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第十話 やぶへびには参加賞と月夜の波乗りを 後編

「おい」

 ふにゃ……。

「おいったら!」

 あれ?

「さっきから様子がおかしいぞ、大丈夫か?」

 はっ!

「何に驚いているんだ、大丈夫かって聞いているんだよ」

 ゴウさんにそう言われ、われに返ったあたし。

 いけない、いけない。

 きっと、指輪を目にしてあまりにもうれし過ぎたからね。

 どっぷりと妄想に入り込んでいたわ。

 体がぐらぐらする気がしていたのは、ゴウさんが揺さぶっていたからか。

 気のせいじゃなかったのね。


「ずっとにやにやしているから、心配したぞ」

 あれだけ妄想をしていたら、にやにやするのも当然でしょ。

 でも、がっかりだわ。

 この指輪が婚約指輪で、ゴウさんがプロポーズしてくれたのも。

 あの熱い……、も。

 一連の夢のようなできごとが、すべて妄想だったってことだもの。

 そりゃそうね、そんなにうまい話があるわけないわよね。


 あたしの表情から、何があったのか察したゴウさんは。

「また自分に都合よく、これが婚約指輪だとでも勘違いをしていたんだろ」

 失礼しちゃうわ。

 あれは勘違いなんかじゃなくて、れっきとした妄想ですからね。

 勘違いは現実での思い違いで、妄想は頭の中でのすてきなできごとです。

「まったく、どれだけおめでたいんだよ」

 こんなシチュエーションで渡されたら、誰だって婚約指輪だと思うわよ。

「だったら、この指輪は何?」

「それを今から話そうとしていたんだろ、なのにおまえが勝手に勘違いを」

 ふんだ、じっくりと聞かせてもらおうじゃないの。


「おまえと同居を始めてから、ずっと考えていたんだ」

「考えるって、何を?」

「俺と同居をするために、おまえがオバちゃんの家に引っ越してきた理由だ」

「そんなの、決まっているわ」

「俺と結婚をしたいから、だろ」

「うん」

「結婚うんぬんについては、俺は最初から同意していないが」

「立派な婚約指輪を手にしながら、まだそんなことを言っているの?」

「だから、婚約指輪じゃないと言っているだろ」


「それでも、おまえの覚悟だけは認めているんだ」

 あたしの、覚悟?

「おまえはおまえで、いろいろなものを犠牲にしているんだろうから」

 別に、犠牲にしているものなんて何もないと思うけれど。

「おまえだけが高い参加費を払うんじゃ、借りができそうで」

 参加費って何よ、それに借りなんて言われても……。

「だから、俺も相応の参加賞を用意したんだ」

「この指輪って、ゴウさんの参加費なの?」

「どうして俺が、自分への指輪を用意するんだよ」

「だったら誰のよ?」

「俺のじゃなくて、おまえへの参加賞を俺が用意したんだ」

「あたしへの参加賞?」

「結婚前の娘が、親を説得して」

 特に説得はしていないし、むしろママは乗り気だったんですけれど。

「実家を出て男と同居するんだ、世間体やそれなりのリスクはあるだろ」

 あなたとの将来に備えて、結婚生活の予行練習をしているだけなのに。

「だから、ゴウさんがあたしに婚約指輪を用意してくれたってこと?」

「おまえってやつは、お手本のようなぬか喜びをしているじゃないか」

「だって、うれしいんだもの」

「婚約指輪じゃなくて、今はまだ参加賞だって言っているんだ」

「まだってことは、いつかは婚約指輪になるんでしょ」

「ひょっとしたら、そうなる可能性だってあるかもな」

 おおっ!

「それって、あたしが奥さんになってもいいと認めたってことよね」

 明確な返事こそないものの。

 将来の婚約指輪を渡された上に、奥さん容認発言だなんて。

 進歩も進歩、大進歩じゃない!

