第十八話 期待度MAX年末年始 後編
おおみそかは朝から、ゴウさんと二人でお正月を迎える準備をしているの。
門扉には、昨日のお買い物の帰りに駅前で買ってきた松飾りを。
玄関のドアには、同じくしめ飾りを。
階段下の押入れから取り出した三方と、届いたばかりの鏡餅をリビングに。
飾り終えてからは、あたしの実家へゴウさんの車を洗いに行く予定なの。
洗車しているゴウさんを、特に手伝うでもなくぼ~っと眺めていると。
「大掃除、おまえの家はしなくてもいいのか?」
するって言ったら、大掃除してくれるのかな。
でも、二階に行かれるのはまずいし……。
「お掃除なら月に二回、お手伝いさんが来てくれているもの」
「金持ちは違うな、だったら正月の飾りは?」
「誰もいないのに、わざわざ飾ってもね」
ワックスを拭き終わり、車にお正月の飾りをつけているゴウさんは。
「年が明けたら、両親に新年のあいさつをするんだぞ」
「わざわざ、国際電話で?」
「娘を一人残して、心配しているんだろうから」
「そんなに娘が心配なら、向こうから電話してくるわよ」
「これも、親孝行だと思うんだな」
そこまで、あたしに親孝行をしろと言うなら。
早くあたしと結婚してくれることが、一番の親孝行になると思いますよ。
お昼前におうちへ帰ってきてから、暇を持て余しているゴウさん。
「退屈そうね」
「やることもないし、時間をもて余すな」
暇だからとお仕事を始めたり、ましてや会社に行かれたらたまらないわ。
「お刺身とタイの塩焼きを買うついでに、とん起に行きましょ」
やることがないから飲みにいきましょうなんて、われながら最低の提案ね。
「そうだな、松前漬けも受け取らないと」
昨日の買い出しの帰りに、とん起に寄ったときに。
松前漬けの材料を買う話をゴウさんとしていたら、マスターの提案で。
店頭で売るお正月用品の中から、松前漬けを売ってもらうことになったの。
夜になって、先生と一緒にすき焼きを食べながら。
「初詣にはいつ行くの、明日?」
「元日は家でのんびり食って飲んでいたいから、二日かな」
「どこに行くの?」
「ここから行くなら、メジャーなのは柴又の帝釈天か浅草寺だが」
「ふうん」
「おまえは、去年までどうしていたんだ」
「初詣は、家族で門前仲町の八幡さまに行っていたわ」
「門前仲町は行ったことがないな、俺はいつも浅草だったから」
「じゃあ、浅草に行きましょうよ」
「そうするか」
「浅草にはあまり行ったことがないの、いろいろ案内してね」
「案内か……、そんな余裕があればいいが」
「どうして?」
「正月の浅草は、昨日のアメ横なみにえらい人出なんだぞ」
あの人混みだと、観光どころじゃないわね。
「先生も一緒に、初詣へ行きません?」
「あたしは人混みが苦手だから、あんたたちだけで行っておいで」
やった~、二人だけの初詣をGET!
