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第九話 やぶへびには参加賞と月夜の波乗りを 中編

 やぶへびについていろいろ聞いてから、何日か過ぎたある夜のこと。

 あたしのもやもやに遠慮なく、期待値の高いイベントが用意されていたの。




 家事がまったくできない娘だと、ゴウさんに認識されているあたしですが。

 数ある家事の中で唯一任されたのが、お風呂場のお掃除なの。

 いくらあたしでも、それぐらいはできるだろうってこともあるけれど。

 出張が多いゴウさんや、講演会で地方に行くことが多い先生に比べて。

 平日や土日を問わず、あたしは毎日家にいるからですって。

 ちょっと長めのお風呂を済ませ、入念にお掃除を終えてから二階へ。

 あたしの前にお風呂に入ったゴウさんは、お部屋で一杯やっているころね。


「お気に入りのパジャマなの、かわいいでしょ」

 目の前でくるりとひと回りしながら、横目でゴウさんの反応を探ってみる。

 同居にむけて買いそろえておいた、例の悩殺ネグリジェたちは。

 無駄なお金がかかっただけで、今やお蔵入りしているでしょ。

 二人で買いに行った、おそろいのパジャマもあるけれど。

 ゴウさんの趣味ではないらしく、反応が今ひとつだったので。

 今夜からは気分を変えて、というより品を変えることにしたんです。

 用意したのは、実家から取ってきたお気に入りのパジャマたち。

 気に入っているってことは、自分でも似合うと思っているからだもの。

 今夜あたしが着ているのは、持ってきた中でも一番のお気に入り。

 ウサギがイメージの白いほんわかパジャマで、勝負するのよっ!


