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第四話 あなたはだあれ 前編

 十七年ぶりに、幼なじみが感動の再会を。

 二人はこれから同居をして、いずれ結婚をするんだと伝える。

 そんな最大の難関を突破したことで、ひと安心しているあたしに。

「じゃあ、飲みに行くぞ」

「飲みに行くって、これから?」

「十七年もたっているんだ、幼なじみといったって初対面と変わらないだろ」

「そっ、そんなことはないと思うけれど」

「お互いについて、情報の交換は必要だろ」

「情報の交換なら、ここですればいいじゃない」

「オバちゃんに聞かれたくないから、外に出ようと言っているんだ」

「先生に聞かれたくないからって、どうして飲みに?」

「決まっているだろ、しらふではできないような話をするからだよ」

 どんな話をするのかどこに連れていかれるのか、ちょっぴり不安だけれど。

 初めてお酒に誘われたんだと思えば、これはこれでいいか。




 先生のおうちを出てから、後ろを歩いているけれど。

 歩くのが速いから、あたしは半分小走りになっているの。

「平日の三時なのに、お店なんてやっているの?」

 この時間だと、どのお店もお昼の休憩時間じゃないかしら。

 ましてやお酒を飲めるお店なんて、そもそも開店前なのでは?

「駅向こうの焼きとん屋なら、十一時から夜まで通しでやっているんだ」

「そんなことをよく知っているわね、いつ調べたの?」

「駅に着いて、真っ先に調べたんだよ」

「ふうん」

「仕事の帰りや休みの日に通う店ぐらい、調べておかないと」

 まず調べたのが、これから通うお店を見つけることだなんて。

 男の人の優先順位って、どうなっているのかしらね。

「あたし、これからあなたのことを何て呼べばいいかしら」

「好きに呼べばいいだろ」

「じゃあ、先生みたいにゴウさんって呼んでも?」

「いいんじゃないか」

「じゃあ、あたしのことは何て呼ぶ?」

 うわあ、ちょっとドキドキしちゃうわね。

「おいとかおまえかな、人前じゃこいつとかあいつだろ」

 何よ、それ。

「犬や猫みたいだけれど、ゴウさんからそう呼ばれるのは嫌いじゃないわ」

「どれだけお気楽なんだか、羨ましいかぎりだよ」

「だって、結婚してから呼び合う練習になるもの」

「だからなあ!」




 踏切を渡ると、目の前のお店がゴウさんが言っていた焼きとん屋さん。

 のれんが出ているってことは、本当にこんな時間から営業しているのね。

 男の人と二人で飲み屋さんに入るなんて初めてだから、ドキドキ。


「らっしゃい!」

 のれんをくぐると同時に、威勢のいい声が。

 奥から二番目のテーブルに向かい合わせで座るなり、ゴウさんが。

「酒、いける口か?」

「まあまあ、だと思う」

「すみません」

 カウンターの中にいる、マスターらしき人に声をかけると。

「ホッピーセットを二つに、マグロのぶつとポテトサラダをください」

 えっ、ホッピーって何かしら。

「ホッピーは白、それとも黒?」

 マスターに聞かれたゴウさんは、白って答えている。

 あたしが不思議そうな顔をしていると。

「ホッピーは、焼酎をアルコール抜きのビールで割ったようなものだ」

 ゴウさんったら、さも面倒くさいって顔で言うんだもの。

 白って何なのかも聞きたかったけれど、ここは我慢ね。

「レバーとシロとネギマを三本ずつにつくねを二本、タレで」

 ホッピーの白に続いて、またシロ?

「あとはカシラを三本、塩で」


「このお店、『とんき』っていうの?」

 看板には「とん起」ってあったけれど。

「そうなんじゃないか、焼きとんの店だが料理の品数が多いみたいだな」

 壁にびっしりと貼られたお品書きの札を、ひと通り眺めただけで。

 すらすらと注文をしちゃうって、すごいな。

「あと卵の黄身をひとつ、別皿で付けて」

 どうしてつくねだけが二本なのかしら、それに卵の黄身って何に使うの?

