第十三話 ハナマルがやってきた 前編
ゴウさんがあたしと同居していると、ハナマルが知った今。
何らかのアクションを起こしてくるのは、ほぼ確実。
気の強そうなハナマルが、指をくわえているとも思えないし。
今のうちから、さまざまな事態を想定して対処方法を考えておかなくちゃ。
その場になってからバタバタしているようじゃ、負けは必至だもの。
まずは、状況分析ね。
あたしの最大のメリットは、ゴウさんと一緒に住んでいること。
ハナマルが、あたしのメリットに対抗するとしたら。
当然、自分のメリットを最大限に利用するでしょうね。
ハナマルのメリットはゴウさんと同じ部署、しかも同じチームってこと。
だから、会社でゴウさんに仕掛けてくることが予想されるけれど。
こればかりは、あたしには防ぎようがないし。
次は、戦場か。
まさか、この家に押しかけてくるなんてことはないと思うけれど。
万が一そうなったとしても、この家を戦場にするのは論外ね。
この家はあたしにとって、ゴウさんとの愛の巣ですもの。
あたしの味方、少なくとも敵ではない人がいて。
なおかつ、ハナマルが知らない場所といったら……。
そして、攻撃と防御。
ハナマルの攻撃に対して、今のあたしが装備している有効な武器は。
右手に、ゴウさんからの「奥さん容認発言」という剣。
左手には、「将来の婚約指輪」という盾。
これで、攻撃と防御は完璧なはず。
かかってきなさいハナマルっ、返り討ちにしてあげるから。
鼻息も荒く、そう意気込んでおりますが。
奥さん容認発言については、ゴウさんから明確な返事はなかったし。
指輪については、あくまでも今は参加賞だもの。
本当に、大丈夫かしら?
最後に、戦法ね。
それについては、じっくりと考えましょ。
ハナマルだって、今すぐにアクションをおこすことはないでしょうし。
なんてことを考えていた、あたしが甘かったのかしら?
予定していた出張が中止になり、週末が連休になったゴウさん。
一緒に住むようになってから、土日ともお休みになるなんて初めてだもの。
これを絶好のチャンスと言わずとして、何をチャンスと言うのよ。
ゴウさんのお部屋でまったりしているときに、精一杯の甘い声でおねだり。
「週末に、友達が遊びに来たいと言っているんだけれど」
「友達?」
「高校から大学まで一緒……、後輩だった子なの」
「土日が連休になるなんて、俺には半年に一度あるかないかのことなんだぞ」
「それは分かっているけれど、だめ?」
「会うなら、おまえの実家で会えばいいじゃないか」
「だめよ、実家だと来てもらう意味がなくなっちゃうんだもの」
「どうして」
「ゴウさんを自慢したら、ぜひとも会いたいって言われているからよ」
「自慢したって、おまえは何をべらべらと」
「だって、得意になってつい……」
「何がつい、だ」
「ねえ、本当にだめなの?」
とっておきの甘い声には、多少なりとも効果があったみたいで。
「そいつは、同居を始めとした俺たちのいきさつを知っているのか?」
「うん、話してあるわ」
「だったら、気を使って俺がわざわざ外に行く必要もないか」
予想をしていたよりずっと早く、ゴウさんが折れてくれたのはラッキー。
「いいの?」
「ああ、構わないよ」
「やったあ、お泊まりをしてもらっていいでしょ」
「遊びに来させるだけじゃなく、ここに泊まらせるつもりか」
「だって、もう約束しちゃったもの」
「本当にしょうがないな」
そもそもの発端は、久しぶりに香澄と会ったときの会話から。
香澄とは、川木香澄。
ただ一人、今回のいきさつなどすべてを話してある大の親友なの。
「で、どうなのよ?」
「どうなのって、何が?」
「憧れの後ろ姿の君との同居生活はどうなのかって、聞いているんでしょ」
ゴウさんのことを聞きたくてたまらないのね、香澄ったら。
いいでしょう、あたしだって話したくてたまらないんだもの。
「まあまあって感じかな、悪くはないわね」
「あなたにとっては、長年の悲願がかなったんだものね」
実際は毎日が最高なんだけれど、ちょっと余裕を見せてみる。
「初恋で十七年越しの純愛だなんて、本当にロマンティックねえ」
「だから、まあまあだってば」
またまた余裕を。
「ねえ、十七年ぶりに会った彼はかっこよくなっていた?」
「そりゃあもう、えへへ……」
さっきまでの余裕はどこへやら、にやにやが止まらないわっ!