 なのに……。

 燃えるようなあたしの期待とはうらはらに、ゴウさんの反応ときたら。

「ふん、透け透けじゃないってことだけは評価してやるよ」

 ね、こんな反応なんだもの。

「つれないのね」

 がっかりしているあたしに、情け容赦なく追い打ちが。

「たかがパジャマひとつで、どれだけの効果を狙っているんだ」

 そりゃもう、絶大な効果をですね……。

「ふ~ん、せっかくいいお知らせがあるのに」

「いい知らせ?」

「どうしようかな、教えるのをやめようかな」

「もったいぶらないで、早く言え」

「かわいいパジャマ姿を褒めてくれたら、教えてあげようかな~」

「自分でかわいいって言うかよ」

「ゴウさんが言ってくれないんだもの、自分で言うしかないでしょ」

 言ったあたしだって、自分で言うのはどんなものかと思っているわよ。

 ふんだ、ゴウさんのけち。


「夕方に、駐車場のことでママから電話があったのよ」

 この家に引っ越しをする前から、いろいろと面倒な愛車のために。

 屋根付きの駐車場を探していた、ゴウさんですが。

 そんな気の利いた駐車場が、近所にあるはずもなく。

 このまま見つからなかったらどうしようかと、困っていたでしょ。

 実家へ送ってもらったときに、うちの駐車場が空いているのを目にして。

 貸してほしいってお願いをされたから、ママに聞いてあげたけれど。

 その返事が、さっきあったの。

「で、何だって?」

 そんなに身を乗り出してまで、がっつりと食いついてくるなんて。

 よっぽど、ママからの返事を待っていたのね。

「空いているから、どうぞ使ってくださいって」

「そりゃ、助かった」

 ゴウさんったら破顔一笑、びっくりするぐらい喜んでいるわね。

「そうと決まれば、明日は預けてある車を取りにショップに行ってくるよ」

 良かったわね、明日が日曜日で。

「ショップって、どこにあるの?」

「千葉だよ」

「微妙に遠いわね」

「俺の実家からならともかく、ここからならすぐだよ」

「じゃあ、何時に出るか教えておいてね」

「そんなことを聞いて、どうするんだ」

「あたしにだって、支度があるもの」

「どうして、おまえが支度する必要があるんだ?」

「決まっているでしょ、あたしも一緒に行くからよ」

「俺が一人で行ってくるから、おまえはおとなしく留守番をしていろ」

「せっかくの日曜日だもの、一緒にお出かけしたい~」

「おとなしく待っていろ、帰ってきたらドライブに連れていってやるから」

「うわあ、二人でドライブなんて!」

 一緒にお出かけするのは却下されたけれど、代わりにドライブをGETか。

 そっちの方が、よっぽど本格的なデートじゃない。

「何時ぐらいに帰ってくるの?」

「昼前に出れば、四時にはここに帰ってこられるな」

「四時ね」

「近くまで来たら電話をするから、用意をしていろ」

「はあい」




 十分ほどで家の前に着くとの電話が、ゴウさんからあったので。

 わくわくしながら門の前で待っている、あたしの前に現れたのは。

 想像をしていたよりも派手な、車高がとても低くて黄色いスポーツカー。

「屋根が付いているじゃない、オープンカーだって言っていたのに」

「このルーフは、着脱できるんだよ」

「ふうん」

「ショップに預けていたから着けているけれど、外せばオープンになるんだ」

「オープンカーの屋根なんて、ほろみたいなものかと思っていたわ」

「純正品はほろだよ、部屋の隅に置いてあるだろ」

 お部屋の隅に立てかけてある長細くて黒い袋って、ほろが入っていたのね。

「どうして、ほろがあるのにちゃんとした屋根を?」

「FRP製のこれはオプションで買ったんだ、この方がかっこいいだろ」

「こんなにちゃんとしているのに、雨漏りはするのね」

「製作者にとっては十分なんだ、速く走れて鋭く曲がれてぴたっと止まれば」

 以前にも、そんなことを言っていたっけ。

「で、これからどこに行くの?」

「さあな、行き先なんか決めていないよ」

「せっかくのドライブなのに?」

「ひさしぶりにエンジンに火を入れて、ぶん回すのが目的だから」


 助手席側のドアを開けて乗り込もうとすると、頭が屋根に当たっちゃうわ。

「それにしても車高が低いわね、これじゃあ乗り込めないわ」

「乗り込むには、ちょっとしたこつがあるんだよ」

「車に乗るのに、こつ?」

 聞いたことがないわよ、そんなこと。

「まずは、ここに腰かけてみろ」

 ゴウさんがドアを開けると、シート横のボディフレームは。

 腰をかけるためにあつらえたかのように、革張りになっている。

「ここに腰をかけてから、最初に右足を入れたら続けて左足を入れて」

 よいしょっと。

「シートの両端を手で持って、尻を浮かせてシートに移すんだ」

 どっこいしょ。

「乗り込むだけでこんなに面倒だなんて、それにすごく派手だし」

「派手といっても、まだ実感していないだろ」

「実感って?」

「走り出して赤信号で止まるのを、楽しみにしているんだな」

「どうして?」

「信号を待つ歩行者にじろじろ見られて、初めて実感するんだ」

「ふうん」

「それに、横断歩道の塗装がでこぼこなんだって改めて気づくだろうし」

「何よ、それ?」

「接地面からの振動が、ダイレクトに伝わるからだよ」

 そう言って笑ったゴウさんは、車を発進させたの。




 バス通りに出てからしばらく進むと、隣駅の前にある交差点で信号待ちを。

 ほんの短い距離を走っただけなのに、ゴウさんが言っていたとおりね。

 横断歩道を通るたびに、デコボコだって感じるし。

 今は、信号待ちの人たちからじろじろと見られて恥ずかしいもの。


 そんな恥ずかしさを、振り払うかのように。

「あれって、ゴウさんが入院していた病院よね」

 左手のビルの合間からちらりと見えている、病院を指差す。

「ああ」

 素っ気ない返事をしたゴウさんが、ハンドル左側のレバーを押し上げる。

 パネルにあるウインカーの右折ランプが、チカチカと点滅しているけれど。

「今のって、ワイパーのレバーじゃないの?」

「外車だから、ウインカーとワイパーのレバーが逆なんだよ」

 ふうん、うっかり間違えないのかしら?

「駅前を右折するってことは、高速道路に入るの?」

 右折をしたすぐ先には、この辺りで一番近い高速道路の入口があるのよね。

「そうだよ」

 どこに連れていってくれるのか、聞きたいけれど。

 行き先を知らされていないミステリードライブも、ちょっと楽しいかもね。

 時計を見ると、もうすぐ五時だから。

 そんなに遠くには行けないだろうけれど、やっぱり楽しみ!


