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赤字続きの魔石細工店  作者: 夜風
第二章
10/115

魂を運ぶ虹色の鳥

 





 ガスパーとの約束の日まで、残り5日となった頃。

 いつも通りリオが店番をしていると、バタンとドアが開いて外からシルバーが入ってきた。

 

「また出かけていたんですか」

 

 あの執事らしき人に話を聞けたのだから、もうそれで十分だろうと思っていたリオだったが、シルバーは再びあの邸を訪ねに行っていたらしい。

 

「またあそこですか」

「ああ、だが、おかげで分かったぞ」

 

 上着を脱ぎながら、シルバーはニヤリと笑う。

 

 

「ようやく、形が見えた」

 

 

 よく分からないが、シルバーの機嫌がすこぶる良いのを見る限り、再び邸に赴いたかいがあったようだ。

 シルバーは急ぎ足で自分の作業部屋へと消えていった。

 それを見送ったリオは、大きく伸びをする。

 

「あれは暫く部屋から出てきませんね」

 

 きっと、先程のように目をキラキラさせて作業部屋に入ったシルバーは、時間も忘れて魔石細工作りに没頭するに違いない。

 

 リオの予想した通り、昼が過ぎても、日が暮れても、シルバーが作業部屋から姿を現すことはなかった。

 こういう時は何を言っても作業部屋から離れないので、リオは静かに飲み物や軽い食べ物を部屋に持っていくだけに留める。

 多分、今邪魔をしたら相当ブチ切れられる。

 それを知っているリオは、まだシルバーに拾われたばかりの頃を思い出す。

 


 ーーー『おい、クソガキ!勝手に入るんじゃねえ!』

 

 

 ………懐かしい。


「あの時は部屋に入ることすら許してもらえませんでしたね」


 そう考えると、部屋に入っても怒られなくなったあたり、進歩したと言うべきなのだろう。




 そうして、約束のその日まで、シルバーは部屋に篭り続けた。

 

 

 


 

  ***


 




 ついに訪れた約束の日。

 リオは、今度こそしっかりと出迎えられるように、姿勢を正してカウンターの後ろに座っていた。

 約束通り、昼頃に現れたガスパーに、リオは待ってましたと声をかける。


「いらっしゃいませ」

「…ふん。少しはマシになったかの」


 相変わらず偉そうな態度ではあったが、前回のような失態は犯さずにすみほっとする。


「で?あの生意気な小僧は何処じゃ?姿が見当たらないが」

「俺ならここにいるぜ、クソじじい」

 

 生意気な小僧呼ばわりに、顔を顰めながらシルバーが店のフロアに姿を現す。

 

「出来たのじゃろうな」

「当たり前だ。こっちを何だと思ってる」


 そう言って、シルバーは手にしていた魔石細工を店のテーブルの上に置いた。

 それは、以前見たショーンのものと同じく、ワインの瓶程の大きさであった。

 ただし形は全く異なる。

 

 シルバーの作った輝鳥は、虹色に輝いていた。

 

 あからさまに虹のように色がハッキリとしている訳ではなく、銀色をベースに、光の加減によって様々な色に変化しながら神秘的な輝きを放つ。

 目一杯に広げられた大きな翼からは、今にも飛び立とうとするような力強さが感じられる。

 靡く尾も、細部に渡るまで繊細に造られていて、まるで生きているかのようだ。


「…ほう。何故、虹色にした?」


 じっくりとそれを眺めて、視線は輝鳥から外さぬまま、ガスパーがシルバーに問うた。


「輝鳥はてめえと奥さんとの思い出の鳥だと聞いてな。その時、春の輝鳥を見に行ったと聞いた。だからだ」

「ふむ、そうか。それにしても、随分と力強い輝鳥じゃな」


 確かに、とリオも輝鳥を見る。

 ショーンから聞いた話だが、普通、棺に入れる魔石細工は、死者を見守ったり、死者に寄り添ったりする意味合いを込めて作られることが多いのだと言う。

 それを考えると、シルバーの作った魔石細工はそれとはまるで違うような気がした。

 ガスパーも同じように感じたのだろう。



「奥さんと、約束したんだろ」



 ガスパーの言わんとしていることが分かったのか、シルバーは静かに言った。

 

 

「虹色に輝く輝鳥を見ながら。もし生まれ変わったら、また、一緒になろうってな。その時、奥さんが言ったんだろ『きっと、輝鳥が私達の魂を同じ場所へ運んでくれる』…違うか?」

 

 

 輝鳥はさまざまな大陸の各地へと飛んで渡ることから、その幻想的な美しさも相まって魂を運ぶ鳥としても言い伝えられているのだとか。

 ガスパーは何も言わなかったが、シルバーは言葉を続ける。

 