「うれしそうにしちゃって、どんな人になっていたのよ?」
「口は悪いしそっけないけれど、優しいしかっこいいし」
「お仕事は何をしているの?」
「会社員よ、コンピューター関係のお仕事をしているの」
「コンピューターを売っているの?」
「ううん、SE兼CEなんだって」
「何よ、それ?」
「自分の会社で使うシステムを設計したり作ったり、機械の設置や管理を」
「そう聞いただけじゃ、何をしているのか分からない仕事ね」
「あたしにもよく分からないの」
知りたければ自分で調べろ。
ゴウさんにそう言われて調べてみたけれど、ちんぷんかんぷんだったし。
「それで、お部屋は別々なんでしょ?」
「お部屋は別だけれど、ひとつのベッドで一緒に寝ているわよ」
「一緒に寝ているって、いつからよ?」
「同居を始めた、初日からだけれど」
「初日からって、彼氏って意外と手が早いのね」
手が早いも何も、手なんてこれっぽっちも出されていないんですけれど。
「リアルな恋愛経験のないあなたが、奥手なのをいいことに」
「違うわ、あたしからおねだりをしたのよ」
おねだりというより強引に、だけれど。
「あたしが行って、きっちりと意見してあげるわ」
「やめてよ、一緒に寝ているだけなんだから」
「そんな言い逃れ、今どき通用するとでも思っているの」
「言い逃れじゃないもん」
「どこかの芸能人じゃあるまいし、ひとつのベッドでただ寝ているだけって」
「だって、本当だもん」
「それが本当なら、後ろ姿の君はそっちに興味がないのかもね」
「女性に興味がないなんて、そんなことはないもん」
「どうして、断言できるのよ」
「我慢ができなくなるシチュエーションがあるって、言っていたもの」
「でしょうね、若い娘と一緒に寝ていれば誰だって」
「それに、……ちゃったもん」
「何、聞こえないわよ」
「だから、うっかり見ちゃったのよ」
「見たって、何を?」
「だから、その……」
「ちょっと、何もなかったって言ったくせにっ!」
「彼より先に起きたときに、偶然パジャマ越しに見ちゃっただけだってば」
「本当に、それだけ?」
「うん」
あのときはびっくりしたわ、男の人のあれがあんなになるなんて。
口から心臓が飛び出しそうになって、その後は眠れなかったのよね。
「だとしたら彼氏って偉いわね、普通の男性には我慢ができないわよ」
「そうなの?」
「なかなかできることじゃないわ、もんもんとしてつらそうにしていない?」
そうなのかな、ゴウさんはつらいのを我慢しているの?
なんて、あたしが動揺していたら香澄が。
「あたしがお泊まりで遊びに行って、確認してあげるわ」
「いきなりそんなことを言われても、ゴウさんに聞いてみないと」
そう言ってはみたものの。
香澄をゴウさんに会わせて、自慢したくてたまらないっ!
