第二十四話 お花見ですら騒動にはことかきません
四月に入り一気に春めいてきた、そんなある日のことです。
お仕事の帰りに駅の改札で待ち合わせた、ゴウさんとあたしは。
これからとん起で、お花見について打ち合わせをする予定なんです。
いつもの席に座ると、オーダーよりも先にマスターからびっくり発言が。
「花見だけれど、今週の土曜日に決まったよ」
打ち合わせどころか、ひと言の相談もなくすでに日程が決まっているわ。
「週末には桜が満開だって、今朝もテレビのニュースで言っていたからな」
「もちろん、シノちゃんたちも来るだろ?」
「今週末だったら空いているから、参加する方向で」
ゴウさんにシステムテストや出張の予定が入っていないのは、ラッキー。
「忘れるなよ、シノ」
「何をだ」
「決まっているだろ、美紀ちゃんと香澄ちゃんを呼ぶってことだよ」
豆キチさんったら。
香澄はともかく、どうしてハナマルまで呼ぶ必要が?
「誘ってはみるが、若い娘が来たがるかどうかまでは責任を持てないぞ」
ゴウさんったら、何を言っているのかしら。
香澄はともかくとして、あなたがいるならハナマルは必ず来るわよ。
お花見の日程が決まり、いろいろと手を回しているゴウさん。
「ブルーシートと発電機に電源の延長コードを借りておけよ、豆キチ」
「言われなくても、もうトメに頼んであるよ」
「トメさんって誰なの、初めて聞くけれど随分と古風な名前ね」
「いるわけないだろ、今どきそんな名前のやつが」
そりゃ、そうよね。
「俺らの一学年下で、小泉健人ってやつのことだよ」
「小泉健人さんなのに、どうしてあだ名がトメさんなの?」
「子供のころにやっていたドラマに、大工の留さんって登場人物がいたんだ」
「それで?」
「小泉の家が建築業をやっていたんで、トメってあだ名に」
そんな理由であだ名が付いちゃうなんて、のどかな時代だったわね。
なんて思っていたら、豆キチさんがゴウさんにくってかかっているわ。
「ひとごとみたいに言っているが、おまえが言い出しっぺだろ」
「俺が?」
「トメってあだ名を付けたのは、おまえだと言っているんだよ」
「何でもかんでも俺のせいにしたいんだな、おまえは」
「ここらの子供の大半にあだ名を付けたのは、おまえだろ」
へえ、そうなんだ。
「俺の家が豆腐屋だってだけで、豆キチなんてあだ名を付けやがって」
「覚えちゃいないよ、そんな大昔の話なんて」
「都合の悪いときは忘れたふりか、教会の日曜学校で大豆の話が出たときに」
「鼻たれの分際で、おまえが偉そうに講釈をたれていたからだろ」
「なんだと」
「この豆はどうで、俺の店で使っている豆はこうだって」
「やっぱり、覚えているじゃないか」
必要なものやおつまみの手配など、各自の役割分担が決まると。
ゴウさんがマスターに。
「肝心なことを聞いていなかったな、花見はどこで?」
「江戸川の河川敷まで行ければ最高なんだろうけれど、ちょっと遠いか」
「歩いて行けないだろ、荷物もあるのにここから江戸川までなんて」
「かといって、電車で行くのもね」
「花見に行きますって格好をした一団が、ぞろぞろと電車に乗るのか」
しかも、道具や食材を持って。
「さすがに、それは勘弁してもらいたいな」
「やっぱり、シノちゃんの家に近い小学校かUFO公園ってことになるね」
「桜が多いから、UFO公園でいいんじゃないか」
UFO公園、って?
