第十六話 ちょっぴり残念なクリスマス
年の瀬も迫るというのに、のんびりと過ごす平穏な毎日が続いています。
とはいえ、ゆううつなことがないわけでは。
朝晩だけでなく、日中もめっきり寒くなったと感じていることです
「う~、寒いっ!」
朝は駅まで歩く間、晩はおうちに到着するまでに何度もそう言っちゃうし。
マフラーや手袋で完全装備をしていても、突き刺すような寒さにうんざり。
もう十二月も半ばですから、当然といえば当然ですけれど。
いっそのこと、学校への行き帰りは羽毛布団にくるまれていたい。
通勤途中にも、そんなことを考えている毎日です。
そんな気分を吹き飛ばしてくれるのは、もうすぐクリスマスだという事実。
なにせ、クリスマスは数あるイベントの中でも特別なものですから。
しかも、去年までとは違いゴウさんと一緒に過ごせるんだもの。
十七年もの間、こんな日がくることをずっと夢に見ていたあたしとしては。
一世一代の、綿密な作戦を立てて臨まねば。
せめて、プロポーズのきっかけぐらいは作っておきたいものねっ!
鼻息も荒く意気込んだあたしが、どんな作戦を立てたかというと。
前にゴウさんと行った、銀座のステーキ屋さんでお食事をしてから。
カクテルがおいしかった、夜景が奇麗なラウンジに行ってお酒を飲んで。
ちょっと酔ってみせて、そのまま都内のホテルにお泊まり。
そんな予定を決めたのに、ゴウさんのお部屋でカレンダーを確認すると。
二十二日からクリスマスイヴまでは、出張が入っているじゃない。
ゴウさんがいないなんて、がっかり以外の何ものでもないけれど。
こんなことでへこんでいられないわ。
よく考えるのよ。
イヴの印が○ってことは、夜にはゴウさんは東京に帰ってくるんだもの。
「初めてのクリスマスイヴだから一緒にいたいのに、意地悪ね」
「何が意地悪だ」
「だって、クリスマスイヴにわざわざ出張を入れるなんて」
「俺の仕事に盆暮れ正月はないって、前から言ってあるだろ」
「で、どこに行くの?」
「仙台だよ」
「お仕事は、何時まで?」
「昼過ぎに終わるから、三時半の新幹線に乗れば六時には帰ってこられるな」
「六時か、だったらあたしが仙台までお迎えに行ってあげる」
舞台が変わるだけで、食事の後のお酒ってコースは確保できそうだし。
その後は、ずるずるとお泊まりに持ち込んじゃえば……。
「迎えに来るって、学校はどうするんだよ」
「昨日から冬休みだもん」
「だからって、わざわざ仙台まで来ることはないだろ」
「イヴに新幹線のホームで待ち合わせって、CMみたいでロマンティックね」
「なし崩しに、仙台で泊まるつもりをしているくせに」
相変わらず鋭いわね、あたしの魂胆がしっかり読まれているわ。
「いいでしょ、初めてのイヴだし仙台には行ったことがないんだもの」
「だめだ、俺は仙台には泊まれないから」
「えっ、どうしてよ」
「次の日は朝から本社で会議があるからだよ、それに」
「それに、何よ?」
「南野が言っていたんだ、イヴはとん起を貸し切りにしてパーティーだって」
ハナマルったらまた余計なことを、しかもあたしには伝えずに。
「代わりに正月には休みを入れてあるから、それで我慢をしろよ」
何を言っているのよ、お正月はお正月でクリスマスはクリスマスでしょ。
「それより、何か欲しいものはあるか」
「欲しいものって?」
「決まっているだろ、クリスマスプレゼントだよ」
「婚約指輪っ!」
「即答かよ」
「だって欲しいんだもの、あの指輪ならお金もかからなくて節約になるわ」
「何が節約だ、むだに仙台に来ようとしていたくせに」
ふんだ、むだではないでしょ。
「あの指輪は当分の間は参加賞だろ、あれ以外でだ」
「指輪がだめだからって、いきなり欲しいものを聞かれても」
「携帯電話はどうだ、俺の携帯電話を気にしていただろ?」
「う~ん、携帯電話だったらパスかな」
「どうして、あれば便利だろ」
携帯電話を持たされたら、何でも電話で済まされちゃいそうだからよ。
「今はいらないわ、ゴウさんと結婚したときに二人でおそろいを買うから」
