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第十二話 あたしとゴウさんのギブアンドテイク 後編

「何だって、もう一度言ってみろ」

「さっきから言っているでしょ、今朝早くにパパから国際電話があったって」

「俺が聞いているのは、おやじさんが何と言ったかについてだ」

「だから、火災保険と車の保険の更新をするように言われたんだってば」

「何でまた、いきなり」

「保険の更新日が今日だと、保険屋さんからパパに連絡があったんだって」

「そんなの前から分かっていたことだろ、どうして放っておいたんだ」

「一度、こっちに帰ってくるつもりだったんでしょ」

「できないだろ、そんな理由で一時帰国なんて」

「とにかく、今は忙がしいから帰国できないんだって」


「書類は記入済みで、お金と一緒に会社のパパのお部屋にある金庫の中に」

「そんなものを、どうしてわざわざ会社に」

「いつもは、保険屋さんに会社に来てもらうからでしょ」

「それで、何をしろって言われたんだ」

「会社に行って、更新書類とお金が入っている封筒を取ってきて」

「行くって、今日?」

「保険屋さんが三時にうちに来るようにしたから、更新の手続きをしろって」


「おまえに頼まなきゃならないなんて、おやじさんも災難だな」

「まさか、パパはこんな大事なことをあたしに頼まないわ」

「自慢げに言うことかよ、おまえに頼まないで誰に頼むんだ」

「決まっているじゃない、ゴウさんによ」

「俺に、だと?」

「心配をしなくても、更新書類の記入は終わっていてお金も一緒なんだから」

「だったら、会社のやつにやらせればいいだろ」

「会社の金庫だから、パスワードは社内の人には教えられないんだって」

「おまえが行けばいいだろ、学校は創立記念日で休みなんだし」

「ゴウさんだって振替休日でしょ」

「俺は他人で、おまえは実の娘だ」

「会社勤めをしたことがないあたしに、会社に行って何かをさせるなんて」

「俺の会社には来て、さんざんなことをやったくせに」

 痛いところをついてくるわね。

「それに、保険の更新だっておまえがすればいいだろ」

「あたし一人しかいない実家に、保険屋さんを入れるの?」

「他人の俺が会社に行ったり、更新したりするよりはましだろ」

「パパが言っていたんだもの、ゴウさんに頼めば大丈夫だからって」

「おまえに似て能天気なのか、おやじさんは」

「会社勤めのゴウさんなら、パパの会社に行きやすいだろうって」

「どんな理屈だよ」

「保険屋さんも、男性の方が信用するだろうし」


「ちょっと待て、どうして会ったこともない俺の名前がおやじさんから……」

「ゴウさんを、未来の娘婿だと思っているからでしょ」

「誰が娘婿だよ」

「あたしだって、忘れ物を届けてあげたじゃない」

 それを言われちゃって顔でため息をついたわ、だったらもうひと押しよね。

「これってギブアンドテイクでしょ、鶴の恩返しみたいなものよ」

「強要される恩返しなんて、聞いたことがないぞ」

「そんなことを言わないで、外村家のピンチなんだから助けてよ」

「人を、正義のヒーローみたいに」

「早く行きましょ、会社の人にはパパが電話しておくからって」

「くそっ」

 ゴウさんったら、さっきより大きくて長いため息をついちゃって。




 そんなわけで、あたしたちはゴウさんの車でパパの会社へ向かうことに。

「で、おやじさんの会社はどこにあるんだ」

 出発する前にそう聞かれたんで、パパの名刺を渡すと。

「おい、おやじさんの会社ってここなのかっ!」

「そんなに慌てて、どうかしたの?」