トメさんに続いて、またしても知らない単語が飛び出したわ。
「UFO公園だって、けっこう遠いじゃないか」
豆キチさんまでUFO公園って、いったい何なのよ。
「たいして遠くないだろ、ここからだって十分もあれば」
「いつの話をしているんだよ、子供のころに自転車を目一杯に飛ばしてだろ」
「うちの近くの小学校は、できればパスをしたいんだが」
「どうしてだよ」
「少し遠くても桜が多いUFO公園の方がいいだろ、花見なんだから」
「ねえ、どうしてうちの近くの小学校はパスなの?」
「あそこは、うちから近いからだよ」
「荷物もあるんだし、近い方がいいじゃない」
「おまえがいいって言うなら、俺は構わないけれど」
何だか、意味深な言い方ね。
「じゃあ、小学校でいいかい?」
マスターの問いかけに、ゴウさんがうなずいたんで。
「花見はシノちゃんの家に近い小学校で、十二時に集合ってことで」
とん起からの帰り道。
「土曜日のお花見、楽しみね」
「にぎやかすぎて疲れるだけだぞ」
「だって、大勢で宴会形式のお花見なんて初めてだもの」
「家族としたことはないのか?」
「散歩やお買い物の途中に、近所の桜を眺めるくらいね」
「職場では?」
「いつもの年だと春休み中だもの、少しずれても卒業式や入学式で忙しいし」
「そんなことより、本当にUFO公園じゃなくて良かったのか」
「どこにあるのか知らないもの、それならうちから近い小学校の方がいいわ」
「おまえがいいなら、俺は構わないが」
さっきと同じことを言っているわ。
「で、UFO公園ってどこにあるの?」
「場所ならとん起のずっと先だよ、桜が多いから花見の名所なんだ」
「ふうん、どうしてUFO公園っていうの?」
「UFOの形をした、大きな滑り台があるからだよ」
「ゴウさんが小学校はパスって言っていたのは、どうしてなの?」
「言っただろ、おまえが嫌がると思ったからって」
「どうして、小学校だとあたしが嫌がるの?」
「だって南野も来るんだぞ、しかも翌日は日曜日だし」
「それが?」
「うちの近くの小学校で花見をしたら、終わってから南野が騒ぐだろ」
「ハナマルが、何て?」
「うちに寄って二次会をするとか、泊まっていくとか」
「あっ!」
当然、そうなるわ。
だから、駅の向こうにあるUFO公園にしようと言っていたんだ。
失敗しちゃったかな……。
土曜日、お花見の当日は。
まるであつらえたかのように、朝から絵に描いたような春のぽかぽか陽気。
それぞれが担当しているミッションも、順調に進んでいるみたい。
機材を手配する担当は、豆キチさん。
トメさんから借りた発電機と電源の延長コードは、もう玄関に置かれて。
バーベキューの食材を下処理する担当は、ゴウさんと香澄。
下処理を早朝から始めるから、香澄には昨日から泊まってもらったの。
ホットプレートの担当は、あたし。
おうちにあった一台と実家から持ってきた一台、二台を用意してあるわ。
その他のおつまみの担当は、マスター。
おつまみの内容は、ゴウさんが食べられるものをお願いしてあるの。
場所取りの担当は、新聞屋さんの兄弟。
朝の配達の途中に小学校に寄って、ブルーシートを敷いてくれているはず。
早起きのお仕事も、こんなときにはとっても便利ね。
「これ、どこに置いておけばいい?」
借りてきたカラオケの機械を乗せた台車を押して、豆キチさんが来たわ。
誰かが、本格的にカラオケをしようって言い出したのよね。
「もうすぐ出発できるみたいだから、玄関の前にお願いします」
校庭に着くと、大きなブルーシートが体育館の横に敷かれていて。
座っている新聞屋さん兄弟が、退屈そうに手を振っている。
「ここが特等席だからって、ゴウさんが指定しておいた場所だけあるわ」
「一番大きな桜が、正面に見えるからな」
「天気予報が外れて、もしもの雨が降っても体育館の軒があるから安心ね」
ブルーシートに食材やおつまみを並べて、発電機を動かしたら。
二台のホットプレートで、お肉と魚介類やお野菜を焼き始める。
いい匂いがしてきたところで、マスターの音頭で盛大に乾杯。
ゴウさんのお皿に、せっせとお肉やエビを取り分けているハナマル。
そんな光景を見せつけられても、あたしは余裕よ。
ゴウさんは飲み出したら、あんまりおつまみを食べないもの。
それに好き嫌いが多いから、あたしだって最初は苦労したんだから。
