第十七話 期待度MAX年末年始 前編
お正月への備えは、クリスマスの翌日から始めていたあたし。
とはいっても、買い物や飾りつけではなくプランを考えているだけですが。
目に見える成果がほぼなかった、クリスマスの二の舞はごめんだから。
何らかの成果を得るためには、優秀なプランは必須だもの。
でもねえ。
いくらこそくな策を講じても、ろくな成果は得られないのがお決まりだし。
ここは、正攻法でいこうと思うのです。
お正月といえば、年内なら大掃除や買い出しで年が明けたら初詣かしら。
大掃除については、かなり期待が薄いかな。
ゴウさんのあたしに対する認識からは、活躍の場があるとも思えないもの。
買い出しも、似たようなものか。
一緒に行っても、荷物運びぐらいにしかなりそうにないし。
残るのは初詣か……、これは何とかなりそうね。
実家から持ってきてある晴れ着で、ばっちりとおめかしをして。
ゴウさんのハートを、がっちりつかんでみせましょうっ!
そうと決めたなら、善は急げよ。
ゴウさんの予定をチェックするために、お部屋のカレンダーを見ると。
「クリスマスが仕事だった代わりに、正月には休みを入れておいたから」
ゴウさんがそう言っていたのは、本当だったようで。
三十日から四日まで、ばっちりお休みが入れてあるじゃない。
「俺の仕事に、盆暮れ正月はないんだ」
なんて言っていたから。
お休みといっても、せいぜいおおみそかと元日ぐらいだと思っていたのに。
うれしい誤算だわ、六日もあれば何とでもできちゃうものね。
でも、ここで安心するのは禁物よ。
いつもこんなところで油断をした結果、詰めの甘さで失敗をしているし。
お休みといっても、ゴウさんがおうちにいるとは限らないものね。
八月から顔を出していないから、実家に帰ることだってあるでしょうから。
イヴに続いて一緒にいられないんじゃ、いくらお休みでも無意味だし。
しっかりと、事前に確認をしておかなくちゃ。
まずは、あたしの状況を伝えるために。
お正月にパパとママが日本に帰ってこないと、さりげなくアピールするの。
「ねえ、オーストラリアにもお正月のお休みってあるの?」
「いきなりそんなことを聞かれても、知らないよ」
「やっぱりないのかな、お正月休みって」
「世間が休みじゃなくても、日系企業なら個人的に休むんじゃないか」
「個人的に、か……」
「で、それがどうした?」
「パパとママから、お正月には日本に帰ってこられないって言われたのよ」
「正月なのに大切な娘を放ったらかしにするのか、薄情な親だな」
「あたしは構わないわ、ゴウさんと一緒に過ごせる方が何倍もうれしいもの」
「おやおや、こっちには薄情な娘か」
アピールを終えたことだし、ここからが本題よ。
「ゴウさんは、お正月はずっとお休みなのよね」
「ああ、誰かさんにうるさく言われたからな」
そりゃ言うわよ、クリスマスでは一人にされたんですからね。
「久しぶりに正月休みを目一杯に入れたから、文句を言われてまいったよ」
年末年始がお休みで文句を言うなんて、ハナマルぐらいでしょ。
「もしかして、実家に帰るの?」
「何だよ、親孝行をしに帰れっていうのか?」
「まさか、あたしはお正月だけでもゴウさんと一緒にいたいもの」
「つまらない心配をしなくても、ここにいるよ」
「ほんと?」
「ああ、どうせ帰っても一人きりじゃ退屈をするだけだからな」
「一人きりって、お母さまは?」
「年末年始はいないんだ、弟のところへ遊びに行くって言っていたから」
「弟さんのところって、実家に住んでいるんじゃないの?」
「今年の夏から、弟は海外赴任をしているんだ」
「前に結婚するって言っていたでしょ、海外にいるのにどうするの?」
「もう少し先になるみたいだよ」
「ふうん、海外ってどこ?」
「知らないよ、南の方って言っていた気がするけれど」
「赴任先も結婚の予定も知らないって、ゴウさんの方がよっぽど薄情でしょ」
何はともあれ、お正月は一緒にいられそうで良かった。
次は、もうひとつの問題を。
「お正月にハナマルがうちに来て、邪魔されるのだけは絶対に避けたいな」
せっかくのお正月だもの、二人っきりでのんびり過ごしたいわ。
「だったら、正月は二人でおまえの実家に行って過ごすか」
「初めてのお正月だもの、この家で過ごしたいのよ」
「ここにいたら、間違いなく南野が来るだろ」
「ゴウさんからハナマルに言ってよ、お正月は訪ねてくるなって」
「言っても、聞きゃしないだろ」
そんな予想に反して、ハナマルはおおみそかから帰省することになったの。
両親からの、強い要望に逆らえなかったんですって。
年末年始にゴウさんと一緒にいられるだけでなく、独り占めできるなんて。
季節は冬でも、この世の春ねっ!