「ここなら、俺の会社とは大通りを挟んで向かいだぞ」

「ええっ!」

「この間、うちの会社に来たときに気づかなかったのかよ」

「だって、パパの会社なんて行ったことがないもの」


 走り出した車の中では。

「じゃあ、手順をもう一回言ってみろ」

「えっとね、まずはパパの会社に行く」

「そんなところからじゃなくて、会社に着いてからだ」

「受付で、総務課の山村さんを呼び出す」

「その山村さんには、おやじさんから話を通してあるんだよな?」

「大丈夫よ」

「ふん、どうだか」

「事情を話してある山村さんが立ち会えば、パパのお部屋に入れるんだって」

「随分軽く請け合うな、こんな騒動の張本人はおやじさんなんだぞ」

「で、山村さんにパパの部屋へ連れていってもらう」

「それから」

「金庫を開けて……」

「ちょっと待て、金庫のパスワードは控えてあるのか」

「当然でしょ、胸のポケットにメモが入れてあるわよ」

「自慢げに言うことかよ、続きを」

「保険の更新書類とお金が入っている封筒を取り出して、会社を出る」

「金庫にはいろいろ入っているんだろ、どれがどれだか見分けられるのか?」

「それも、メモに書いてあるわ」

「会社を出てからは」

「実家に帰って、保険屋さんが来たら更新の契約をする」

「それでしまいか」

「うん、ちゃんと覚えているでしょ」


 そんなことを言っているうちに、パパの会社の前に到着。

「どうしてここで止めるの、地下の駐車場に入れればいいのに」

「この車は、ロードクリアランスが十センチそこそこしかないからだよ」

「ロード……、って何?」

「車と地面の隙間が十センチそこそこしかない、ってことだ」

「ないと、どうなるの?」

「あのスロープの角度じゃ底をこするから、コインパーキングを探すんだ」

「ゴウさんの会社に、駐車場はないの?」

「あるけれど」

「だったら、そっちに駐車すれば」

「避けておきたいんだよ、誰かに見られて大騒ぎになるのは」

「どうして大騒ぎになるの?」

「俺のだって知られている車で、おまえと一緒なのを見られるんだぞ」


 近くを何周かしたけれど、運悪くどこの駐車場も空いていなくて。

 もう一度、パパの会社の前に車を止めたゴウさんは。

「俺が書類を取りに行っている間、ここに駐車しておくから」

「あたしは?」

「駐車違反にならないように、おまえは運転席に座っていろ」




 ロビーで、総務課の山村さんを呼び出そうとしたゴウさん。

 受付のお姉さんに、用向きと山村さんを呼んでもらうことを伝えると。

「外村の役員室にある金庫の中から書類を、ですか」

「はい、山村さんに立ち合ってもらい取ってくるように言われまして」

「外村とのご関係は?」

「か、関係って……」

 何の関係もないって言いたいのか、言葉に詰まっているじゃない。

 役員室に入り金庫を開けるのに、ただの知り合いではまずいと思ったのか。

「ちょっ、長女の婚約者です」

 痛恨の極みだって顔をして、そう答えたゴウさん。

 どうせ覚悟を決めたなら、そこまでの顔をしなくてもいいのに。


 山村さんとの電話で、パパから伝えられていると聞いたお姉さんは。

「こちらに、訪問相手の名前とご自身のお名前をお書きください」

 来訪者記入名簿を渡される。

「訪問相手とのご関係に、ご自身の連絡先のご住所と電話番号も」

 渋々ながら書き終わり、しばらく待っていると山村さんが来て。

 お互いに気まずそうにあいさつを。

 パパからの連絡は伝わっているみたいで、役員室に案内されたんだけれど。

「えっと、金庫のパスワードは……」

 って、メモはあたしの胸ポケットに入ったままじゃない!