 またもや、あたしが不思議そうな顔をしていると。

「三本ずつ頼んで二本は俺が食うから、おまえは一本ずつ味見をしてみろ」

「でも、つくねは二本って」

「俺はつくねを食わないんだ、おまえが二本とも食べろ」

 あたしが不思議そうな顔をすると、聞く前に答えを教えてくれるのね。

 言葉が乱暴だしぶっきらぼうだけれど、本当は優しいのかもしれないわ。




 注文を済ませたゴウさんが、さっそく本題へ。

「で、あなたはだあれ?」

 変な聞き方ね、情報の交換をしようと言っていたのに。

「まずはあなたについて教えてよ、これから同居することを前提として」

「どっ、同居だって!」

 突然の大声はついたての向こう、あたしと背中合せのテーブルから。

 あたしがびっくりしていると、うるさいなって顔をしたゴウさんが。

「誰かと思ったら、豆腐屋の豆キチじゃないか」

 知り合いなのかとゴウさんに聞いたら、教えてくれたの。

 豆キチとは、内村守うちむら まもるさん。

「ってことは、向かいに座っているのは新聞屋の兄弟だな」

 新聞屋の兄弟とは。

 大塚勇樹おおつか ゆうきさんと、弟の大樹だいきさん。

「どうして俺らのことを知っているんだ、おまえは誰だよ?」

「相変わらず記憶力に問題があるんだな、篠原だよ」

「篠原って、小五の終りに転校していったシノ?」

 聞かれているのに、返事もせずにタバコに火をつけているゴウさん。

「三人とも、同級生だったの?」

「こいつらは駅のこっち側に住んでいるから、小学校は別だったが」

「じゃあ、どうして知っているの?」

「オバちゃんに通わされていた、教会の日曜学校で一緒だったんだ」

 日曜学校って、ゴウさんが?