 指輪そのものよりも、今の言葉の方がよっぽど参加賞にふさわしいわ。


 今にも喜びの舞でも踊り出しそうなあたしに、くぎを刺すかのように。

「また勝手な解釈をして、ぬか喜びするなと言っているだろ」

「それにしても、参加賞にダイヤモンドの指輪なんて高額すぎるんじゃ?」

 奥さん容認発言があった、今となっては

 この指輪が婚約指輪だろうが参加賞だろうが、どっちでも構わないけれど。

「おまえ、自分の価値はこの指輪には及ばないと思うのか?」

 軽く笑いながら、微妙な質問をされちゃった。

「高額すぎるとおまえが思うからこそ、参加賞として意味があるんだよ」


「これって、あたしが持っていていいの?」

「今からおまえに持たせておいたら、何にもならないだろ」

「何だか、お預けをされているみたいね」

「まさにお預けだからな、おまえのやりがいのためだよ」

「やりがい?」

「おまえだってこれを婚約指輪にするって目標があれば、頑張れるだろ」

「うん」

 何を頑張ればいいのかまったく分からないけれど、全力を尽くすと誓うわ。

「それに」

 ここで言葉を切って、少し間をおいたゴウさん。

「おまえがこれを婚約指輪にしたいなら、じきに結末が見られるだろうから」

「結末って、何の?」

 あたしの質問には答えずに。

「海が近いから日が暮れると風が寒いな、そろそろ帰るか」

 そう言うと、車に乗り込んだゴウさん。

 今日のドライブって、指輪を見せるためだったのかな。

 違うわよね、おうちで見せても良かったはずだもの。

 それに、結末って言っていたわよね。

 何の結末かしら……。




 走りだした車を、ゴウさんは高速道路へ。

「夕飯はどうする、おまえの家の近くにある焼き肉屋にするか」

「どうして焼き肉屋さんなの、とん起だと豆キチさんたちがいるから?」

 さっきの話の続きをするから、聞かれたくないのかな。

 それとも、特別な日だから気を使ってくれているのかしら。

 なんて思っていたのに。

「駅の向こうのとん起まで歩いていくのが、面倒だからだよ」

「面倒って、いつも歩いているじゃない」

「今日は車を置きに行くんだ、おまえの家から店まで歩くことになるんだぞ」


 真っ暗闇の中を、沈黙しながらのロマンチックなドライブ。

 右に左にカーブしながら、ずっと先まで続いている夜の高速道路は。

 いつも見慣れている景色とは、少し違って見える。

 車が少なくて、テールランプやヘッドライトに邪魔されないからかしら。

 それとも、ゴウさんの車の車高が低くて目線が下がるから?

