第三話 がぁるみぃつぼぉい 後編
突拍子もないことの連続だが、このまま放置しておくわけにはいかない。
オバちゃんに言ってもらちが明きそうもないんで、本人を諭すことにして。
「おまえも、いい加減に目を覚ませよ」
こいつ、何ですかって顔をしているぞ。
「初恋だか何だか知らないが、わけの分からないことを言うのをやめて……」
ここで、俺の話を遮ったオバちゃん。
「そうそう、あんたの荷物は道路側の部屋に入れておいたからね」
今やどうでもいい、こいつが外村かどうかという問題。
この家でこいつが同居するという、ちょっと面倒な問題。
俺とこいつが結婚するという、聞き捨てならぬ大問題。
それらの問題が吹っ飛ぶような、俺にとっては極めて現実的な話だぞ。
「道路側って、どうしてだよ」
「何かまずいことでも?」
「まずいも何も、俺は公園側の部屋を使うと言っておいたのに」
「仕方がないだろ、公園側の部屋はアッコが使うことになったんだから」
俺の猛抗議も、当然なんだ。
この家の二階には、ふた部屋あるんだが。
公園側の部屋は東向きの十二畳で、道路側の部屋は西向きの十畳。
どちらの部屋もベランダに出られる窓が南側にあり、日当たりに差はない。
広さも二畳しか変わらないから、さしたる問題じゃないが。
騒音を考えれば、公園側がベストなのは明白だ。
えっ、騒音がそこまで重要なのかって?
この家が面しているのは一方通行の細い道だが、車だってそれなりに通る。
仕事柄、夜間に会社からトラブル対応の緊急呼び出しがある俺は。
ほんの少しの物音でも目が覚める、厄介な癖がついているから。
騒音については、看過できない問題なんだ。
それに、この道は小学生の通学路だから。
徹夜明けで朝や夕方に寝ていることもある俺には、厳しい。
俺が公園側を主張したのも、道路側と言われ抗議しているのも当然なんだ。
「どうして俺が道路側で、こいつが公園側を使うんだよ」
「アッコは女の子だ、服が多いからたんすや化粧用のドレッサーも置くから」
「それにしたって、俺は身内でこいつは他人だろ」
「二人ともただの下宿人だよ、あたしにとっちゃ」
「ちょっと待ってくれ」
「どのみち、あんたの荷物は道路側の部屋に入れちゃったし」
そう言ったオバちゃんは、うんざりって顔をしだしたぞ。
一連のゴタゴタについては、俺の方がよっぽどうんざりしているのに。
「だからって……」
「もう終わり、この話はこれで終わりだよ」
オバちゃんがこんな口調になったら、周りの人は諦めるしかない。
ってことについては、小さいころから身に染みついている俺は。
せめて、こいつに嫌みを言ってみる。
「小五のころの初恋を十七年間も引きずるなんて、どうかしているだろ」
「あなたが悪いんでしょ」
おいおい、悪いのは俺だと言い出したぞ。
「あなたがあの日、あんなトランプを持ってくるからだもの」
「トランプがどうしたっていうんだよ」
「だからスペードのジャックよ、あなたがアッコって書いた」
おや?
そもそも俺は、さっきからの話にひとつも納得していなかったんだ。
こいつが外村で、この家で俺と同居をすることになっている。
そこまではまあ良しとしよう、問題なのはここからだ。
こいつは、俺と結婚をするつもりで。
しかも、こいつの両親もそれを応援している。
ふざけた話だ、何かのどっきりか?
まともに関わる気がなかった俺は、そっぽを向いて話をしていたんだが。
なにげなく言われた、そのひと言には思わず反応して。
「俺が持っていったスペードのジャック、俺がアッコって書いた……」
ふうん、そういうことか。
それなら、俺にだってそれなりの対応ってものがあるぞ。
「OK、了解したよ」
にやっと笑ってそう言った俺の態度の急変に、二人とも驚いている。
驚くのも無理はないか。
さんざん文句を並べていた俺が、いきなり態度を急変させたんだから。
それにしても、首謀者のこいつがほっとした顔をしているのは分かるが。
俺の抗議を聞こうともしなかったオバちゃんまで、同じような顔を。
何なんだ?
