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第五話 あなたはだあれ 後編

 その後も質問を続けて、ゴウさんのことはひと通り聞けたから。

「今度は、あたしにも聞いてよ」

「別に、俺から聞くことはないよ」

 素っ気ないどころか、まったく興味がないって顔をしちゃって。

「どうしてよ、自分で情報の交換をしようって言ったくせに」

「女性なら聞かれたくなかったり、答えたくなかったりすることもあるだろ」

「十七年ぶりに会った幼なじみ、しかも結婚相手なのよ」

「おまえが言っているだけだろ、俺には結婚に同意した覚えなんてないぞ」

 そんなの無視よ、無視。

「あたしを知るためには、いろいろ聞くことも必要でしょ」

 何を聞かれるか、わくわくしているあたしをよそに。

 しめサバを一切れ食べ、ホッピーを飲んだゴウさんは。

「まあまあの美人だしスタイルもそこそこなのに、彼氏はいなかったのか?」

 最初に聞くのが、それですか。

 しかも失礼しちゃうわ、まあまあでそこそこですって?

「ずっとあなた一筋よ、初恋相手の奥さんになりたかったんだもの」

「そういえば、どうして初恋の相手が俺なんだよ?」

「あの日、あなたの後ろ姿がかっこよかったから」

「俺の後ろ姿、あの日って?」

「十七年前に、トランプを持ってきてくれたときの帰り際よ」

「やれやれ、また十七年前の話か」

「ポケットから出した左手を、めんどくさそうに上げたでしょ」

「それがどうした」

「あの後ろ姿がかっこよかったから、好きになったのよ」

「帰り際の後ろ姿、か……」

 そう言ったゴウさんは、首をかしげてあたしをじっと見ている。


 ゴウさんが黙っていると、外野席の三人組からやじが飛んできた。

「ねえ彼女、俺たちと一緒に飲もうよ」

「そうだよ、つまらない話をしているやつは放っておいてさ」

「席を空けるからさ、こっちにおいでよ」

 放っておいてください。

 あたしとゴウさんは、将来に関わる重要な話をしているんですから。

 なのに、あろうことかゴウさんは。

「気が合うな豆キチ、俺もさっきからつまらないと思っていたんだ」

 ちょっとお、あたしと話すのはつまらないってこと?

 立ち上がったゴウさんは、あたしにお財布を渡すと。

「帰るぞ、これで勘定をしておけ」

 あたしを残してさっさとお店を出ていくゴウさんの背中に、マスターが。

「シノちゃんといったっけ、またおいでよね」

 ゴウさんは、振り返りもせずに左手をめんどくさそうに上げるあのポーズ。




 お勘定を済ませたあたしがお店を出ると、すでに歩き出しているゴウさん。

 追いついたのは、踏み切りを渡った先で信号待ちをしている交差点。

 バス通りを並んで歩いていると、コンビニエンスストアの前で。

「ちょっと寄っていくか」

「何か買うの?」

「つまらない茶々が入ったからな、飲み足りないんだ」

 ふんだ、自分からお店を出たくせに。

 缶ビールやおつまみに加えて、なぜかアイスを二本買ったゴウさん。

「アイスが好きなの?」

 そう聞いたあたしに、買ったばかりのアイスを一本くれて。

「このアイスは当たりを五本集めたらもう一本、ってやつなんだ」

「ゴウさんはよく当たるの?」

「いいや、子供のころから一回も当たったことがないよ」

「当たったことがないのに、ずっと買い続けているの?」

「辛抱強いって言っただろ、いつか当たるんだろうし」


 アイスを食べながら、二人並んでのんびり歩いていると。

「どこに行くんだよ、ここを曲がるぞ」

「えっ、だってそこって……」

 確かに、そこは先生おうちやあたしの実家への近道だけれど。

 土管や人の丈ほどもある鉄線のコイルや、建築資材が山積みされていて。

 死角が多いし、街灯もない空き地なの。

「どうした、そんな顔をして」

「だって、小さいころから通ってはいけないって教わっているんだもの」

「今日は通っても大丈夫だろ、俺と一緒なんだから」

 そう言うと、あたしの顔を見て笑っている。

「ゴウさんと一緒だから、痴漢は怖くないけれど」

「けれど、何だよ」

「誰といてもお構いなしでしょ、おばけは」

「いい年をした大人が、何を言っているんだ」

 改めて見てみると、先に行くほど真っ暗で。

 これじゃ、物陰に誰かが隠れていても分からないわ。

「やっぱり、おばけだけじゃなくて痴漢も怖いっ!」

 ゴウさんの腕に、しがみつきながら歩いていくあたし。

 二人一緒でもこんなに怖いんじゃ、とても一人では通れないわね。

 なんて、途中まではびくびくしていたけれど。

 これって、生まれて初めて男の人と腕を組んで歩いているのでは?

