな声で返した本人は、リオを振り返ることなく様々な道具を取り出して何やら吟味している。
あれ、絶対私の声聞いてないよな。
シルバーが何かに集中している時にはよくあることだ。
置き場所が違っていても後で困るのはシルバー自身なので、まあいいやとリオは後ろに向けていた顔を戻す。
図書館で本を借りた後、リオがシルバーに連れられてやってきたのはハイラムが工房長を務めるフィニアン工房だった。
なんでも、王都にいる間、工房の中の作業場の一つをシルバーに貸してくれるらしい。
フィニアン工房は王都内でも多くの職人、徒弟を抱える工房の一つだが、最近何人か独立して出て行った者もいるため、今は作業場の数にも余裕があるのだとか。
それに対し、ハイラムが俺に王都での仕事を押し付けてんだから、あいつが作る場所を用意するのは当然だ、と言ったのはシルバーだ。
じゃなきゃ俺はそれを理由に仕事を断ってテータムに帰っている、とも。
そんなわけで、リオとシルバーは早速その用意された作業場に来ていた。
作業場の道具も好きに使っていいとのことで、おそらくシルバーが先程から熱心に見ているのはその道具なのだろう。
リオはといえば、借りてきた本だったり、シルバーから渡された物だったりを作業場に配置する手伝いをさせられていた。
「一通り終わったけど…掃除、はどうしましょうね」
ぐるりと室内を見渡せば、魔石細工作りに必要な道具が至る所にびっしりと並んでいる。
アルジェンテのシルバーの作業部屋も中々だが、こちらの方が広さがある分備えられている物も多いように見える。
しかし、魔石細工作りに使う道具は迂闊に触ってはいけない。
職人にとって、道具は命にも等しいものだからだ。
とはいえ所々室内の埃などが気になるのもまた事実。
「シルバーはまだかかりそうだし、道具以外の所だけでも軽く掃除するか」
リオは作業場の隅に見つけた掃除道具を手に取り、黙々と室内の掃除を始めた。
***
結局、作業場から引き上げる頃には、道具のある場所以外のほとんどがリオの手によって綺麗に掃除されていた。
外は既に日が暮れ、空にはちらほらと星が姿を見せ始めている。
街のあかりが少しずつ灯り始める中、自分用に借りた本を抱えてシルバーと共にフィニアン邸へ戻ると、ハイラムが帰ってきた二人に声をかけた。
「帰ってきたか。作業場はどうだった」
「まあ、悪くねえ。それに道具もムカつくくらい良いのが揃ってやがる」
「うちはお前みたいに貧乏じゃないからな。ま、自由に使えばいい。…そういえばお前、自分の道具は持ってきてるのか」
ふと、気づいたようにハイラムがシルバーに尋ねる。
確かに、召集に応じただけだったからシルバーだって魔石細工を作ることになるなんて思ってもいなかっただろう。
…いや待て、何かやけに荷物が多かったような気がする。
「愚問だな。魔石細工職人が商売道具を持ち歩かなくてどうする」
さらに魔石も少量持ってきているらしい。
どこか得意げに言うシルバーに、ハイラムが小さく噴き出す。
「お前って本当に馬鹿だな」
「あ?なんでここで俺が貶されなくちゃならねぇんだよ」
「いいやむしろ褒めてる」
呆れたような、嬉しそうな様子のハイラムに、シルバーは小さく舌打ちをしつつ顔を横に背けた。
「…いつどこで注文が入るかわからねぇだろうが」
ぼそりと呟かれたその言葉に、ハイラムはやはり愉快そうに笑みを零す。
「正論だが、お前の場合は単に四六時中魔石に触っていたいだけだろう。この魔石細工馬鹿が」
「また馬鹿って言いやがったな!?言っておくが、それは、てめぇにも当てはまるからな!!」
「俺はお前より賢い」
「そういうことを言ってるんじゃねぇ!ほんっとうに、てめぇと話してると怒りしか湧いてこねぇな!」
「俺は愉悦の情が湧いてくるが」
…ハイラムさん楽しそうですね。
いい加減我慢ならなくなったのか、シルバーがその目をつりあげて言い放つ。
「今後、用がない時は、俺に話しかけるな!!」
プンスカと肩を怒らせてハイラムに背を向け歩き出そうとするシルバー。
しかしハイラムの声が引き留める。
「残念。用があるんだな、これが」