 等間隔に並ぶライトに照らされて、高速道路が浮かび上がっているようで。

 まるで浜辺に打ち寄せては引いていく波のようで、とっても奇麗。

 滑るように走っていると、月明かりの中で波乗りをしているみたい。

 環状線に合流するまで、波乗りドライブを満喫しながら考えたの。


 あたしが払った犠牲の代償として、参加賞を用意したと言っていたけれど。

 犠牲なんて言われても、ねえ。

 好きでやっていることだから、犠牲にしたものなんて何ひとつないし。

 何なら、今の生活はかなり楽しいし。

 それでも、あの参加賞がいずれ婚約指輪に昇格するなんて聞いたら。

 確かに、励みにはなるわね。

 参加賞とドライブのおかげで、もやもやがすっかり晴れちゃったみたい。




 ゴウさんの車を置くために、あたしの実家へ到着。

「ちょっと待っていてね」

 おうちの中に入り、ママから聞いておいた場所から鍵を取ってくる。

「はい、シャッターの鍵よ」

 駐車場に車を止めたゴウさんは、シャッターを閉めながら。

「屋根だけじゃなく、シャッターまで付いているのは最高だな」

 ごきげんな顔で、シャッターの鍵をキーホルダーへまとめている。




 近所の焼き肉屋さんで夕ご飯を食べてから、おうちまでの帰り道でも。

 夜のお散歩を楽しんでいたあたしは、大いに満足をしていたの。

 なのに、なのによ。

 おうちに帰ってくるなり、階段の下の物入れをのぞいているゴウさん。

「何を探しているの?」

「荷作り用のビニールのひもだよ、確かここにあったはずなんだが」

 結局、物入れに入っていたあらかたの荷物を外に出すことになり。

 ようやく見つけたビニールのひもを手にすると、二階へ。


「こんなひも、何に使うの?」

 あたしの質問には答えず、自分のお部屋に入ったゴウさんは。

 指輪をビニールのひもに通したと思ったら、ベッドに乗ると。

 ひもをカーテンレールに結び、指輪をぶら下げたの。

「これじゃまるで、馬の鼻先にぶら下げるニンジンじゃない」

「ご名答、おまえにしては珍しく正解だな」

「ふんだ、こんなことで褒められてもうれしくないわ」

「こうやって毎日のように見ていれば、おまえの励みになるだろうと思って」

「はさみであっという間に切れちゃうわよ、こんなひも」

「いいよ、切りたければ切って」

「えっ、切ってもいいの?」

「別に構わないよ、これはおまえのプライドの問題だから」

「あたしの、プライド?」

「おまえにプライドがあれば、このひもは鉄の鎖よりも固いんだ」

 目の前にニンジン、じゃなくて指輪をちらつかせておいて。

 いつでも手にできるのに、そうさせないようにガードしているのは。

 よりによって、あたしのプライドだなんて。

 無造作に見えても、ゴウさんらしい緻密な作戦なのね。




 そんな作戦に負けじと、気を取り直したあたしは。

「指輪のことを、ママに教えてあげなくちゃ」

 喜び勇んで、お部屋の外にある電話の子機を手にすると。

「こんなことで、わざわざ国際電話をするのか」

「おめでたいことだもの、少しでも早く教えてあげたいのよ」

「たかが参加賞だぞ、たいして伝えることもないだろ」

「電話で伝えることを整理するから、チェックするのを手伝ってね」


「それじゃあ始めるわよ、今日はゴウさんから婚約指輪を……」

「おい、最初から間違っているぞ」

「そうかしら?」

「今はまだ婚約指輪じゃなくて、ただの参加賞だろ」

「それをそのまま伝えたら、ママが混乱しちゃうでしょ」

「だからって、違うものは違うんだから」

「細かいことはいいから続けるわよ、今日は婚約指輪をゴウさんがくれて」

「そこも間違っているぞ、まだもらえていないんだから用意してくれてだろ」

「今はあたしのものじゃないなんて言ったら、変に思うわ」

「変も何も、正真正銘におまえのものじゃないんだから」

「ごちゃごちゃ言わないで、さっきから細かいことばかり」

「少しも細かくないだろ、ここが本質なんだぞ」

 話が先に進まないから無視をするのよ、無視。

「毎日あたしから見えるところに、ゴウさんが保管して……」

「保管じゃなくてつるして、だろ」

「こんな大切なものをつるしているなんて言ったら、もっと心配するでしょ」

「うそも方便ってか」

「違うでしょ、親に心配をかけたくない娘の心遣いと言ってよ」

「おまえについては、両親だって他に心配すべきことが山積みだろうからな」

 何よ、鼻で笑っちゃってさ。


 それから何回も訂正された結果、ママには正直に話すことにしたの。

 だって、ゴウさんが言ってくれたんだもの。

「ここでうそをつくと、後になってからもっと心配させることになるんだぞ」

 そんなことなら、いつも痛感しているわ。

「自分のことを心配してくれている相手には、正直に話すべきだろ」


 結局、ママに伝えた内容は。

 これは将来の婚約指輪で、今はまだ参加賞でしかないこと。

 もっといえば、ただのニンジンで。

 それでも、ゴウさんが指輪を買ってくれたのは事実だから。

 今のあたしは、それに満足しているって。

 さすがに、奥さん容認発言については時期尚早だろうと自重したけれど。

 心配しているママに、こんなに早く良い報告ができたのはうれしかったな。

 ちょっぴりだけ残っていたもやもやが、完全に晴れた感じがするわ。

 あの指輪をカーテンレールにぶら下げたのにも、きっと理由があるのよね。

 早くあたしの左手の薬指にはめてもらえるように、頑張らなくちゃ。




 後になって。

 ずっと後になってから、ゴウさんに聞いたんだけれど。

 同居を始めて何日かしてから、あたしが寝言を言うようになったんだって。

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 しかも一回だけじゃなくて、何日かおきに。

 お気楽に見えても、あたしがいろいろ抱え込んでいるんだと勘違いをして。

 まだ早すぎるとは思いながらも用意してくれたのが、あの参加賞だったの。

 そんな理由でゴウさんがあの指輪を用意してくれたのなら、結果オーライ。


 でも、あたしが夢の中で謝っていたのは。

 同居を始めたことにでも、結婚を迫っていることにでもないのよね……。




Copyright 2024 後落 超


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