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第二十五話 浴衣で踏み出す輝かしい一歩?

 通勤中に眺めていた桜は、あれだけ咲き誇っていたのにすっかり散って。

 代わりに校庭の木々が萌え始めて、初夏の準備に入っているみたい。

 気がつけば、もう四月も半ばですものね。




 そんなある日の午後、ママから国際電話が。

「パパが、剛君にごちそうしてあげなさいって言うのよ」

「ごちそう、ゴウさんに?」

 詳しい話を聞いてみると。

 保険の契約更新がピンチだったときに、ゴウさんに助けてもらったでしょ。

 パパの会社へ行ってくれた上に、保険屋さんの相手もしてくれて。

 電話でパパにした状況の説明や、その後の対応も好印象だったそうで。

「そのお礼に、ごちそうしてあげなさいって」

 ゴウさんを褒められた上に、ごちそうもできちゃうなんて。

「予算は二万円ですって、あなたの口座に振り込んでおくから」

 それだけあれば十分ね、何をごちそうしてあげようかな……。




 なのに、なのによ。

 ゴウさんにその話を伝えると、興味がないよなんて顔をしながら。

「半年近く前のことを今さら言われてもな、礼なんていらないよ」

 そこについては、あたしも気になったのよね。

「だいたい、礼をしてもらうほどのことはしていないだろ」

「そんなに謙遜しなくても」

「こんなつまらないことで謙遜なんてするかよ」

「だったら、どうして断るの」

「礼なら、おまえに言ってもらったから十分だ」

 こんなことを、自分で言うのもどうかとは思いますが。

 あたしのお礼、ですよ。

 ゴウさんを満足させるだけの効果があるとは、とても思えないのですが。

「それに、おまえの両親の金で飯なんか食えないよ」

「でも、それじゃパパとママの気が済まないわ」

「じゃあ、その金でおまえの浴衣を買うって伝えてくれ」

「浴衣なら、実家にあるわよ」

「何枚あっても困らないだろ、それに俺からの浴衣ってことになるんだし」

「どうして、あたしの浴衣なの?」

「ホテルでかわいかったからだよ、おまえの浴衣姿が」

「そうかなあ、えへへ……」

 こらこら。

 そんなことを言われたからって、喜んでいる場合じゃないでしょ。

「パパとママはゴウさんにお礼をしたいのに、あたしの浴衣を買うなんて」

「俺がそうしたがっているんだから、それが一番のお礼だろ」

「一応、ママに電話をしてみるけれど」

 いいのかしらね、こんなことで。




 ゴウさんの要望は、あっさりと受理されたの。

 しかも、お礼を自分のものでなくあたしの浴衣にしたことで。

 ゴウさんの好感度は、さらにアップしたみたい。


 ということで、今日は週末の銀座へ浴衣を買いにきているんだけれど。

 もう一時になるし、浴衣を買った後では荷物になるからと。

 まずは、食事を済ませることに。

 ゴウさんが連れていってくれたのは、高速道路の下にあるカニ料理のお店。

「ここにはよく来るの?」

「半年に一度くらいかな、会社の後輩を連れて」

「まさか、ハナマルじゃないでしょうね」

「仕事に行き詰まっているやつを、息抜きに連れてくるんだよ」

 良かった。

「南野と来たのは、一度だけかな」

「やっぱり、来ているんじゃないっ!」


 ズワイガニのしゃぶしゃぶと、ゆでた毛ガニを頼んだゴウさん。

「エビとカニは生で食べないって、旅行先の磯料理屋さんで言っていたのに」

「しゃぶしゃぶは生じゃないだろ」

「メニューには、タラバガニのバター焼きやカニグラタンもあるわよ」

「この二品だけで、締めの雑炊が食べられないぐらい腹一杯になるんだ」

 確かにゴウさんが言ったように、この二品で良かったみたい。

 お店を出るころにはおなかがいっぱい、日本酒を飲んだからほろ酔いだし。




 そんな状態で向かったのは、大通りに面した立派な呉服屋さん。

 ゴウさんが選んでくれたのは、生成りに淡い朝顔柄のかわいい浴衣。


 呉服屋さんを出てから、ゴウさんに。

「ゴウさんへのお礼なのに、こんなにお金を払わせちゃっていいのかしら」

 値が張りそうなお店で、浴衣だけじゃなく帯や巾着にげたまで買ったから。

 パパからの食事代あらため浴衣代の、二万円ではとても足りず。