 多分に情けない事情を山村さんに説明して、二人でロビーに戻り。

 五分で戻るからと、ゴウさんはあたしの待つ車へと猛ダッシュ。


「早かったわね、もう終わったの?」

「肝心なメモがおまえの胸ポケットにあるのに、どうやって金庫を開けろと」

 吐き捨てるようにそう言って車に乗り込むと、地下駐車場へ。

「どうして駐車場に入れるの、入れないって言っていたでしょ」

「下り始めと終わりだけ、こうやって慎重にすれば」

 そう言うそばから。

「おい、ガリガリって音がしなかったかっ!」

「気にしていないわよ、そんな音なんか」

「畜生……」

 駐車するなり車体の下をのぞき込むゴウさんは、動こうとしないんで。

 強引に手を取って、山村さんが待つロビーに向かう。


 ロビーの受付カウンターでは。

「ここに、おやじさんの名前とおまえの名前を書くんだ」

「はあい」

「で、下段におやじさんとの関係におまえの連絡先を」

 あたしにとってはラッキーで、ゴウさんにとってアンラッキーだったのは。

 ゴウさんが来てから今までの間に、訪問者が誰一人としていなかったこと。

 すぐ下の欄に書くことになるから、ゴウさんが書いた内容が見えるわけで。

「きゃ~っ!」

「どうした、ロビー中に聞こえるようなでかい声を出して」

「だって、長女の婚約者って書いてあるんだもの」

「他に何て書くんだ、おやじさんからはそう伝えてあるんだろ」


 待っていてくれた山村さんと、パパのお部屋に行くと。

 パスワードが書いてあるメモを片手に、ゴウさんが金庫を開けて。

 保険の更新書類とお金が入っている封筒を、ようやく手にしたの。


 山村さんにお礼を言ってから、ロビーに下りると。

 入館証を返却するときに、あたしは受付のお姉さんにおねだり。

「あの、さっき記入した紙のコピーをいただけますか?」

「どうしてそんなものを欲しがるんだ」

「だって、ゴウさん直筆で長女の婚約者って書いてあるのよ」

 あたしの熱烈抗議を無視したゴウさんは。

「のんきなことを言っていないで、さっさと行くぞ」

 愛車が傷ついているかどうかを、一刻も早く確認するために。

 一目散に、地下駐車場へと向かうのでした。




 ガリガリって音は気のせいだったようで、帰り道のゴウさんは鼻歌交じり。

 実家に着くなり封筒を開けて、更新書類に目を通してチェックをしている。

「何をしているの?」

「あれだけ苦労をしたのに、記入もれで更新できなかったら残念だろ」

「心配性ねえ」

「チェックをして正解だな、まだ押印していないからおまえがしておけよ」

「どこにあるのか知らないわよ、パパのはんこなんて」

「おまえのはんこでいいよ、同じ名字なんだから」

「あたしのはんこだって知らないわ、一緒にしまってあるもの」

「どこにしまってあるのか、見当もつかないのか」

「あのねえ、あたしにおうちのことを聞かれても」

「聞いた俺が間違っていたよ、さっさとおやじさんに電話をして聞くんだな」

「こんな時間に電話をするの、シドニーは真夜中かも」

「日本と二時間しか違わないよ、今が一時だから向こうは三時で真っ昼間だ」

「ゴウさんがかけてよ」

「どうして俺が、会ったことも話したこともないんだぞ」


「もしもし、パパ?」

 あたしが電話したけれど、つながったら速攻で受話器をパス。

「久しぶりなんだろ、親子のあいさつもなしにいきなり代わるなよ」

「そんなに大声を出したら、パパに聞こえちゃうでしょ」

「受話器はふさいであるよ」

「とにかく頑張ってね、婚約者の父親とのファーストコンタクトなんだから」

 ファイトのポーズをするあたしを、きっとにらんでから。

「初めまして、お嬢さんの知り合いの篠原といいます」

「知り合いじゃなくて、婚約者でしょ」

 横からそう言うと、おまえは黙っておけって顔をされちゃった。

「いえ、こちらこそお嬢さまにはお世話になっております」

 そんなやり取りを繰り返して、ゴウさんはパパに事態を説明。

 めでたくも、はんこの在りかを聞き出すことに成功したの。


 書類に押印してしばらくすると、保険屋さんが来て。

 あっという間に、手続きが完了。

「お疲れさま、とん起に行きましょ」

「あのなあ、お疲れさまじゃなくてありがとうだろ」

「婚約者に対して、そんな他人行儀な」

「誰が婚約者だよ」

「自分でそう書いたじゃない、さっき」

「契約の更新が終わったって、おやじさんに電話をしろよ」

「後でいいわよ」

「各方面に迷惑をかけているんだぞ、おやじさんも気をもんでいるだろうし」

 そう言いながらも、パパに電話をしてくれたゴウさん。

 いっぱいお礼を言われていたみたい。

「今日はパパに恩を売ったから、後々にいいことがあるかもね」

「恩を売ったんじゃなくて純然たる人助けだよ、それに後々って」

「決まっているでしょ、あたしたちが結婚するときじゃない」

「そんなことを言うなら、もう遊んでやらないからな」




 今日のゴウさん、いつにもましてすてきだったな。

 パパの会社でも保険屋さんの相手をしていても、てきぱきとしていて。

 こんな姿を、いつも間近で見ているんだもの。

 ハナマルがゴウさんを好きになっちゃうのも、無理はないわね。




Copyright 2024 後落 超


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