「そうか、だったら」
ふんだ、いつもなら反応する結婚ってところはスルーしちゃって。
「仔犬はどうだ、ペットを飼えば自然と片付けや掃除をするようになるだろ」
「うわあ……、やっぱり仔犬はちょっと」
「どうした、一瞬だけうれしそうにしただろ」
「せっ、先生は動物が嫌いかもしれないでしょ」
「そういえば、子供のころにもペットは飼っていなかったな」
ゴウさんったら、鈍いわね。
結婚してすぐに赤ちゃんができるかもしれないのに、ペットの毛は。
「じゃあ、おまえ用の羽毛布団はどうだ」
「あたし用って?」
「ダブルベッドに二人で寝ているのに、掛け布団がセミダブルじゃ小さいし」
「お布団なら、今のままでいいわよ」
「そうか?」
「小さいと思うなら、自分のお部屋からお布団を持ってきているでしょ」
「それも、そうだな」
ゴウさんたら本当に鈍いわね、わざわざお布団を分けてどうするのよ。
小さめのお布団だからこそ、ぴったりとくっ付いて寝ていられるんでしょ。
「だったら、俺が考えたものでいいんだな」
「ええ、楽しみにしているわ」
「リクエストがあれば、一緒に買いに行こうと思っていたのに」
しまった、クリスマスイヴの前にお買い物デートまでできたのか……。
クリスマスイヴの当日だというのに、もやもやとしているあたし。
ゴウさんはおとといから出張だし、先生も昨日から講演会でいない。
でも、一人でいるからもやめやしているわけではありません。
ひとつ目の理由は、せっかくのクリスマスが微妙な感じになっていること。
ハナマルの謀略により、舞台が当初の計画とは大きく異なり。
雪が降るロマンティックな仙台ではなく、いつもの面々がそろうとん起に。
香澄はともかくとして、ハナマルまでいるんだもの。
舞台とメンバーに不満があるだけでなく、ふたつ目の理由も。
予定の六時を過ぎたのに、ゴウさんが出張先から帰ってこないんです。
「遅いね、シノちゃん」
カウンターで暇そうにしているマスターの、そんなひと言を皮切りにして。
「こうやってみんながそろっているのに、シノだけ大遅刻だものな」
豆キチさんは、ここぞとばかりにゴウさんを非難。
「先輩ったら、遅れるなら遅れるであたしに電話をしてくれても」
電話なら、ハナマルじゃなくてあたしにするでしょ。
「なあマスター、あてにならないシノは放っておいて先に始めようぜ」
「シノ先輩を待っていても、いつになったら帰ってくるか分からないし」
新聞屋さん兄弟まで、そんなことを。
「もう少し待っていろ、美紀ちゃんが電話しているんだから」
どうして、あたしを差し置いてハナマルが電話しているのよ。
「電話をしても先輩は出ないわよ、どうしたんだろ」
「携帯電話だったら、おうちに忘れているわよ」
「それならそうと、早く言いなさいよ」
「あたしが言う前に、あんたが勝手に電話をしたんでしょ」
「外村ちゃんも美紀ちゃんも、言い争っている場合じゃないだろ」
「いつも忘れるんだから、先輩の携帯電話って意味がないのよね」
その点に限っては、ハナマルの意見に同感だわ。
だからこそ、あたしのプレゼントが効果的……。
「さっきまで自宅にいた外村ちゃんには、電話はなかったのかい?」
マスターの問いかけにあたしが首を横に振ると、次はハナマルや香澄に。
「会社にも電話はなかったの?」
「香澄ちゃんは社外の講習会に出席、あたしはベンダーで打ち合わせだもの」
「美紀ちゃんの携帯電話には?」
「あたしの電話番号なんて、先輩は覚えていませんよ」
「だったら、出張先の営業所に電話をすればいいんじゃない?」
マスターからの提案に。
「そうね、お願いするわ香澄」
こんな非常事態ですら、ハナマルを排除しようとするあたし。
仙台営業所に電話をした香澄が、聞いたところによると。
機器の入れ替えの途中で、お昼過ぎに予定外のトラブルが起きたそうで。
解決をするのに、思っていたよりも手間取ったゴウさんは。
ついさっき事務所を後にしたから、新幹線に乗ったばかりだろうし。