まあ、他人のことをどうこう言っていられる立場でもないか。
少しでも違和感を覚えたことは、最後まで確かめないと気が済まない。
俺自身、そんな困った性格についてはどんなものかと思っているんだから。
そう、俺は確かめたくなったんだ。
「了解したって、何をどこまでだい?」
「同居をすることと、こいつが公園向きの部屋を使うってことだよ」
二人ともまだ戸惑っているようだから、きっちりと念を押しておくか。
「言っておくが、了解したのは同居をするってことと部屋の件だけだぞ」
「だけって、了解していないこともあるのかい?」
あるも何も、一番肝心なことについてはこれっぽっちも了解していないよ。
「こいつが俺と結婚をするうんぬんについては、あくまでも別の話だからな」
「ちょっと待ってよ、別の話って問題じゃないでしょ」
いったいこいつは何なんだ、この件についてはやたらと前に出てくるな。
「同居ができるようになっただけで、満足しろよ」
「そんなことを言われても、あたしの目標は同居じゃないもの」
「俺と結婚をするといっても、おまえは……」
「あたしが何なのよ、もったいぶらないで言ってよ」
「気にするな、おまえには関係のない話だよ」
今ここで、こいつに言っても仕方ないよな。
そう、こいつには関係のない話なんだろうから。
「話が済んだなら、そろそろ部屋の片付けをしたらどうだい」
済むどころか、双方ともにうやむやなままな問題があると思うんだが。
「片付けといったって別にたいしたものもないから、後でするよ」
「あんたは、片付けをするために仕事を休んだんだろ」
「つまらないことで一気に疲れたから、自分の部屋でゆっくり休みたいんだ」
「勘違いも大概にしな、誰があんたの部屋の話をしているんだい」
へっ?
「あんたが片付けるのは、アッコの部屋に決まっているだろ」
「こいつの部屋?」
「そうだよ、アッコの部屋の片付けを手伝ってやりなって言っているんだ」
「どうして、俺がこいつの部屋の片付けを手伝わなきゃならないんだ」
「そりゃ、自分の結婚相手だからだろ」
まだそんなことを言っているのかよ。
「あの……、あたしのお部屋なら一人で大丈夫ですから」
ふうん、こいつでもたまにはまともなことを言うんだ。
いきなり人のほほを張ろうとしたやつと、同一人物とはとても思えないぞ。
「ほら、手伝いなんかいらないってさ」
「遠慮しているんだろ、アッコもゴウに気を使うことはないんだからね」
「人のことだと思って、勝手なことばかり言わないでほしいな」
「とにかく、一緒に住むんだから二人とも仲良くやっとくれ」
言いたいことを言って、満足したオバちゃんが。
リビングの隣にある、自分の部屋に行こうとするんで。
「そうだ、契約書を作ってきたんだ」
「身内なんだから、そんなに形式ばったことをしなくても」
「こういうことは、ちゃんとしておかないと」
「だからって」
「会社から住宅手当が出るんだ、契約書は必要なんだよ」
「面倒だね」
「そういえば、家賃は四万円と言っていたがそんなに安くていいのか?」
「空いている部屋を貸すだけだからね」
「相場とは、えらく離れているが」
「食事の用意や、掃除に洗濯はおまえが自分でするんだし」
「だからって、もう少し高くても」
「いいんだよ、どうせアッコからはもらわないから」
「どういうことだよ」
「いきなり大声を出すんじゃないよ」
「俺だって、出したくて出しているんじゃないよ」
「だったら、何なんだい」
「おかしいだろ、身内の俺からは取るのにこいつからは取らないって」
「アッコはあんたと結婚をするんだから、あんたからもらうよ」
「四万円ってのは、俺とこいつの分なのかっ!」
残される俺のことなどまったく気にせずに、オバちゃんが退場した結果。
俺とこいつは、リビングで二人っきりの放置プレイ。
「はあ……」
未来に向けて輝かしい一歩を踏み出せた、とでも言いたげなこいつの。
たいへん満足していますって感じの、ため息。
「はあ……」
難問山積であろういばらの道に、一歩を踏み出すことになった俺の。