「だから言っただろ、人混みが嫌いなオバちゃんは出かけないって」
確かにそう言われてはいたけれど、誘うのが礼儀ってものでしょ。
「あんたって子は、いくつになっても変わらないね」
「いきなり、何だよ」
「たとえ出かけないとしても、誘ってもらえばうれしいもんだよ」
「行かないけれど誘えって言うのか、面倒だな」
「誘ってくれるアッコに比べて、身内のくせにあんたは誘いもせずに」
「こいつだって、どうせ本心から誘ってはいないだろ」
ぎくり。
「アッコはお愛想じゃなく、本心から誘ってくれているんだよ」
そんなに持ち上げられると。
二人っきりで初詣に行けると、心の中で喜んでいた自分が申し訳ないです。
「とにかく、あたしは家でのんびり休んでいるよ」
「そうか、土産ぐらいは買ってくるから」
玄関で待ってくれていたゴウさんの前でくるりと、ゆっくり回ってみせて。
例の必殺技、振り袖姿のお披露目をすると。
「ほう……」
返ってきたのが予想を上回る好反応なので、ちょっぴり得意げなあたし。
「着付けは誰が、オバちゃんができるとは思えないが」
「自分で着たわよ」
「おまえが、自分で?」
「そうよ、高校生のときに着付けのお教室に通っていたもの」
「家事はできないくせに、さほど必要とも思えないことはできるんだな」
「着物ぐらい一人で着られないとね、大人の女性としてのたしなみよ」
「もっとたしなんでおくべきことは、いくらでもあっただろうに」
痛いところをついてくるわね。
「それにしても、良く似合っているな」
手放しで褒められることなんて、同居を始めてからそうはなかったから。
思わず、喜んでしまったけれど。
振り袖姿を褒められるのはどうなのか、ってことに気づいちゃった。
だって、あたしはそろそろ留め袖を着ていてもおかしくない年なんですよ。
そして、今のあたしが留め袖を着ていないことに対する責任の大半は。
誰にあるかといえば、他の誰よりもあなたにあると思うんですが。
今のあなたに必要なのは、あたしの振り袖姿を褒めることではなくて。
あたしと結婚をすると、一刻も早く決断することだと思いますよ。
浅草で地下鉄を降りたのはいいけれど。
「同じ車両に乗っていた人が全員、ここで降りたのかしら」
そう思うほど、ホームは見たことがないような大混雑っぷりなの。
「これ、アメ横の比じゃないわね」
「とりあえず、駅を出て雷門に向かうぞ」
「言われなくても、勝手に雷門に着くでしょ」
まるで、みんなで塊になって移動をしているみたいなんだもの。
「出遅れちゃったみたいね、毎年こんなに人がいっばいなの?」
「いや、今年はいつも以上に混んでいるな」
雷門をくぐると、仲見世は押すな押すなの状態だし。
「アメ横に続いてまた人ごみだなんて、二年続けて人ごみの当たり年かしら」
「のんきなことを言っていないで、俺からはぐれるなよ」
そう言って手を握ってくれたのは、ラッキー!
と、思っていたら。
「はぐれたら、携帯電話を持っていないおまえを探すのが面倒だからな」
やっとのことで仲見世を抜けたのに、本堂に向けてはさらにすごい人で。
並ぶのが嫌いなゴウさんは、げんなりとした顔をしている。
「せっかくおめでたい初詣に、振り袖姿のあたしと来ているのに」
「あのなあ、楽しそうな顔をしろとでも言いたいのか?」
それでも、どうにかお参りを済ませると。
「ゴウさんは何をお願いしたの?」
「みんなの健康だよ」
ゴウさんにしては、平凡なお願いね。
「おまえは何を願ったんだ、長いこと必死にお願いしていたみたいだが」
「もちろん、ゴウさんと結婚させてくださいって」
「年が明けたばかりだっていうのに早くもざれ言か、やれやれ」
「具体的な形で親孝行をしたい、そうお願いをしただけよ」
できれば今年のうちにお願いしますって、追加のお願いもしたし。
「せっかくだから、おみくじもひいていきましょ」
「まだ並ぶつもりをしているのか、どれだけ他力本願なんだよ」
「文句を言わないで、あたしにとってはわらにもすがる思いなんだから」
十分以上も並んで、ようやく手に入れたおみくじの内容は。
あたしが「吉」だったのに対して、ゴウさんは「凶」だったの。
「たかがおみくじでしょ、あまり気にしないで」
「別に気にしていないよ、もともとこの類は信じていないから」
前に、そんなことを言っていたっけ。
それにしても、おみくじって怖いわね。
お願いが聞き届けられるなら、あたしが今年中に結婚をするってことで。
それが「吉」だとしたら。
あたしが幸せになると同時に、ゴウさんはいろいろなことを知るわ。
知って不幸になることはないでしょうけれど、ひどく驚くでしょうし。