 日曜日の夕方だからかしら、普段なら渋滞している高速道路もすいていて。

 運転をしているゴウさんにとっても、快適なドライブになりそうね。

 それにしても、のんびりと沈む夕日を正面から受けているから。

 まぶしくて、進む方向を見ていられないのがちょっとしゃくね。


 随分と走っているけれど、どこに行くのかな。

 ゴウさんは、エンジンに火を入れてぶん回すなんて言っていたけれど。

 千葉のショップからうちまででも、結構な距離を走っていると思うから。

 ぶん回すって目的については、もう達成していると思うけれど。


 そんなことを考えながら外を眺めていると、上昇していく飛行機が見える。

「飛行機を見に来たのね、ここって羽田空港の近くなの?」

「ああ、見てのとおりだよ」

 なんとはなしに、景色や案内板を見てはいたけれど。

 始めのうちは、沈む夕日がまぶしくてしっかりと見ていられなかったし。

 方向音痴のあたしには、どこをどう走っているかなんてさっぱり。

 それでも、これだけ忙しそうに飛行機が発着しているのを目にすれば。

 ドライブの目的地が羽田空港だってことぐらい、察しがつくわ。

 空港か、ちょっと意外かな……。




 高速道路を下りてから、空港の近くの埠頭で車を止めたゴウさん。

 いつの間にか太陽が沈んでいて、あたりが暗くなっている。

 さっきまでは、あんなにはっきりと見えていた飛行機だって。

 今では、点滅している翼の赤いライトしか見えなくなっているもの。

 空港の夜景は、それはそれでとても奇麗ではありますが。

 あたしが期待しているのは、こんな景色を見ることではないんですよ。


 車から降りたあたしが、ぼんやりと海や飛行機を眺めていると。

「これ、開けてみろ」

 そう言ったゴウさんから渡されたのは、リボンがかかった小さな箱。

「なあに、これ」

 とぼけて、そう聞いてはみたものの。

 これが有名なジュエリーショップの箱だってことぐらい、知っています。

「いいから、開けてみろ」

 言われるままに開けると、中にはダイヤモンドらしきものが光る指輪が。

「こんな指輪を、どうしたの?」

「買ったに決まっているだろ」

「どうして買ったのかと聞いているの、ひょっとして婚約指輪だったりして」


 まさかの、動揺して当然なシチュエーションだというのに。

 パニックにならないどころか、大喜びもしていないのはどうしてかって?

 そんなの、決まっているでしょ。

 空港の夜景を見ていたら、何の前ぶれもなく指輪を渡されたのよ。

 十七年も待ち望んでいた瞬間が、いきなり訪れたんです。

 これまでのいきさつも、そうですし。

 同居をしてからの手応えも今ひとつ、というよりさっぱりでしたから。

 いつになることやら、皆目見当がついていなかったのに。

 それが一転して、あまりにもいきなり過ぎる展開だもの。

 悲しいかな、こんな状況になってもまったく実感がわいてこないのよ。




 そうはいっても、喜びがじわじわと押し寄せているあたしに。

「もちろん婚約指輪だよ、気に入ってもらえるとうれしいけれど」

「本当に、本当にこれって婚約指輪なの?」

「そうだよ」

「ゴウさんが、あたしにこれを?」

「ああ、受け取ってくれるかな?」

「それって……」

「俺と、結婚してくれないか」

 そんな気配なんて、これっぽっちもなかったのに。

 事前に指輪を買っておくだけじゃなく、プロポーズまでしてくれるなんて。

 これぞまさに、あたしが期待していた展開ですっ!

「プロポーズをされるって知っていたら、もっとおしゃれをしてきたのにな」

「十分にかわいいよ」

 そう言ったゴウさんは、あたしの肩を抱くと熱い……。

 ああ、いきなりこんな夢のようなことがっ!

 十七年間におよぶ、あたしのいちずな思いが天に届いたのかしら?

 それとも、昨夜の白いほわぽわパジャマがかわいかったから?

 まるで、夢を見ているみたい。

 たとえ夢でもいいから、どうか覚めないでっ!




 あれ?

 突然のことで、心の準備がまったくできていないからかしら。

 それとも、あまりにも非現実的な展開だから?

 さっきから、誰かに体をぐらぐらと揺さぶられているような……。




Copyright 2024 後落 超




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