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第十五話 ハナマルがやってきた 後編

 第三ラウンド、神経戦へ。

「なあマスター、今度は美紀ちゃんがずっとしゃべっているな」

「外村ちゃんは、何も言わないで黙っているだろ」

「どうして黙っているんだ?」

「美紀ちゃんは、外村ちゃんが口を挟めない仕事の話をしているからだよ」

「仕事の話じゃ黙っているしかないものな、外村ちゃんは」

「まだまだ甘いな、シノちゃんの足元を見てみろ」

「おっ、シノのやつが貧乏ゆすりをしているな」

「このラウンドのポイントは、そこにあるんだ」

「シノが貧乏ゆすりをするなんて、子供のころから見たことがないぞ」

「美紀ちゃんが話している内容に、よっぽどいらいらしているんだろ」

「ふうん」

「それを察知した外村ちゃんは、わざと口を挟まずにいるんだ」

「高みの見物ってことか」

「たぶん、シノちゃんは飲み屋で仕事の話をするのを嫌うんだよ」

 的確な目線ね、さすがマスター。

 あたしといるときでも、お仕事の話をするとゴウさんは嫌がるもの。

 案の定、しびれを切らせたゴウさんはハナマルに。

「今、ここでしなきゃいけない話じゃないだろ」

「でも、先輩と打ち合わせをしておきたくて」

「会社の内情に触れる可能性もあるんだぞ、そんな話を飲み屋でするか?」

「ごめんなさい」

 ハナマルったら青菜に塩ね、しゅんとしちゃって。


「ここはどうなんだよ、マスター」

「そうだな、十対十のイーブンってとこか」

「えっ、外村ちゃんの優勢じゃないのか」

「いいや、いつものシノちゃんならとっくに怒鳴っているだろ」

「そうだな、あいつのことだからとっくに怒鳴っていてもおかしくないよな」

「シノちゃんだって、多少は我慢をしているんだよ」

「美紀ちゃんに気を使っている、ってことか」

「ああ、だからイーブンだ」

 結果的にハナマルはゴウさんから怒られているのに、イーブンだなんて。

 マスターの採点って、ハナマルに対して甘くないですか?




 第四ラウンド、ラッシュをかける。

「タラコを軽くあぶったのと、カレイの一夜干しをください」

 ゴウさんが三ターン目の注文をすると同時に。

「月曜日は寒くなりそうだから、おうちですき焼きはどうかしら?」

「いいよ」

「じゃあ、上野で待ち合わせてお買い物をしましょ」

 それを聞くなり、ハナマルが。

「会社の近くで、生ガキがおいしいお店を見つけたの」

 そうゴウさんに言うと。

「月曜日に、一緒に行きません?」

「悪いな、一緒にいられる日はこいつと食べる決まりなんだ」

 ゴウさんがそう言ってくれたなら、ここはとどめのオーダーよ。

「すみません、カキフライを追加で」


「シノが言った決まりって、ルールごっこの第六条ってやつだよな」

 つまらないことだけは覚えているのね、豆キチさん。

「外村ちゃんは、一緒に住むだけでなく食事も一緒だとアピールしたんだ」

「きついな、ここにきて」

「美紀ちゃんだって負けていないぞ、直後にシノちゃんを飲みに誘ったし」

「最後に、外村ちゃんがいつもは頼まないカキフライを頼んだよな」

「生ガキなんか食べに行かせませんから、って宣言をしたんだよ」

「じゃあ?」

「十対八で外村ちゃんがリードだな」

 差が開いてきたわね、どんなものよ。




 第五ラウンド、じっと耐えるとき。

 ここまで黙っていた香澄が。

「二人ともいい加減にしなさいよ、篠原さんも嫌がっているでしょ」

「あたしじゃなくて、ハナマルに言ってよ」

「だって、いかれ娘が突っかかってくるから」

 しごくまっとうな香澄の発言に、二人で同時に反論。

「この子は、十七年も前から篠原さんと結婚すると思い続けていたんだもの」

 助け舟をありがとう、香澄。

「十七年前っていったらシノが引っ越したときからだろ、すごい根性だな」

 当時を知っている豆キチさんだからこその、重みのある言葉ね。

 でも、根性というより情熱と言ってほしいわ。

「十七年もあれば、あたしなら引っ越した先輩と連絡をとるけれど」

 ハナマルったら、鋭いところを突いてくるわね。

「そうせずに指をくわえていたなんて、たいした思いじゃなかったんでしょ」

 うっ。

「何もしないでいたくせに、今さら結婚したいなんて」

「連絡こそしなくても、この子は篠原さんの奥さんになろうと努力をして」

「努力って、具体的には何をしていたのよ?」

「それは……」

 今ここで香澄に話されたら、いろいろとまずいわっ!