「年末年始につきものの、大掃除やお正月のお買い物はいつに?」
「そうだな、大掃除は三十日にして買い物はおおみそかに行くか」
「三十日に大掃除をして、その後にお買い物に行くんじゃなくて?」
「俺だって、いつもはそうしているよ」
「だったら、どうして今年だけ」
「いい気なもんだな、誰のせいだと思っているんだ」
「誰のせいって、ひょっとしたらあたしのせいだって言うの?」
「いつもなら、オバちゃんと二人で掃除をすれば三時間もあれば終わるのに」
「それがどうして、一日仕事に?」
「住人や荷物と家具が増えたのに、おまえが何の役にも立たないからだろ」
「それに、今年の買い出しはアメ横へ行くから時間もかかるし」
「わざわざアメ横まで行って何を買うの、おせち?」
あれだけ好き嫌いが多いゴウさんは、お正月に何を食べるのかしら。
ゴウさんが食べられるものは少なそうだものね、お正月の食べ物って。
「おせちは苦手だから、好きなものだけを買うんだ」
「好きなものって?」
「そうだな、アメ横で買うのはカニや酢ダコにカズノコとスジコだろ……」
「あとは?」
「肉と、年越しそばの天ぷら用にエビだな」
「お刺身は買わないの?」
「刺身とタイの塩焼きや松前漬けは、帰ってから地元で買うんだ」
う~ん……。
ゴウさんがベッドから抜け出した気配で、目覚めたあたし。
お布団からちょこんと顔だけ出して、目覚まし時計を見るとまだ七時前。
なのに、ゴウさんはもう着替え始めているじゃない。
「こんな時間からどうしたの、まさか会社から呼び出しが?」
「今年の年末年始は、誰も出社していないよ」
良かった、ただの早起きで。
「じゃあ、どうしてこんなに早く?」
「この姿を見れば分かるだろ、大掃除を始めるんだよ」
ゴウさんったら頭にタオルなんか巻いちゃって、朝一番からやる気満々ね。
「昨日は九時ぐらいから始めるって言っていたでしょ、まだ七時よ」
「早く始めれば早く終わるだろ、もう七時だし」
休日の朝の七時に対して、ゴウさんとあたしの認識には違いがあるようね。
「こんなに早くから始めなくても、このお部屋はお掃除が必要ないのに」
そうなんです。
ゴウさんのお部屋は、毎日のようにお掃除をしているからいつも奇麗だし。
年末だからと、改めてお掃除をする必要はなさそうだもの。
ちなみに、誰がお掃除をしているのかなんて聞かないで。
もちろん、ゴウさんですから。
「その分、おまえの部屋を掃除するのに時間がかかるからな」
あたしのお部屋だって、週に一度はお掃除をしているのに。
これまた、ゴウさんが。
「じゃあ、あたしも起きるわ」
そう言いながら、ベッドから抜け出そうとしているあたしに。
「俺が一人でやるから、おまえはまだ寝ていろ」
「自分のお部屋だもの、お手伝いくらいするわよ」
「いいから寝ていろ」
やけに優しいわね、強制的にベッドから出されるだろうと思っていたのに。
「おまえはいても役に立たないどころか、かえって足手まといになるんだよ」
そう言うと、あたしのお部屋に行っちゃった。
あたしが起きたころには、すでにゴウさんは二階にはいなかったの。
もう二階のお掃除を終えて、リビングのお掃除をしているのかしら。
眠い目をこすりながら、のんびり下りていくと。
床に塗ったワックスを、せっせと雑巾で拭いているゴウさんは汗だく。
「おはよ……」
「やっとお目覚めか、寝ていていいとは言ったがもう九時過ぎだぞ」
「起きてはいたけれど、なかなかベッドから抜け出せなくて」
「よく目が腐らないな、しかもまだパジャマのままって」
「寒いんだもの、お部屋を暖めてからじゃないと着替えなんてとても」
「早く顔を洗って着替えてこい、ここから先はおまえも手伝うんだからな」
「手伝えって言われても、ほとんど終わっているじゃない」
「ここを済ませてから、窓ガラスと網戸の掃除をするんだよ」
そんなに張り切っていたからか、十一時前には大掃除が終わっちゃった。
えっ、まだ大掃除の目玉が残っているだろうって?