 結局は半分以上、ゴウさんが出すことになっちゃった。

「いいんじゃないか、全員が満足しているんだから」

「どうして、全員が満足するの?」

「おやじさんは俺にお礼をできて、おまえは俺から浴衣をプレゼントされる」

「ゴウさんは?」

「俺は、おまえに俺好みの浴衣を着てもらえるし」

 ゴウさんが満足しているって言うんだから、これでいいのかしら。




 駅に着き改札を出ると、まだ五時を回ったばかり。

 昼が遅かったから、とん起で軽く飲んでいくことに。


 おうちに帰るころには、七時を過ぎていたの。

 さっそく、買ったばかりの浴衣姿をお披露目しようとするあたしに。

「いきなり着替え出すなよ、人の前で」

「ゴウさんの前で着替えるのなんて、いつものことでしょ」

「いつもはパジャマにだろ、浴衣に着替えるのは」

「買ったばかりの浴衣姿を、早く見せてあげたいのに」

「浴衣なんてものは、それなりのときにそれなりの場所で着るものだろ」

「ホテルで浴衣姿を褒めてもらった快感を、もう一度味わいたいのよ」

「じゃあ、味わいたいのは着替えじゃなくて褒められている快感だろ」

「ええ」

「だったら、俺の前で着替える必要はないだろ」

 しごくまっとうなお言葉ですが、あたしにも都合ってものがありまして。

 ゴウさんの前で着替えてからが、本当の勝負なんだもの。

 着たばかりの浴衣を脱がせてもらって……、という厳かな儀式をですね。


 渋々、パジャマに着替えながら。

「パジャマに着替えるときは、目の前で着替えても怒らないくせに」

「第二条で禁止してあるから、最初は怒っていただろ」

「許したってこと?」

「おまえがかたくなにルールを守らないから、言う気がうせただけだ」

「どうして、浴衣に着替えるのはだめなの?」

 一瞬、困ったような顔をしたゴウさんが。

「さすがに、我慢ができなくなりそうだからだよ」

 我慢って、もしかしたらあれを我慢できなくなりそうだってことですかっ!

 でしたら、我慢をする必要があるとはまったく思いません。

 むしろ、いいえぜひともですね。

 我慢ができなくなる方向でご検討くださいますよう、お願い申し上げます。

 キスに続いてさらなる高みへと、輝かしい一歩を踏み出しましょうっ!




 そんな期待にテンションがぐんぐんと高まっている、あたしをよそに。

 さっさとパジャマに着替えてベッドに入ると、本を読み始めたゴウさん。

 せっかく、我慢ができなくなりかけていたみたいなのに。

 あたしの輝かしい一歩は、どうなっちゃうんですかっ!


 置いてけぼりにされた気分のあたしは、ベッドの中で考えたの。

 ゴウさんにも、我慢ができなくなるシチュエーションがある。

 それが分かっただけでも成果は十分よね、チャンスならいくらだって……。

 本当に?

 これまでのことを振り返っても、チャンスなんてそうは訪れないのでは。

 唯一効果が確認できている、浴衣へのお着替って手は夏まで使えないし。

 何とかして、浴衣とは別のシチュエーションを探さなくっちゃ。


 ゴウさんが我慢をできなくなるシチュエーション、ねえ……。

 旅行先のホテルやさっきだって、浴衣姿にはなかなかの好反応だったわ。

 そうだ、お正月の振り袖姿にも好反応を。

 浴衣姿に振り袖姿か、ただの着物フェチってことかしら?

 それは考えにくいな、きっと子供のころにあったはずよ。

 ゴウさんが浴衣や着物への思い入れを強くする、何か特別な出来事が。

 明日は、それを調べることから始めましょ。




 とても長く感じた一夜が明け、さっそくあたしは調査を開始。

 あたしの周りで、子供のころのゴウさんを知っている人って。


 ぱっと思いつくのは、実の叔母である先生か。

 まずは、先生への聞き取りから始めましょ。

「浴衣や着物への思い入れって、ゴウがかい?」

「はい、どんなことでもいいですから教えてください」

「特に、これといったことはないけれど」

 そんなにあっさりと答えないでください。

「何かあるはずです、あたしにとっては重要なことなんですよ」

「そんなことを言われても、あたしやゴウの母親は着ることがなかったから」

 先生から得られる情報はなしか、がっかりだわ。

 身内の先生なら知っているかもって、ちょっぴり期待をしていたのに。


 あとは……、そうだ豆キチさんたち!