「他の職人が作った輝鳥をいくつか見たが…色を抜きにしても、みんな同じだった。優しく、見守るように。穏やかに、寄り添うように。あんたが欲しい輝鳥は、違うだろう?」

 

 何処か確信めいたその言い方に、ガスパーはふっと、表情を緩めた。

 

 

 

「まったく、生意気な小僧が」

 

 

 

 そして、目を僅かに細めながら魔石細工を見る。


「…その通りじゃ。わしが納得いかなかったのは、そういう所じゃ」

 

 いつもの偉そうななりは息を潜めて、ガスパーは静かに語る。


「わしはな、死んだ後、生きていた頃を思い出して懐かしもうなどという気は毛頭ない」

 

 そもそも生前の思い出が傍にあることがなんだというのだ。

 むしろそれは自分が死んだことをより一層認識させ、生きていた世界を恋しくさせるだけではないか。

 そう、ガスパーは言った。


「じゃからのう…わしが欲しかったのは、思い出ではなく、わしを再び妻の魂の元まで運んでくれる、そんな魔石細工だったのじゃ」


 確かに、この輝鳥は今にも羽ばたきそうで、奥さんの元までガスパーを運んでくれるような、そんな気がした。

 やがて、魔石細工から目を離したガスパーは、再びあの偉そうな態度でシルバーに向き直った。

 

「ふん、仕方ない。買ってやろうかの」


 口調も再び偉そうなものに戻っていたが、その言葉は彼がシルバーの魔石細工を認めたことを意味していた。


「素直じゃねえじじいだな」


 シルバーも相変わらずの憎まれ口を叩くが、表情は何処となく嬉しそうだ。

 そうして、シルバーは魔石細工を素早く、けれども丁寧に箱に入れる。

 お金を払い、それを受け取ったガスパーは、再び箱の中の魔石細工を見る。

 

 


 

「ーーーーーいい、魔石細工じゃ」

 

 



 その言葉にガスパーの方を見れば、彼は穏やかに笑っていた。

 ガスパーは杖を片手に、質の良さそうな外套を翻す。

 

 

 

 

「礼を言うぞ、銀色の魔石細工職人よ」

 

 

 

 

 

 カラン。

 店の中に、ベルの音が響いた。


 



「…シルバー、よかったですね」

「はっ、あれくらい、大したことねぇ」

 


 目を閉じ、片手で前髪を掻き上げながらそう言うシルバーであったが、口角が僅かに上がっている。

 それを見たリオは思わず小さく微笑む。

 すると、それに気づいたシルバーはすぐにじろりとリオを睨んだ。

 

「なんだよ。何を笑ってやがる」

「別にー?ただ、これで暫くはお金の心配はしなくていいかなーと思いまして」

 

 まあ、もちろんそんなことを思って微笑んでいた訳ではないが。

 しかし、あながち嘘ではない。

 

「確かに。あのじじい、やけにたくさん金を置いていきやがったな」


 輝鳥の代わりに、テーブルの上に置かれたお金を見る。


「金貨10枚、大金ですね」


 この世界で、金貨1枚は銀貨20枚にあたる。

 そして、銀貨1枚は銅貨30枚にあたる。

 金貨、銀貨、銅貨の三種類の硬貨から成り立つこの世界の貨幣制度からすると、金貨10枚は、一年身を粉にして働いた一般市民の収入に値する、大金であった。

 

「これで新しく道具を買い揃えられる」


 ボソッとしたシルバーの呟きをリオは聞き逃さなかった。


「ちょっと!ふざけないでくださいよ!そんなことしたら金貨10枚なんてすぐになくなってしまうじゃないですか…!」

 

 魔石細工職人が使う道具は、決して安くない。

 そんなものを大量に買われては、金貨10枚など簡単に吹っ飛んでしまう。

 

「いいですか!ただでさえ足りないものが沢山あるんです。それに店のこの見た目だっていい加減直さないと…」

「うるせぇ!商売道具は、大事だろ!?そもそも金貨10枚は、俺が稼いだ金だ!店の見た目なんかどうでもいいだろ!」

「確かに貴方が稼いだ金ですけど!もう少し他のことにも気を使ったらどうですか!生活費を切り詰めに切り詰め、気づけば最近じゃあお得意先のお店の方が、哀れんで差し入れをくれるくらいなんですよ!?」

「だったらてめえも働きやがれ!」

「働いてますよ!!家事から店番まで!あまりにも客が来なくて暇すぎるけどな!」

「なんだと、このクソガキ!」

「クソガキじゃない!リオだ!」

「俺より年下は、クソガキで十分だ!!」

「5つ違うだけだろ!?ほんっとに大人気ない人だな!!」

 

 

 

 結局、日が暮れるまで二人の口論は続いた。

 

 


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