あたしが甘い声でおねだりをしていたのには。
香澄との間で、そんなやり取りがあったからなんです。
おねだりの効果が抜群だったかどうかは、さておくとして。
晴れて承諾を得た結果、さっきうちに着いた香澄はあたしとリビングに。
「飲み物を用意するから、階段を上って右のお部屋で待っていてちょうだい」
「二階に上がって、右のお部屋ね」
お聞きのとおり、あたしは右。
つまり、ゴウさんのお部屋に行くように香澄へ伝えたんです。
なのに、左の部屋のドアにATSUKOと書かれたプレートを目にすると。
「右って言っていたけれど、あの子の部屋は左じゃない」
確かに、あたしのお部屋は左だけれど。
待っているようにあなたへ伝えたのは、右のゴウさんのお部屋よ。
だって、今はまずいんだもの。
あたしのお部屋では、ゴウさんが散乱した服や本の片付けをしているから。
そんなあたしの願いが届くことはなく、左のお部屋で香澄が見たのは。
入ってきた自分を見ようともせずに、お部屋の中を片付けているゴウさん。
「客を泊めるのに、掃除どころか片付けすらしないつもりか」
「えっ?」
いきなりそう言われて、戸惑っている香澄に。
「俺が片付けるから、おまえはいつもどおり服を仕分けしていろ」
「あの……、わたしは」
「いや、むしろおまえがいると邪魔か」
ゴウさんたら、香澄のことをあたしだと思っているみたい。
香澄に背を向けたまま、片付けを続けながら。
「片付けは俺が一人でやっておくから、おまえは飲み物の用意でもしていろ」
「お部屋で待っていてって言ったのに、どうして下りてきちゃったの」
顔を上気させて、一階に下りてきた香澄にそう聞くと。
「後ろ姿の君に会っちゃったのよ、顔は見ていないけれど」
「ゴウさんに会ったって、とこて?」
「あたし、左の部屋に入ったんだけれど」
ゴウさんに会うのも当然よね、あたしのお部屋に入ったなら。
「どうして左のお部屋に、右のお部屋で待っていてって言ったでしょ」
「あなたの名前のプレートが掛かっていたから、言い間違えたと思ったのよ」
「だからって」
「それより、どうして後ろ姿の君があなたの部屋の片付けをしているのよ」
「話したでしょ、あたしはお掃除ができないってことに……」
「そうだったわね、ごめん」
「とにかく、右のお部屋で待っていてね」
「でもね、変なのよ」
「変って、何が」
「後ろ姿の君って、やけに聞き覚えがある声だったの」
しきりに首をかしげている香澄。
香澄にゴウさんをどう自慢するか考えていたら、早くもひと騒動。
それが収まったばかりなのに、玄関のチャイムが鳴るなんて。
こんなときにいったいどこの誰よ、まったく。
そんな文句を言いながらドアを開けてみると、そこにいたのは。
驚くことなかれ、ハナマル!
押しかけてくるかもと思ってはいたけれど、何も今日じゃなくても。
「先輩はいますか」
どうしてあなたがうちに来るのよ、って顔をしているあたしと。
あたしの顔を見るなり、露骨に敵意や嫌悪の表情を浮かべているハナマル。
「出張が中止になって先輩も暇でしょうから、遊びに来ちゃった」
いきなり、こんな形で戦闘開始ですか?
とりあえずハナマルを玄関で待たせておき、二階へ行ってゴウさんに。
「悪いけれど、手を止めてくれる」
「この忙しいときに、何だ」
「下に来てほしいのよ、ハナマルが来たから」
「南野が来たって、いきなり何をしに来たんだ?」
そんなことを、あたしに言われても。
「香澄もいるのに本当に迷惑だわ、早く追い返してよ」
「ちょっとやそっとじゃ、南野が帰るとも思えないが」
そう言うなり、一階に下りていっちゃった。
「何をしに来たんだ」
「引っ越しのお祝いのついでに、遊びに来たんです」
「今日はまずいんだ、客が来ているから」
「あたしだって、お客でしょ」
誰がお客よ、勝手に押しかけてきたくせに。
「来るなら来るで、連絡ぐらいよこせよ」
「先輩が心配だったのよ、女性の下着の洗濯方法なんて電話で聞いてくるし」
「それについては話が済んでいるから、おまえが心配する必要はないんだ」
ハナマルにとっては、話が済むどこではなさそうで。
ゴウさんの話を遮ると、いちオクターブほども上がった声で。
「どうして、先輩がその子の下着を洗濯しているのよっ!」
「あたしが、ゴウさんと結婚をするために同居をしているからじゃない」
ゴウさんに代わって、あたしがそう答えると。
さらに血相を変え、ゴウさんに詰め寄るハナマル。
「結婚に同居だなんて、このいかれ娘が言っていることは本当なのっ!」
「誰がいかれ娘よ」
そう言い返すあたしをよそに、ゴウさんったら。
「本当かって、どっちのことだ」
「どっちって?」
「同居をしているってことか、それともいかれ娘ってことか」
いかれ娘って、ゴウさんまで。
「同居ってことに決まっているでしょ!」
あたしとハナマルが、同時に叫ぶ。
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