第十四話 ハナマルがやってきた 中編
ハナマルの来襲。
こんなときがくることを、少しは想定していたあたしはともかく。
玄関でにらみ合うあたしとハナマルに、へきえきしているゴウさんは。
「とにかく、南野は二階で待っていろ」
「二階って、先輩のお部屋は二階にあるの?」
「ああ、上がって右が俺の部屋だから」
「ちょっと、ハナマルをあたしたちのお部屋に通すの?」
「あれは、俺の部屋だ」
「誰のものがじゃなくて、二人で過ごしているお部屋だと言っているの」
まだあたしをにらんでいるハナマルを、なんとか二階に行かせたけれど。
「ゴウさんのお部屋には香澄がいるわよ、いいの?」
「しょうがないだろ、散らかり放題のおまえの部屋には通せないんだから」
お片付けの途中で、ハナマルが来ちゃったからね。
「だったら、このままリビングにいさせればいいのに」
「南野をここにいさせたら、俺もここにいることになるんだぞ」
せっかく香澄に来てもらっているのに、それは困るな。
でも、問題なのは香澄がいることじゃなくて。
「本当にいいの、お部屋は朝のままよ」
「ベッドや枕にパジャマもあのままか、何てこった……」
うきうきの気分で、ゴウさんのお部屋に入ろうとしたハナマルは。
向かいのお部屋に、あたしの名前のプレートを見つけると。
「ちっ!」
盛大に舌打ちをしながら、ゴウさんのお部屋のドアを開けると。
当然ながら、先客の香澄と顔を合わせることに。
「香澄ちゃんじゃない」
「あれ、南野さん」
「どうして、香澄ちゃんがここにいるの?」
「あたしなら、友達の家に遊びに来たんだけれど」
「友達って、あのいかれ娘のこと?」
「いかれ娘って、誰よ?」
「向かいの部屋の女よ」
「だったら、そうだけれど」
ちょっと香澄、あたしがいかれ娘だってことにあっさり同意しないで。
「南野さんこそ、どうしてここにいるの?」
「あたしは、先輩の引っ越しのお祝いに来たんだけれど」
「先輩って、誰のこと?」
「うちの会社の篠原さんよ」
「篠原さんって、それじゃあ後ろ姿の君が篠原さんなの?」
「後ろ姿の君?」
意表をつく展開に、混乱している二人。
しばらくして、お部屋の中を見回す余裕ができたハナマルが。
「ちょっと、この悪趣味な部屋は何なのよ」
まあ、ハナマルの絶句もさもありなん。
窓際には、どうだとばかりにダブルベッドが。
その上には、ご丁寧にも脱いだままのおそろいのパジャマが置いてあって。
さらにハナマルの気に障りそうなのが、仲良く並べてある枕。
某テレビ番組でしか見ないような、表が○で裏が×の模様だもの。
つまり、ハナマルが目にしているのは。
ひどく生々しい、新婚さんのお部屋そのもの。
しかもここは、ゴウさんとあたしが毎晩過ごしている愛の巣なんだもの。
カーテンレールにビニールのひもで下げてある、例の指輪を見つけると。
「何よ、あの指輪は!」
ふんだ、あなたは知らないでしょうけれど。
あたしにはもう、婚約指輪が用意されているんですからね。
正確にはまだ参加賞、だけれど。
飲み物を運んできたあたしがお部屋に入ると、香澄がハナマルを指差して。
「あなた、どうしてこの子と知り合いなの?」
「ゴウさんの会社に行ったときに会ったのよ、後輩なんだって」
「あのね、南野さんはあたしと同じ会社で働いているんだけれど」
「ええっ、香澄がハナマルと一緒にゴウさんの会社で?」
「ハナマルって?」
ただでさえ混乱しているのに、さらに大騒ぎにしたいのか。
何もこのタイミングで入ってこなくてもいいのに、ゴウさんまで登場。
「川木、どうしておまえがうちに?」
「あたしに、そんなことを聞かれても」
「ゴウさんと香澄は、さっきあたしのお部屋で会っているじゃない」
「俺が川木に会っているって?」
ああ、そういえばゴウさんは振り向かなかったと香澄が言っていたっけ。
「そんなことより、どうして川木がうちに」
「だって、この子があたしの親友の香澄だもの」
ひと段落してから、説明を聞いてみると。
香澄が、ゴウさんやハナマルと同じ会社で働いているのは間違いなく。
ゴウさんは、システム部門の係長で。
ハナマルは、ゴウさんど同じ部署で同じチームの後輩。
そして香澄は、同じ会社の総務課で働いていて。
ゴウさんが担当しているシステムを使い、お仕事をしているってこと。
こんな偶然なんて、あるのね……。
三人からの話を聞いて、ようやくあたしは納得をしたけれど。
そんなあたしとは対照的なのが、ハナマル。
事前に、ゴウさんとあたしの関係を聞いているとはいえ。
この生々しいお部屋、ゴウさんとあたしの愛の巣を見ちゃったんだもの。
さっきにも増して、頭から湯気を出している。
そんなハナマルを見ているからかしら、あたしの気分はとっても爽快!