東京に着くのは、九時ごろになるだろうって。
「仕事が長引いたんじゃしかたがないな、シノちゃん抜きで始めるか」
ゴウさんがいないのは寂しいけれど。
ハナマルとゴウさんの絡みを見なくていいのは、うれしいかもしれない。
ちょっぴり複雑な心境ね。
ゴウさん抜きで、いまひとつ盛り上がりに欠けたパーティーを早々に終え。
うちに泊まると言ってきかないハナマルを帰して、おうちで待っていると。
十時を過ぎたころに、ようやく帰ってきたゴウさん。
「悪かったな、携帯電話を忘れて連絡ができなくて」
「おうちはともかく、せめてとん起に連絡をくれても」
「とん起の電話番号なんて、携帯電話に登録してあるだけだし」
「だったら、番号案内で聞けばいいのに」
「仕事中なのにそんなことができるか、しかもトラブルの真っ最中なんだぞ」
気を取り直して、ようやく二人っきりでクリスマスのイベントを。
「はい、これ」
「何だ?」
「ズボンのベルトに通して使う、本革製の携帯電話ホルダーよ」
「どうしてこんなものを?」
本人にはまったく自覚なしか、ふう……。
「どうしてもこうしても、ゴウさんがしょっちゅう携帯電話を忘れるからよ」
バッグを持たないくせに、ポケットが膨らむのも嫌だから忘れるんでしょ。
「いつもこれをしているのか、面倒だな」
「何が面倒よ、今日だってこれがあれば問題はなかったでしょ」
そして、ゴウさんからあたしへのプレゼントは。
予想をしていたとおり、昨日の夕方に宅配便で届いていた大きくて重い箱。
「緑の包装紙に真っ赤なリボンって、随分と派手ね」
期待に胸を膨らませて箱を開けると、あろうことか油絵用のイーゼルが。
「何よ、これ?」
「見れば分かるだろ、イーゼルだよ」
「そうじゃなくて、どうしてクリスマスのプレゼントがイーゼルなのかって」
「美術の教師をしているだけじゃなくて、自分でも絵を描いているだろ」
そうか、ゴウさんはあたしのお部屋のお掃除をするたびに。
窓辺に置いてある、描きかけの油絵と古いイーゼルを見ているんだものね。
「初めて見たときから、まったく筆が進んでいないようだが」
「いっ、いろいろ忙しくて手をつけられないのよ」
あたしが油絵を描くから古ぼけたイーゼルの代わりに新品を、か。
ゴウさんのことだから、きっと高価なイーゼルなんだろうな。
こんなことなら、最初から携帯電話をリクエストしておけば良かった。
それにしても、クリスマスプレゼントを贈る相手はあたしなんですよ。
あなたと結婚をすることを夢見ている女性だと、認識をしていますよね。
だったら、正しい贈り物を選べたとは思えません。
あの参加賞の指輪を婚約指輪に昇華させて、とまではいかなくても。
いつも身につけていられるものを、ぐらいは思いつかなかったんですか?
「イーゼルが古かったんで、オバちゃんに有名なメーカーを聞いたんだ」
先生ったらひどいわ、そんなことをゴウさんから聞かれていたなんて。
しかも、同じ答えるなら。
せめて、あたしが欲しがりそうなものを答えてくれればいいでしょ。
「最初は、二階専用の掃除機はどうかと思ったんだが」
自分が結婚するかもしれない女性への、クリスマスプレゼントなのに。
まず思いついたのが、掃除機って。
もっと他に思いつかなかったんですか?
「俺と結婚をするって公言しているくせに、おまえは掃除もできないし」
うう……。
「そんなことが理由で、掃除機にしようと?」
「クリスマスのプレゼントが掃除機なら、掃除をする気になるかと思って」
掃除機やイーゼルって、もっとましなものがいくらでもあるでしょ。
十七年も待ち続けた、夢のようなクリスマスイヴになるはずだったのに。
二人っきりどころか、ゴウさんはいないしハナマルはいるし。
期待をしていたプレゼントは、イーゼルだったし。
さんざんな思い出しか残らなかったけれど、ここでめげてはいられないわ。
不幸中の幸いなのは、すぐにお正月というイベントが控えていること。
早急に、体勢を立て直すのよっ!
Copyright 2024 後落 超