 しかもお相手は、夢にまで見た憧れのゴウさんなのよ。


 食べ終わったアイスの棒を、くるくると回しながら歩いていると。

 じきに空地を抜けて、先生のおうちに着いちゃった。

「いつまでしがみついているんだ」

 そう言われ、幸せタイムが終わったことにちょっとがっかり。

「おっ!」

 ゴウさんは、おうちの前で食べ終わったアイスの棒を得意気に見せながら。

「当たったことがなかったアイスなのに、引っ越したとたんに当たったぞ」

「良かったわね」

 でも、引っ越したとたんではなくあたしに出会ったとたんでしょ。

「反応が薄いな、これからいいことが起きる予感がしないか?」

 確かに、起きることは起きるでしょうけれど。

 それが、ゴウさんにとっていいことかどうかは……。




「じゃあ、あたしはおうちに帰るから」

「日が暮れているのに一人で帰せるかよ、送っていくに決まっているだろ」

「まだ早いもの、大丈夫よ」

 ちょっとうれしかったけれど、遠慮をしてみせるポーズ。

 控えめな女なのよって、アピールをするのも大切だものね。

「駅から何回も見せられているんだぞ、痴漢に注意って文句を」

 ゴウさんが目線をやったのは、向かいの電柱に立てかけてある看板。

「本当にしょうもない町だな」

 そう言って、ポストにアイスの当たり棒と買い物袋を放り込むと。

 あたしの腕をつかんで、有無を言わせずに歩き出しちゃった。


「変だな、こんなに近かったっけ」

「何が?」

「小学校まで二分もかからないからだよ、近くなったんじゃないか」

「ゴウさんが大きくなっただけでしょ、小学生と大人ですもの」

「そういえば、転校先でプールの話をしたら笑われたっけ」

「プールの話?」

「隣町の小学校まで、プールのたびに二十分も歩いて行かされた話だよ」

「プールで、歩く……」

「三年生の春に校舎が建て替わるまで、この学校にはプールがなかっただろ」

「そっ、そうだったわね」

「往復に時間がかかるから、プールだと体育の授業が二時間続きになる」

「えっ、ええ」

「そう言ったら、大笑いされたんだ」

「ふうん」

「プールなのに炎天下を歩かされて汗だくだなんて、しょうもなかったよな」


「おい、アメヤがなくなっているぞ!」

 いきなり、大声でそう言ったゴウさん。

 アメヤとは、小学校の真ん前にあった駄菓子屋さんで。

 文房具も売っていたから、近所の子供なら誰もがお世話になったお店なの。

「十年以上前かしら、おばあさんが亡くなって閉店したのよ」

「もうからないから跡継ぎもいなかったんだろうな、しょうもない」

「しょうもないしょうもないって、さっきから三度目よ」

「そんなこと、わざわざ数えていたのかよ」

「ゴウさんって、この町が嫌いなの?」

「六年間も住んでいたけれど、思い出なんてほとんどないからな」

 そう言いながら、突き当たりを右に曲がったゴウさん。

 思い出がないって言ったくせに、あたしのおうちは覚えていてくれたのね。


「何だ、ここもマンションになったのか」

 曲がり角の先にあるマンションを見上げて、そう言ったゴウさん。

 足を止めて話してくれたのは、ひとつだけあったいい思い出。

「昔は、ここに古いアパートがあったんだ」

「知っているわよ、通学路ですもの」

「俺らとはクラスが違ったから知らないだろうが、横山君って子がいて」

「その子が、ここにあったアパートに?」

「ああ、一階のいちばん手前の部屋に住んでいたんだ」

 昔を思い出すように、ゴウさんは言葉を選びながら。

「小柄で物静かな子で、学校では一人でいることが多かったな」

「ゴウさんとは真逆ね」

「いつからか、俺は横山君の家に遊びに行くようになったんだ」

「違うクラスの子と、どうやってお友達になれたの?」

「母一人子一人だから、おふくろだけの俺とは気が合ったんだろ」

 あたしが聞いているのは、きっかけなのに。

「それに、俺はそんなことを気にもせずにズカズカいくから」

 いい意味でも悪い意味でも、遠慮せずって感じだものね。

「家に友達が来ることなんてないからか、親子で喜んでくれて」