でも、こんなことでハナマルがしゅんとなるはずもないし。
あたしだって、迎え撃つ気は満々。
そして、おうちの中でのごたごたを何としても避けたいゴウさん。
三者三様の思惑が絡まりあった結果として、戦場をとん起へと移すことに。
あたしとハナマルのバトルは、まだまだ続くの。
っていうより、これからが本番なんだから気を引き締めておかないと。
しかも、戦場に選ばれたのが。
事前に想定をしていたように、おうちではなくとん起なのがポイントよ。
初めて行くハナマルに、地の利はないでしょうし。
常連のあたしにとっては、味方になってくれそうな人がいるんだもの。
戦いが始まる前から、あたしにはアドバンテージがあるってことよ。
とん起に入ると。
あたしはいつもと同じ席、ゴウさんの向かいに座ったけれど。
その結果として、ハナマルがちゃっかりとゴウさんの隣に座っているのよ。
ちょっとかちんとくるわね。
「シノちゃん、今日は両手に花かい」
冷やかしてくるマスターを、ゴウさんがスルーしていると。
「外村ちゃんだけじゃなくて、かわいい子を二人も連れやがって」
今度は、豆キチさんがちゃちゃを入れてくるのも気にせずに。
いつものように淡々と、注文をするゴウさん。
「俺とこいつはいつもの、この二人は……」
「あたしたちも先輩と同じものを」
ハナマルってば、少しは遠慮しなさいよ。
「二人は何て名前なの?」
マスターが、さりげなくチェックを入れてくる。
「俺の隣にいるのが南野美紀で、その向いにいるのが川木香澄」
「美紀ちゃんに香澄ちゃんか、よろしくね」
いつになく愛想がいいマスター、奥さんに言いつけちゃうわよ。
「シノちゃんとは、どんな関係なんだい?」
「二人とも、会社では俺の後輩なんだ」
「こんなにかわいい子が後輩にいるのか、シノちゃんがうらやましいよ」
香澄がかわいいのはともかくとして、ハナマルはどうかしらね。
「じゃあ、今日はサービスしちゃおうか!」
張り切っているマスターにより、あっという間にお酒とおつまみが出され。
あたしとハナマルの間には、早くも火花が散り始めている。
このピリピリとした感じ、いかにも戦闘の開始が近いって感じだわ。
でも、戦場としてのとん起はベストだけれど。
戦法については、考えるのは後回しにしていたのよね。
さて、どうしたものかしら。
誰の手も借りずに、完膚なきまでにハナマルを打ちのめすには……。
導火線に火がつきそうなのに、今さら考えてもしょうがないか。
とにかくここは、先手必勝あるのみよ。
第一ラウンド、打撃戦の開始。
「ごめんなさいゴウさん、一緒に寝ているのがハナマルにばれちゃって」
まずは、軽く爆弾を投げつけて様子を見みる。
軽くといっても、ハナマルにとってはそんなに軽くはないはずだから。
攻撃の効果を探るには、うってつけだと思ったんだけれど。
現場を見た後だからかしら、ハナマルの反応が今ひとつなの。
だったら、再投下をするまでよ。
「おそろいのパジャマと枕を、あたしが片付けていなかったから」
「一緒に寝ている、そろいのパジャマで!」
あたしの爆弾に対して、大きな声を出して立ち上がったのは豆キチさん。
これは、あたしへの応援だと受けとってあげるわ。
「いかれ娘なんかと寝ているなんて、先輩もよっぽど寂しいのね」
ふうん、むやみに突っかかってはこないんだ。
その上、打たれてもただでは後退するつもりはなさそうで。
「あたしのおねだりは、のらりくらりとかわしているのに」
自分だっておねだりをしているの、なんて反撃をしてきたわ。
「でも、来週の出張はあたしと一緒だものね」
ハナマルが自身のメリットを活用してくるのは、予想をしていたけれど。