困った顔をして食べているゴウさんを見て、罪悪感を覚えればいいんだわ。
なんて、心の中で笑っていたのに。
ゴウさんは、ハナマルが取り分けたおつまみを普通に食べているじゃない。
よく考えたら、この二人って同じチームの先輩と後輩なのよね。
一緒に食事をすることもあるでしょうから、好みを知っていて当然か。
そもそも、バーベキューの材料はゴウさんが用意したんだし。
マスターのおつまみは、ゴウさんが嫌いなものを除外してあるんだもの。
余裕を見せていたあたしが気づいたときには、すでに後の祭り。
改めて周りを見渡すと、いくつかのグループがお花見をしているけれど。
あたしたちが、一番盛り上がっているみたい。
というより、大騒ぎしているから周りの人たちからの視線が恥ずかしいわ。
おなかも落ち着いたところで、カラオケ大会が始まると。
諸般の問題を回避したいゴウさんからの提案で、デュエットは禁止にして。
一人ずつ順番に歌って、機械が採点する得点を競うことに。
別に賞品が出るわけでもないのに、二時間以上も熱唱が続いた歌合戦。
ほろ酔い気分も手伝い、恥ずかしさを忘れて勝負に熱くなっちゃった。
さんざん歌ったからか、三時を過ぎるとみんなが疲れてきて。
誰からともなく、そろそろお開きにしようかってことになったの。
ブルーシートと発電機や電源の延長コードは、新聞屋さん兄弟が。
カラオケの機材は、豆キチさんが返しに行くことに。
「この後、みんなはとん起に集合して二次会をするんですって」
「むだに、元気があり余っているんだろ」
お花見を終え、気持ちよく解散しようとしているのに。
まるで決まりごとであるかのように、うちの前でごね始めたハナマル。
ゴウさんが言っていたとおり、うちに泊まると言い出している。
「どうしてだめなの、香澄ちゃんだって泊まったんでしょ」
「それは昨日の話だし、朝早くから仕込みを手伝ってもらうからだろ」
「明日は日曜日なんだから、泊まっていけって言ってくれても」
「川木だって今日は帰るんだから、おまえも帰れ」
「ふんだ、先輩のけち」
あら、やけに素直に諦めたわね。
ひと安心して、ハナマルと香澄を送るために駅に向かっていると。
「せっかくみんながいるんだから、とん起に寄っていきましょ」
何がせっかくよ、手を替え品を替えよくもまあ。
どうせ、だらだらと飲みながらなし崩し的にうちに泊まるつもりでしょ。
ハナマルを警戒しながら、何杯目かを飲んでいると。
「もう四月なのに、日が暮れたらあっという間に寒くなっちゃうのね」
ほらきた、寒いからうちに泊まりたいってアピールね。
そんなに寒いなら、さっさと帰ればいいでしょ。
「ああ、花見をしているときには暑いぐらいだったのにな」
「駅からうちまで歩くと寒いんだもの、帰りたくないな」
あたしとゴウさんのうちまで歩いたって、寒いのは同じでしょ。
「じゃあ、これ以上寒くなる前にお開きにするか?」
とっとと帰らせるつもりね、ゴウさんナイスよっ!
それを聞いて、一気にジョッキを飲み干したハナマル。
「おかわりをください」
ふんだ、まだ帰るつもりはさらさらないってことね。
やけに早いピッチで、ハナマルがジョッキを重ねていると思っていたら。
しばらくしてマスターが。
「美紀ちゃんは酔っぱらって寝ちゃったね、これじゃあ一人で帰れないだろ」
深酔いをして寝ちゃったから、泊まらせるしかないだろうなんて。
ハナマルったら、あたしの予想を上回る恥も外聞もない戦法に出ているわ。
「これだけ酔って寝ているんじゃ帰れないだろ、泊めてやれよ」
余計なことを言わないでください、豆キチさん。
「南田なら、こいつと俺が送っていくさ」
喜んでご一緒しますわ、ゴウさん一人で送らせてなるものですか。
「こんなに寝ていたんじゃ、電車に乗れないだろ」
意地でもハナマルをうちに泊めたいんですか、豆キチさんっ!
「タクシーには乗っていられるさ」
それを聞いたハナマルは、悔しそうにあたしをにらんでいるわ。
みんなに気づかれないように、片目だけ開けて。
タクシーでハナマルを自宅まで送っておうちに帰ってきたら、もう十時。
ハナマルがこのまま諦めないなら、がつんと言ってあげる必要があるわ。
がつんとねえ、いったいどうすれば……。
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