「チェスとオセロの中間みたいな、チェッカーってゲームでよく遊んだな」

 おうち遊びか、ゴウさんって外で遊ぶのが好きそうなのにね。

「土曜日の昼には、横山君のおふくろさんがもんじゃを作ってくれて」

「何てことのない普通のもんじゃだけれど、とてもうまかった」

「今から思えば、あれをごちそうっていうんだろうな」

 しばらくしても続きがないから、聞いてみたの。

「その後、横山君とはどうしていたの?」

「別れの思い出がないんだ、引っ越してからも連絡した記憶はないし」

「そのアパートの代わりに、こんな立派なマンションが建っているのね」

「ああ、今はどこでどうしているんだろうな」

 そう言ってから、ゴウさんはまた歩き出したけれど。

 ちらっと見えたエントランスのマンション名は、パークサイド横山って。

 これって?




「送ってくれてありがとう、ここを曲がるとすぐだから」

「知っているよ、どうせなら玄関まで送らせろ」

 ゴウさんに送ってもらえる幸せを、もっと楽しんでいたいのに。

 曲がり角からは、三十秒もかからずに玄関の前。

「ますますご立派になっているじゃないか、おまえの家」

「良く覚えているのね、五年ぐらい前に建て替えたの」

「建物の下半分が駐車場で、しかも空きがあるのか?」

 確かに、三台がゆったりと駐車できるのに二台しか置いていないけれど。

「一台分は、お客様用の予備なのよ」

「お客って、そんなに来るのか?」

「いいえ、近頃はあまり」

「両親が海外なら客も来ないだろ、金は払うから車を置かせてくれないか?」

「駐車場を借りるなら、先生のおうちに近い方が便利じゃない」

「俺が探しているのは、屋根付きの駐車場なんだ」

「そんな駐車場、この辺りにはないでしょ」

「だから、困っているんだよ」

「ママに言っておくわ、ゴウさんならお金は受け取らないと思うな」

「金は払うよ、貸してもらえるだけで助かるんだから」

「でも、どうして屋根付きを探しているの?」

「オープンカーなんだが、新車なのにルーフを閉めても雨が」

「新車なのに雨漏りするの?」

「走っているときは問題ないが、長いこと駐車していると染み出すんだ」

「ふうん」

「外国の、走って曲がって止まるしか興味がないメーカーだから」

「へえ」

「トランクなんてひどいものだ、配線をガムテープで留めてあるし」


「じゃあ、あたしはあさってに仕事が終わってからお引っ越しだから」

「次に顔を合わせるのは、あさっての夜か」

「そうね」

「手伝ってやりたいが、明日から出張で帰りはあさっての夜なんだ」

 先生のおうちでは手伝うのを渋っていたくせに、駐車場の効果かしら。

「お引っ越しといっても、荷物はもう送ってあるもの」

「そうか、じゃあ俺は帰るから」

「送ってきてくれて、ありがとう」

 帰っていくゴウさんの背中に、その声が届くと。

 あの日と同じように、振り向こうともせずに。

 ポケットから出した左手を、さもめんどくさそうに振りながら歩いていく。

 やっぱり、あたしは十七年前と変わらないこのポーズが大好き。




「ただいまあ」

「お帰りなさい、遅かったから心配していたのよ」

「心配なんていらなかったのに」

「だって」

「ゴウさんとお食事をした後に、送ってもらったもの」

 ちょっぴり自慢をするように言ってみる。

「会ったその日にお食事をして、送ってもらえたなんて」

「これ以上ないスタート、でしょ」

「だったら?」

「うん、これなら大丈夫だと思う」

「じゃあ、パパとママは予定どおりに明日のお昼に出発してもいいのね」




 大人になったゴウさん、想像していたよりずっとすてきだったな。

 口は悪いけれど、いつもあたしに気を使ってくれていたし。

 十七年間も思い続けていて良かった。

 おやすみなさい、

 あさってからは、毎日一緒にいられるゴウさん。




Copyright 2024 後落 超




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