場合によってはとても怒るでしょうから、それが「凶」か。
つまり、あたしのお願いがかなうなら二人ともおみくじが当たるんだもの。
初詣を済ませ、混み合う境内を抜けてから。
ずらりと並ぶ屋台を冷やかしながら、のんびりと歩いていると。
「子供のころのゴウさんって、屋台では何が好きだったの?」
「カルメ焼きとあめ細工かな」
「意外ね、甘いものを食べないのに」
「食べるんじゃなくて、職人が作るのを見ているのが好きだったんだよ」
ゴウさんは手先が器用だから、興味を持ったのね。
「しばらく動こうとしないんで、最後はおふくろに引き離されていたな」
きっと、手がかかる子供だったんだろうな。
「それで、お昼は何にするの?」
「浅草だとすき焼きや寿司に天ぷらかうなぎ、ちょっとひねって洋食かな」
「うなぎはアメ横で食べたばかりだし、すき焼きだっておおみそかに」
「じゃあ……」
「それに、今夜はおうちで天ぷらよ」
おおみそかは、すき焼きでおなかがいっぱいになっちゃって。
年越しそばを食べられずにたねが余ったから、今夜は天ぷらにしたの。
「寿司にするか、振り袖を着ていたんじゃ洋食は食べにくいだろうし」
そう言ったゴウさんは、両側に飲み屋さんがずらりと並んでいる通りに。
通りかかった角のお店では、外に置いてある大きなお鍋で何かを煮ている。
湯気がもうもうと出ていて、とってもおいしそう。
「あれ、なあに?」
「大鍋で、煮込みを煮ているんだよ」
「あんなに大きなお鍋を使って、それもお店の外で?」
「においが呼び込み代わりにもなるから、店にとっては好都合なんだ」
見た目も匂いも食欲をそそられるから、絶好の呼び込み代わりになるわね。
「そういえば、俺も子供のころにおふくろに同じ質問をしたっけ」
「ゴウさんも?」
「うちには酒飲みがいなかったから、煮込みなんてものは知らなくて」
「それで、お母さんに教えてもらったのね」
「いや、酒を飲まないおふくろが知っているわけがないから」
「じゃあ、どうやって知ったの?」
「酒を飲むようになってから、食べに来たんだよ」
「おいしかった?」
「雪が降っていた効果もあるが、とてもうまかったな」
「だったら、お寿司よりこれが食べてみたいな」
「振り袖姿で入る店じゃないんだが」
そう言いながらもお店に入ってくれて、すぐに煮込みが目の前に。
「とん起でしか食べたことがないけれど、煮込みってお店によって違うの?」
「この店の煮込みは牛スジなんだ、モツが嫌いなおまえでも食べられるだろ」
「嫌いなんじゃなくって、かみ切れないから苦手なだけだもん」
「それに、材料だけじゃなくて味付けも違うんだ」
「とん起の煮込みは、みそ味よね」
「モツの臭み消しに、みそ仕立てにしているんだよ」
「ふうん」
「ここは牛スジが材料だから、しょうゆ味でさっぱりしているんだ」
確かに、さっぱりだし牛スジも柔らかくておいしい。
食べやすい煮込みとプリプリの焼き鳥やお刺身を食べて、あたしは大満足。
お店を出て駅に向かう途中、アーケードの出口にある和菓子屋さんの前で。
「オバちゃんはここの芋ようかんが好きなんだ、買っていくか」
おおみそかに言っていたお土産って、芋ようかんだったのね。
それにしても知らなかったわ、先生がそんなに甘いものを好きだなんて。
栗きんとんだけじゃなくて、芋ようかんまで。
ゴウさんが注文している間、あたしもショーケースをのぞく。
「この小さくて丸いお菓子って、あんこかしら?」
「ああ、それも名物だ」
「たくさんの色があって、かわいいわね」
「おいしそうじゃなくてかわいいかよ、おかしいだろ」
そう言いながらも、あんこのお菓子の小さな箱も買ってくれたの。
あっという間にお休みも終わり、明日からゴウさんはお仕事か。
「習慣って怖いものね、昨日あたりから何だかしっくりこない感じがするの」
「どうしたんだ、いきなり」
「いつもならハナマルに邪魔されるのに、年末年始は二人で過ごせたからよ」
「体に染み付いているんだろ、適度な障害を乗り越えるのが」
「適度かどうかは置いておくとして、ハナマルが障害なのは間違いないわね」
「心配をしなくても、明日からはまたいつもの適度な障害が味わえるさ」
「どうして?」
「明日は、南野が実家の土産を持ってとん起に顔を出すと言っていたから」
「え~っ!」
「会社を出るときに電話をするから、とん起で待ち合わせだな」
あたしは、ごく少しだけしっくりこないと思っただけなのに。
新年早々、ハナマルと顔を合わせることになるなんて。
おみくじの「吉」って、いったい何だったのかしら?
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