 小学校は別でも、日曜学校で毎週のように一緒だったんだし。

 いかにも悪童仲間って感じだもの、初詣やお祭りで何か見ているかもね。


「シノのやつに浴衣や着物への思い入れ、ねえ」

「どんなことでもいいの、何かない?」

「これといって、特にないなあ」

「もっとよく考えてください、あたしにとっては重要なことなんですよ」

「駅向こうのシノと俺たちじゃ、町内会が違うから祭りは別だったし」

 ここで、新聞屋さん兄弟が。

「同級生にかわいい子でもいて、目に焼き付いているんじゃないかな」

「何を言っているのさ兄貴、同級生なら外村さんの方がよっぽど詳しいだろ」

 話が、まずい方向にっ!

「いいや、言われてみればそうかもしれないな」

「そうだよ、シノのやつはモテたから」

「うちの小学校にもいたっけ、シノ先輩を目当てに日曜学校に通う子が」

 豆キチさんたちから得られる情報も、これまたなしか。

 しかも、ゴウさんがモテていたなんて不必要な情報を聞かされただけって。




 ふう……、疲れた。

 あっという間に手詰まったから、この問題はこれでおしまいにしましょ。

 なんて考えながら一階に下りると、講習会から帰ったばかりの先生が。

「ゴウの浴衣や着物がどうこうって言っていたが、どうなったんだい?」

 どうにも進展がないので、きっぱりあきらめたことを伝えると。

「それが賢明だね、悠長にそんなことをしている場合じゃないだろ」

「えっ」

「あんたの目的は、ゴウと結婚することだろ」

「そうですよ、だからこうやって……」

「同居や、ゴウとの関係を濃密にすることはあくまでも手段なのに」

「だって」

「ゴウが我慢できなくなるシチュエーション探しに、うつつを抜かすなんて」

 ぐうの音も出ないわ、そこだけ聞いたらまるで淫乱娘みたいだし。


「ゴウと同居を始めてから八か月、あと何か月かすれば一年だよ」

「そうですね」

「あんたの両親だって、向こうで気が気じゃないだろうに」

「例の最終作戦を実行する準備を、そろそろ始めなくちゃいけませんね」

 その作戦のために、何か月もかけて下地作りをしてきたんだもの。

「準備するのはいいとして、問題は作戦を実行した後だね」

「ええ、間違いなくとんでもない大騒ぎになるでしょうから」

「ゴウの性格からしたら、当然そうなるだろうね」

「いくらなんでも、ゴウさんが笑って許してくれるとは思えないし」

「修羅場とまではいかなくても、ひどく怒られるのは確実だよ」

「今すぐここを引き払って実家に帰れ、ぐらいのことは言い出しかねないわ」

「最悪の事態を回避するために、いつどこでどんな手順で作戦を実行するか」

「事後のフォローも含めて、入念に考えておかなくちゃいけませんね」

「そこまで分かっているなら、これ以上あたしから言うことはないよ」

「そう言わずに、頼れるのはすべてを知っている先生だけなんですから」

「しょうがないねえ、乗りかかった船だしあたしも考えておくよ」

「よろしくお願いします」







 お久しぶりです、わたしを覚えていますか?

 このお話をさせてもらっている、ビルの屋上に立っている風見鶏です。


 今日は朝から騒がしいな、などと思っていたら。

 ビルの回りに足場が組まれ、今やビル全体がシートで覆われています。

 どうやら、ビルのお色直しが始まるようですね。

 困りましたね、工事期間中は何かと騒がしいでしょうから。

 このままお話を続けるというのも、ね。

 わたしが知っている二十年以上も昔のお話は、まだまだ続きます。

 瑞穂さんとアッコちゃんが、何やらたくらんでいるのは気になりますが。

 ここで、しばしのお別れといたしましょう。


 いくつもの困難はあれど、いつかは十七年間も待ち続けていたゴウ君と。

 そんな、アッコちゃんの夢がかなうことを願いながら。

 工事が終わり、このお話の続きをゆっくりとさせていただける日まで。




Copyright 2024 後落 超


「難ガール ~たっぷり寝かせた恋には難がある~」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


 風邪をひいたことで、ついにキスまでたどり着き。

 望外の伊東への旅行により、否が応でも期待が高まったアッコちゃんですが。

 期待は空振りに終わり、これといった進展はありませんでした。

 読者のみなさまからの、「ぐだぐださせていないで、早くどうにかさせろよ」なんてお叱りが聞こえてきそうです、


 どうにも進展しない、ゴウ君とアッコちゃんの仲ですが。

 お話の続き、「難ガール 2nd season ~急展開すぎる恋にも難がある~」は、2025年10月3日から投稿予定です。

 一年も先になりますが、開始からすぐに山場がおとずれますのでご期待ください。

 お待たせする代わりといったら何ですが、「くまさんの春から 2nd season」の投稿を2025年4月1日から予定しております。

 春は「くま春」、秋は「難ガール」でお楽しみください。

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