早くも気力が萎えかけているって感じの、重いため息。
重苦しい沈黙が続いた結果、どんどん気まずい雰囲気になっている。
嫌気がさしてきた俺は、二階に退散するタイミングを見計らっているのに。
こいつにとっては、この状況もちょっとしたお楽しみの時間らしい。
さっきから、ひどく満足そうな顔をして穴が開くほど俺を見ているし。
今日からあたしたち、同居するんですよね。
だって、いずれあたしはあなたと結婚をするんですから。
まるで、今にもそう言いたげにしている。
俺との結婚って与太話を、なし崩し的に既成事実にされる前に。
問題を整理しておく必要があるな。
まずは、俺とこいつの同居に関してだ。
同居といっても、平日に俺がこの家にいるのは夜だけだ。
食事なら朝は食べないし昼は仕事先で、夜は仕事帰りに外で済ませる。
帰ってからは自分の部屋にこもっていれば、こいつと絡むこともないよな。
土日や祝日は、出張やシステムテストでほとんど家にはいないし。
問題なのは、今日のように振替休日で平日でも家にいる場合だ。
こいつが、どんな仕事をしているかは知らないが。
平日の日中は仕事に行くからここにはいないだろうし、問題はないか。
次は、部屋の問題だが。
俺が道路側の部屋なのは、納得できないけれど。
日当たりは変わらないんだし、部屋の大きさもひと回り小さいだけだ。
騒音については、イヤープラグでも使って我満をするしかなさそうだな。
下手に争って、ろくでもない交換条件を持ち出されたら面倒だし。
最後に、こいつが俺と結婚をするって問題か。
そもそも、はなから話になっていないが。
かといって、完全に無視をし続けるのは逆効果になるかもしれないぞ。
俺が何も言わないのをいいことに。
オバちゃんとこいつで、勝手に話を進める可能性だってあるし。
やっぱり、きっちりと諭しておいた方がいいんだろうな。
こいつだって子供じゃないんだから、筋道を立てて諭せば諦めるだろ。
うっとうしい問題を、ようやく整理し終わったと同時に。
一度は引っ込んだ自分の部屋から、顔だけ出したオバちゃんが。
「あんたら、同居にあたって一応は言っておくよ」
「まだ何か言うつもりかよ、今度は何?」
「あたしが言いたいことは、節度を保った付き合いをしろってことだよ」
「節度や付き合いって、何だそりゃ」
「あんたらは結婚するとはいえ、両家のあいさつも済んでいないんだからね」
なし崩しどころか、もう既成事実になっているみたいだぞ。
「結婚をする前に、お互いをもう一度知るための同居なんだからね」
「はい、先生」
良い子のお返事のつもりか、何が「はい」だよ。
「ちょっと待て、勝手な話をしているけれど」
「今度は何だい」
「同居についてはOKをしても、結婚をするなんて言っていないだろ」
オバちゃんにそう言うと、間髪を入れずに。
本気で俺と結婚するつもりをしている、こいつにもきっちりと言っておく。
「おまえも、どさくさに紛れて『はい』なんて返事をしているんじゃないよ」
「あんた、常識ってものを知らないのかい?」
ふん、この状況下でそれを言うか。
「今のオバちゃんにだけは、常識について説教されたくないんだが」
「ここまできて結婚をしないなんて、アッコの両親に何て言うんだ」
まるで、結婚式の前日にでも言われそうなせりふだぞ。
「相手の両親を悲しませるなんて、人としてどうかと思うよ」
人として、だと?
俺にひと言もなく、勝手に結婚をさせようとしているくせに。
「結婚について初めて聞いた俺はどうでもよくて、こいつの両親の心配かよ」
ここまできてもなにも。
初めて聞いてから今まで、俺は一歩たりとも動いたつもりはないんだが。
違和感を覚えたから、最後まで確かめたくなるのは俺の悪い癖。
というより、性分だから仕方がないとしても。
こいつは、何を思ってこんなわけの分からないことを始めたんだろうな。
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