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ジゼル達が南東部の戦いに加勢して二日目の夜が来た。前日同様、窮地に陥ることもなく、日暮れを迎えることができた。
「こうなるとやっぱり、本命はここじゃないのかもなぁ」
「北東部から緊急要請が飛んでくるかもしれないぞ」
「怖いこと言わないでくださいよ」
ジゼルが考えたように隊員達も、南東部の侵攻は目眩しではないかと思い始めていた。敵の攻撃は侵入してくるというより、威嚇を目的とした行動が多かった。だが、もし予想が当たっていたとしても、攻撃されている場所を手薄にすることはできない。従って、このままの状態がしばらく続くのだろう。
やはり三日目も同じような手応えであった。ただ、今夜は隊長のフィンレーが見回りと称して、ジゼルに会いに来ていた。これもバルビール隊ではよく見かける光景だった。
「ジゼル。今日も完璧な援護だった」
「どういたしまして」
「困っていることは無いか?」
フィンレーは決まってこう尋ねる。そしてジゼルの返答もだいたい決まっていた。
「大丈夫。何もないわ」
快適とはかけ離れた、不便な戦地だ。身嗜みに気を遣うこともままならない状況は、女の身には酷だろう。フィンレーは異性の幼馴染を案じるあまり、つい同じ事を尋ねてしまう。だというのに当の本人ときたら、実にけろりとしたものである。
「…そういうことにしておくよ。ところで今し方、軍議で知らされた事があったんだ」
「作戦が変更になるの?」
「いや。敵の指揮官についてだ。今回、ニフタ国の軍を率いているのは、王太子のユリウスらしい」
ジゼルは怪訝そうに首を傾げた。王家の血を引く者が、指揮官となって戦った前例はある。しかしながら王太子が直々に、というのは珍しい。重要な世継ぎを、死地に送り出すも同義だからだ。最悪の万が一が起きた場合、取り返しがつかない。ユリウス王子が武に長けた人間だという噂も聞かないし、敵国の狙いが益々わからなくなってきた。
「王太子の実力がいかほどか不明なので要注意、とのお達しだ」
「委細承知よ」
「彼が道楽王子で気まぐれを起こしただけなら良いが…奇策の類なら用心しておかなければ」
「相手の動向を気をつけて見ておくわ」
「目の良い君が言うと頼もしいな」
実際、離れた敵を狙い撃つジゼルは目がとても良い。フィンレーも良いほうだが、それでも彼女には敵わなかった。
それから少し話し込んだ後、フィンレーは自分の天幕へ戻っていった。ジゼルも隊員達と囲んでいた焚き火のところへ戻った。男達はまだ飲んでいるようだ。酒を飲まないジゼルは、陽気に乾杯する仲間を楽しげに眺めているのが常である。
地面に座ろうとしたジゼルだったが、隊員達からひとり背を向けている男を見つけ、そちらへ行った。
「ロルフ」
「あ?」
彼女から呼びかけられたロルフは、緩慢に振り向くのだった。
「何をしているの?」
「手持ち無沙汰だったから、短剣で的当てをしてた」
気怠げに説明する彼の手元には、数本の短剣があった。視線を移せば少し離れた木の幹に、炭で書いたような円が見えた。
「わたしもやってみていいかしら」
「やりたきゃどーぞ」
興味が湧いたジゼルは短剣を借り、的に向かって投げてみた。しかしこれが意外に難しい。当たり前だが弓矢と短剣では勝手がまるで違う。彼女の投げた短剣は明後日の方向に落ち、木の幹をかすめることさえなかった。
「大ハズレだな」
「本当ね。コツはあるの?」
「じゃあ手本を見せてやるよ」
どこか得意げなロルフが短剣を投げると、それは円の真ん中に刺さったのだった。ジゼルは感嘆の声を上げる。
「すごいわ、ロルフ。もう一回やってみせて」
「ほらよ」
結局、手元の短剣が全部無くなるまで披露してもらった。ジゼルは投げた短剣を拾い集め、次は自分がやると言った。だんだん面白くなってきたのだ。
「えっと…こんな感じで…」
「持ち方が違う。こうだ、こう」
「こう、かしら?」
手解きを受けながらの二投目は、円から外れたものの木には刺さった。それから三、四投目と繰り返すうちに、ジゼルはコツを掴んだらしい。十本目を投げる頃には円の中心にかなり近づいていた。
「…アンタ、不器用なくせに的を狙うのだけは上手いのな」
「ロルフの投げ方を真似してみたわ。様になってたかしら?」
二人で的当てに夢中になっていたら、他の隊員達も気付いたようだ。誰かが「俺もやる」と言い出したのを皮切りに、的当て大会が始まった。だが酔っ払った男達では相手にならず、ロルフの独壇場だったのは言うまでもない。