来週の出張がハナマルと一緒だなんて聞いていないわ、ゴウさん。
いつの間にかカウンターに移動している豆キチさんは、マスターに。
「普段は大人しい外村ちゃんでも、ライバルには手厳しいんだな」
「自分からバトルをしかけたんだよ、美紀ちゃんと同じフィールドに立って」
「怖いんだな、女って」
「黙っていない美紀ちゃんだって、すごいと思うぞ」
「そうなのか?」
「あの先制パンチを受けてからの出張アピールだ、そうはできないもんだぜ」
「で、どっちがどうなんだよ?」
「壮絶な打撃戦の末、十対九で外村ちゃんが優勢だな」
豆キチさんとマスターったら、勝手に実況と解説を始めないで。
それでも、十対九なら狙っていた先制攻撃には成功したのよね。
第二ラウンド、ジャブの応酬。
「すみません、鶏の唐揚げを二人前ください!」
ハナマルったら、ゴウさんに聞きもせずに勝手に追加の注文をしているわ。
鶏の唐揚げは、いつもなら次のターンで注文するのに。
「先輩は、唐揚げが好きですものね」
あたしを制して、自分から攻撃をしかけるつもりね。
それなら、間髪を入れずにあたしだって。
「レモンを半分と、いつものおろしニンニクを付けてね」
「レモンはともかく、ニンニク?」
おやって顔をハナマルがしている、ってことは。
ハナマルの前では、鶏の唐揚げを食べるときにニンニクは使わないのね。
このパターンの攻撃は、意外と効果があるのかもしれないわ。
「マスター、今度は何があったんだ?」
「美紀ちゃんが、シノちゃんの好きな鶏の唐揚げを注文しただろ」
「ああ」
「外村ちゃんは、自分の方が好みを知っていますってアピールをしたんだよ」
「シノは唐揚げを食うときに、レモンとおろしニンニクが不可欠ってことか」
「美紀ちゃんと食事をするのは、仕事がからむときだから使わないんだろ」
マスター、的確な解説をありがとう。
続けてあたしに有利な判定も、よろしくお願いします。
「どっちが勝っているんだ?」
「ジャブの応酬だが、ここも十対九で外村ちゃんだな」
連続してあたしが優勢、このまま押し切るわよっ!
あたしとハナマルが、これだけバチバチやっているのに。
平然と、二ターン目の注文をしたゴウさん。
銀ダラの西京焼きと、いつもなら三ターン目で頼むしめサバを。
二ターン目に頼む鶏の唐揚げは、さっきハナマルが頼んじゃったものね。
「西京焼きにはレモンを付けて、しめサバはショウガで」
こんなときでも、そう付け加えるのを忘れないあたし。
ここで、ゴウさんがお店の奥に向かって。
「おい新聞屋兄弟、さっきからこそこそと何をしているんだ」
「外村ちゃんと美紀ちゃんのどっちが勝つか、賭けを」
「ひと口千円から、なんです」
「のんきでいいな、野次馬は」
「それより、おまえもどうだ?」
「当事者なら、有利ですよね」
「遠慮しておくよ」
ゴウさんがそっぽを向くと、意外にもハナマルが。
「じゃあ、あたしの勝ちに千円」
「ありがとう、ちなみに俺は美紀ちゃんの勝ちに賭けているからね」
「俺も」
「うれしい、じゃあ頑張るわね」
ただでさえ、カウンターが実況席みたいになっているのに。
奥では賭けまで成立しているなんて、いったい何なのよ。
しかも、兄弟ともあたしに賭けていないなんて。
このバチバチの当事者である、あたしやハナマル。
バチバチのもとである、ゴウさん。
この状況を楽しんでいる、マスターや豆キチさんたち。
そんな面々に比べてかわいそうなのは、まったく関係がない香澄よ。
こんなことのために来てもらったんじゃないのに、ごめんね……。
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