「引っ越したおまえがどうしてここにいるんだ、それにその子と同居って」

「こいつが、どうしても俺と結婚したいから同居をするって言うんだ」

「けっ、結婚だって!」

「おまえこそこんな時間から飲んでいていいのか、店は放ったらかしかよ」

「俺は製造部門の責任者だからな、販売部門はおやじとおふくろの担当だ」

「家族経営の豆腐屋が何を偉そうに、それに新聞屋は夕刊の配達があるだろ」

「夕刊はアルバイトを雇っているんだ、勤労学生に仕事を提供しているのさ」

「ものは言い様だな」

 言い合いは済んだみたいだけれど、嫌だなあ。

 隣の三人組が、あたしたちの会話を聞くのに夢中なんだもの。


 焼酎らしきものが入ったジョッキと、茶色の瓶が出てきたけれど。

 ジョッキに、瓶の中身を注いだゴウさんは。

「おまえの分は普通の濃さにしてあるから、ひとなめしてみろ」

 ひと口だけ飲んだ、あたしの表情を見たゴウさんは。

 瓶の中身の残りをあたしのジョッキに注ぎ足して、薄めながら。

「これで濃いんじゃ、たいして飲めないんだな」




「じゃあ自己紹介ね、まずはゴウさんからしてよ」

「名前と年は知っているだろ」

「もちろん」

「生年月日と血液型についてはパスでたのむよ、占いの話が嫌いなんで」

 ふんだ、どっちも知っているからいいもん。

「お仕事は?」

「都内の商社で、SE兼CEをしているよ」

「SE、CEって何?」

「簡単にいえば、コンピューター屋さんだな」

「それだけなの、随分と簡単な説明ね」

「説明しても分からないと思うからだ、知りたければ自分で調べるんだな」


「へい、お待ち」

 ポテトサラダが出てくるなり、ソースをかけるゴウさん。

「味も確かめないで、失礼じゃない」

 こいつは何を言っているんだ、って顔をしたゴウさんは。

「ポテサラにはソースって、昔っから決まっているんだよ」

「誰が決めたのよ、そんなこと」

「知らないのか、国会で青島幸男が決めたんだ」

「お兄さん、ずいぶん懐かしいことを言うんだね」

 マスターが笑いながらそう言ったけれど、褒めているのかしら。


「じゃあ、性格は?」

「辛抱強くて優しいけれど、超短気で怒りっぽいな」

 確かに、先生のおうちでもすぐに怒っていたわね。

「神経質で何に対しても細かいけれど、ものすごく大ざっぱ」

「それって何よ、正反対じゃない」

「超社交的だが、一人でいるのが好き」

「正反対どころか、まるで二重人格ね」

「記憶力はいい方だが、興味がないことはどうにも覚えられない」

「変なの」

「だから、今の仕事が性に合っているんだろ」

 変な人が向いているって、どんなお仕事なのかしら。

「気になることは、とことん解明しないと我慢がならない」

 要するに、面倒くさい人ってことなのね。


 焼き鳥が運ばれてくると、例の卵の黄身を指さしてゴウさんに聞いてみる。

「この卵はどうするの?」

「黄身をつぶしてから、つくねにつけて食べてみな」

 言われるままに黄身をつけたつくねは、想像していた以上においしくて。

 あたしは、ご機嫌になりながら。

「趣味は?」

「酒とタバコに、あとは車だな」

「車って、ドライブが趣味なの?」

「乗るのも好きだが、もっと好きなのは車を買うことだ」

「車を、買うこと?」

「本体を選んでから、オプションや値段の駆け引きをするのが楽しいんだよ」

 所有欲、でもなさそうね。

「自分のものになると、いきなり熱が冷めちゃったりして」

「そこまでじゃないが、買ってすぐに次の車のことは考え始めるかな」


 ゴウさんはジョッキをかざしながら、マスターに。

「すみません、ホッピーのなかをひとつ」

 気がつけば、ゴウさんのジョッキは空になっていた。

「中って?」

「焼酎のお代わりのことだ」

 運ばれてきた、焼酎が入ったジョッキに。

 ホッピーの瓶から、さっきの残りを注ぎ入れているゴウさん。

「先生から、食べ物の好き嫌いが多いって聞いているけれど」

「カキとアサリ以外の貝が嫌いで、ナメコ以外のキノコが嫌い」

「うわあ、いきなり?」

「川魚と山菜が嫌いで、くせのある香りの野菜が嫌い」

「くせのある香りって、具体的には何よ」

「ミツバやオオバに、ミョウガやセロリあたりだ」

「へえ」

「ちなみに、ニンニクやニラにネギは好物だよ」

「面倒なのね」

「カリフラワーとブロッコリーが嫌いで」

「おいしいのに」

「モヤシが嫌いで、カイワレ大根も嫌いってことにしている」

「している?」

「ミツバに似ているだろ、間違えてミツバを食わないように用心している」

「徹底しているのね」

「すき焼きに使う以外の生卵に、玉子焼きが嫌い」

 あきれた、好き嫌いってレベルじゃないわね。

「そんなに覚えられないわ、一覧表にしてちょうだい」

「別に構わないよ、おまえに覚えてもらわなくても」

「でも、あなたと結婚をするなら今のうちから」

「だからっ!」


「ホッピーの中を、もうひとつ」

 どうやらホッピーって、一本で中に注ぐ三回分になるみたい。

「銀ダラの西京焼きと、鶏の唐揚げをください」

「あいよ」

「レモンを半分と、ニンニクをおろしたのを小皿に」

「ニンニクは、どれくらい?」

「ひと粒で」

 マスターとのやり取りを聞いていた、豆キチさんからひと言。

「面倒くさい注文ばかりするやつだな」

「うるさいな、人の注文に文句をつけるなよ」


 しばらくして、おつまみが運ばれてくると。

 おろしニンニクが乗った小皿に、レモンを搾りおしょうゆを注ぐと。

「唐揚げはこれにつけて食うとうまいんだ」

 そう言ってから、残りのレモンを西京焼きにも搾っている。

 ふうん、レモンは好きなのね。

 

「食べ物以外に、嫌いなことは?」

「そうだな、新幹線が嫌いだ」

「変わっているわね、どうして嫌いなの?」

「月に二回も三回も新幹線で出張をし続けていれば、誰でも嫌いになるさ」

「他には?」

「写真を撮られるのが嫌いだ」

 やっぱり、変わっているわ。

「人の話を長時間聞くのが嫌いで、列に並ぶのが大嫌い」

「我慢ができないだけでしょ、子供みたい」


 ゴウさんは、壁に貼られたメニューを眺めながら。

「シロを敬遠していたから、煮込みも食えないんだろうな」

「かみきれないんだもの、飲み込むのが前提の食べ物はちょっとね」

 しょうがないなって顔をしたゴウさんは。

「タラコを軽くあぶったのと、カレイの一夜干しをください」

「あいよ」

「それと、しめサバをショウガで」

 軽くあぶるのもワサビじゃなくてショウガなのも、決めごとなのよね。


 ここからがもっとも重要な質問、さりげなく聞くのよ。

「かっ、彼女はいるの?」

 声が裏返っているわよ、さりげなく聞くんでしょ。

「いたらあの家に下宿なんかしないし、こうしておまえと飲んでいないだろ」

 それも、そうよね。

 何にしても、彼女がいないのは良かった。




Copyright 2024 後落 超




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