 これ以上は話を続けないように、香澄に強く目配せをすると。

「ほら、具体的に言えないでしょ」

 そんな安っぽい挑発に乗ったらだめよ。

 こらえて、香澄。

 耐えるのよ、あたしっ!


「外村ちゃんはどうしたんだ」

「美紀ちゃんに言い返さずに、こらえているように見えただろ」

「香澄ちゃんが助け舟を出そうとしたのを、制したようにも見えたな」

 ただのやじ馬だと思っていたのに、二人ともよく見ているわね。

「外村ちゃんは、不利になるのを承知で切り札を出すのをこらえたんだよ」

「こらえたって、どうして?」

「さあな、そこまでは俺にも分からないよ」

「それで、どっちがどうなんだ?」

「美紀ちゃんが十対九と言いたいところだが」

「だが?」

「外村ちゃんは、この状況でも切り札を温存したんだ」

「まだ余裕がある、ってことか」

「それを評価して、十対十のイーブンだな」

 よしっ、ここを耐えたのは大きいわね。




 第六ラウンド、決着のとき。

「おっ、外村ちゃんが席を立ったぞ」

「ジョッキが空になったのに、シノちゃんがお代わりしないだろ」

「ああ」

「それに気づいて、会計をしようと席を立ったんだ」

「言葉を交わさなくても、シノが考えていることが分かるのか」

「それを演出するための、外村ちゃんの頭脳プレーだよ」

「会計って、外村ちゃんが全部払うのか?」

「店に入ってすぐ、シノちゃんが外村ちゃんに財布を渡していたよ」

「まるで夫婦みたいだな」

「それを見て、美紀ちゃんが苦虫をかみつぶしたような顔をしているだろ」

「効果は抜群ってことか、採点は?」

「ここも、十対八で外村ちゃんがリードだ」


「結局、外村ちゃんが大差の判定勝ちだな」

 この勝負、六ポイント差であたしの圧勝だもの。

「それはどうかな」

「どうしてだよ、大差の判定勝ちなのに」

「今日のところは、へきえきしたシノちゃんが終了させたが」

「何だよ、その意味深な言い方は?」

「美紀ちゃんは強敵だからな、次はどっちが勝つか分からないぞ」

「次があるのかよ、怖いな」

 ハナマルが、このまま大人しくしているもんですか。

 もちろん次もあるでしょうけれど。

 いつでもかかってきなさい、返り討ちにしてあげるから。




 四者四様に疲れた顔をして、重い足取りでお店の外に出る。

 激しい戦いを終えたあたしとハナマルは、文字どおりにぐったり。

 それを見続けていたゴウさんは、うんざりって感じ。

 オブザーバーだった香澄も、気疲れしているみたい。

 みたいじゃなくて、本当に気疲れしているわよね。

 あたしのために話をしようとしてくれたのに、止められちゃったんだもの。


 まだ三時過ぎなのにへとへとで、HPの残りが少なくなってきたって感じ。

 想像していたより、はるかに手ごわかったハナマルを相手にしたからね。

 そんなとき、ゴウさんがあたしにだけ聞こえるようにぽつり。

「とん起には、他人を連れていっちゃだめだな」

「だめって?」

「あそこは、気を使わないでいい相手とのんびりと酒を飲む店だ」

 その相手って、あたしのことを言ってくれているのよね。

 ゴウさんにとって、あたしは気を使わないでいい相手なんだ。

 そう思うとうれしくて、少しHPを回復したけれど。

 念のために、確認してみましょうか。

「あたしとなら、一緒に行ってもいいの?」

「当たり前だ、おまえなら余計な気を使わないですむからな」

 言われてみるとうれしいものね、確認して良かった。

「俺と結婚をするつもりなら、おまえも俺に余計な気を使われたくないだろ」

 さらっと言われて感動しちゃったから、HPをフル回復。


「じゃあな南野、気をつけて帰れよ」

「どうしてあたしだけに帰れって言うんですか、香澄ちゃんは?」

「川木なら、今日は最初からうちに泊まる予定だから」

「じゃあ、あたしも泊まります」

 何ですって!