手がかかる、キッチンの換気扇やガス台の周りにお風呂場でしたら。
お風呂場の大掃除は、あたしが昨日までに済ませているし。
キッチンについても、心配はご無用なのです。
日頃から入念にお掃除をしているので、いつでもピカピカだから。
大掃除だからって、特別なことはしなくていいのよ。
誰がしているかって、もちろんゴウさんに決まっているでしょ。
「まだ十二時前か、この時間だったら今からでもアメ横に行けるな」
「今からお買い物に行くの、明日って言っていたじゃない」
「往復と買い物で三時間、向こうで食事をしても夕方には帰ってこられるし」
「だとしても、急な話ね」
「おおみそかにバタバタするよりはましだろ、早く支度をしろよ」
「はあい」
今日お買い物を済ませておけば、明日はおうちでのんびり過ごせるものね。
予定を変更して、お正月のお買い物にアメ横へ行くことになったけれど。
おうちを出発してから、一時間もしないうちに上野駅に着いて。
アメ横に向かい、元気よく歩き出したまではすこぶる順調でしたが。
「想像してはいたけれど、それを上回るすごい人混みね」
「そうだな、前に進むのも難儀するほど混んでいるとは」
「芋の子を洗うって、このことね」
「いつもだと、ここまでは混まないんだが」
「テレビでしか見たことがないもみくちゃの中にいるなんて、不思議な気分」
「今日でこんなに混んでいるじゃ、明日はもっと混むだろうし」
「正解だったわね、今日のうちに来ておいて」
「とっとと買い物を済ませて、帰るにこしたことはなさそうだな」
「それで、何から買うの?」
「この混雑じゃ行ったり来たりできないな、まずはカニを買いに行くぞ」
アメ横を中ほどまで進み、行きつけらしいお店に飛び込む。
毛ガニを三杯と、バター焼き用にタラバガニの脚を買い。
同じお店で、てんぷら用に立派な車エビも買って。
「次はカズノコとスジコに酢ダコ、それに銀ダラの西京漬けか」
そう言ったゴウさんは、斜め向かいのお店に。
「魚卵は、タラコ以外は嫌いだって言うのかと思ったわ」
あたしが、笑いながらそう言うと。
「キャビアは嫌いだが、それ以外は好きだよ」
次に、少し先のお店で栗きんとんの大きな箱を買ったんでびっくり。
「甘いものは食べないのに、栗きんとんは好きなの?」
くせのある好き嫌いだから、それもありかなって思ったのに。
「俺は食わないよ、オバちゃんが好きなんだ」
そうこうしながら歩いていると、アメ横を抜けて御徒町の駅に出ちゃった。
「お肉を買うって言っていたでしょ、どうするの?」
「すき焼きとステーキの肉は、その先の角にあるデパートの地下で買うんだ」
お買い物を終えて、結構な荷物を抱えながらひと息ついていると。
「腹が減っただろ、何か食べたいものは?」
お昼にしては遅いから、帰ってとん起で済ませるんだと思っていたのに。
あたしは、目の前にあるお店を指差して。
「だったら、そこのうなぎ屋さんがいいな」
「年の瀬にうなぎとキモ焼きで一杯か、おまえにしては乙な選択だな」
どうやら、珍しく褒められているみたいだけれど。
慣れない人ごみでくたくたになった上、足が棒のようになっちゃったから。
どこでもいいから、早く座って休みたい一心で。
あたしとしては、一番近くにあるお店を選んだだけなんだけれど。
とにかく、これでお正月への備えはばっちりね。
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