「川木はこいつに会いにきているんだから、おまえは帰れ」

 そうよ、とっとと帰りなさいよ。

「あたしが帰ったら、先輩はいかれ娘と寝るんでしょ」

「こいつなら川木と寝るだろ、わざわざ泊まりにきてもらっているんだから」

 何を言っているのよ、あたしだったら今夜もゴウさんと寝ますからね。

「あたしが泊まれば、いかれ娘は仲良しの香澄ちゃんとゆっくり過ごせるわ」

 とんでもないっ!

「香澄とあたしが一緒なら、ゴウさんとハナマルが二人きりになるでしょ」

「じゃあ、三人でおまえの実家に泊まればいいだろ」

「いやよ、うちに泊まらないなら香澄に来てもらった意味がないもの」

 そもそも、今日の目的は香澄をゴウさんに会わせることだもの。

 これまでのゴタゴタで、目的は十分に達成しているけれど。

「とにかく、あたしも今日は先輩の家に泊まりますから」

 一歩も引かないなんて、ハナマルったら何てわがままなのかしら。


 帰り道には、バス通りのコンビニエンスストアでお買い物。

 あたしと香澄はお菓子とアイスで、ゴウさんはお酒とおつまみを。

 ハナマルは、お泊まりに必要なものを買い込んでいるわ。




 おうちに着いたら、ゴウさんのお部屋でぎくしゃくとした宴会が始まる。

 あたしとハナマルが、けん制し合っていることもあり。

 話をしているのは、もっぱら香澄とゴウさん。

 しかも、当たり障りのない話ばかりしているし。

「それで、どうやって寝るのよ?」

 辛抱しきれずに、ハナマルが聞いてきたわ。

「今から説明してあげるから、よく聞いておきなさい」

「あんたが?」

「ゴウさんをGとしてあたしをT、香澄をKであなたをMとします」

「いったい何なのよ、GやTって?」

「それぞれの頭文字よ、四人の組み合わせは六通りになるから」

 あたしが、説明をしながら紙に書いたのは。

 G+T=○、いつも一緒に寝ているから問題はなし。

 G+K=×、ただの同僚の男女なんだからあり得ない。

 G+M=×、会社の先輩と後輩の男女じゃまずいでしょ。

 T+K=○、親友だからこれはあり。

 T+M=×、気まずいから絶対に無理。

 K+M=○、会社の同期なら問題はなし。

「○が成立するのは、G+TとT+KにK+Mの三通りだけなのよ」

「あんたと香澄ちゃんのT+Kはいいのね、じゃあ先輩とあたしが」

「Gの相手が○なのはTだけだから、T+Kが同時には成立しないの」

「じゃあ……」

「残った正解は、G+TとK+Mの組み合せしかないってこと」

 つまり、ゴウさん+あたしと香澄+ハナマルよ。

 理路整然と説明を終えてから、どんなものよとハナマルをにらみつける。

「どうして、あんたと先輩が寝るのが○なのよ」

「毎日一緒に寝ているからに決まっているでしょ、それが嫌なら帰れば?」

 ようやく話をまとめたのに、ゴウさんったら。

「俺が一人で寝るから、おまえの部屋に三人で寝ればいいだろ」

 せっかくの立派な連立方程式なのに、無意味なものになっちゃった。




 香澄はともかく、ハナマルが帰っていったのは翌日の夕方。

 しっかりと、夕ご飯まで済ませてから。

 招かれざる客なのに、よくもそこまでいられたものね。


 日課のお風呂掃除を終えて、ゴウさんの部屋に行くと。

「今夜ぐらい一人でゆっくり寝かせてあげよう、って気にはならないのか」

「疲れちゃったんだもん、ゴウさんの腕の中でぐっすり寝たいのよ」

「昨日からの騒動でへとへとな俺をぐっすり、とは思わないってことか」

 そう言いながらも、いつもあたしが寝る側のスペースは空けてくれたし。

「おまえ、昨日から南野に対して何をむきになっていたんだよ」

「だって、あの子はハナマルであたしはダメダメだもの」

「まだ、そんなことを言っているのか」

「ゴウさんのことだけは、絶対にハナマルには負けたくなかったのよ」

「何をどう考えたら、おまえが南野に負けているなんて思えるんだ」

 ハナマルとの初戦の後に、そんなことを言ってもらえたなら。

 やっぱり、今回の勝負はあたしの圧勝よねっ!




Copyright 2024 後落 超


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