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番外編①

結婚後の二人のお話になります。55話と56話の間のどこかです。

 野生児と揶揄されるロルフには、育ちもなにもあったものではない。礼儀作法で腹は膨れないため、彼には無用なものでしかなかったのだ。

 だが、そうも言っていられなくなった。ジゼルと結婚してスクード男爵家の一員となったのだから、今後はそれ相応の振る舞いが要求される。堅苦しいのが嫌だとか、だだをこねている場合ではないのだ。


「つーわけで色々と教えろ」

「人に物を頼む態度じゃないな」


 ロルフが頼ったのはアレックスであった。作法を教える点で、頼りになりそうなのがアレックスくらいしかいなかった。


「すみません…わたしも男性の作法は知らない事が多くて…」


 アレックスの元を訪ねるのに、ロルフひとりでは門前払いされかねなかったため、ジゼルも同行している。肩身が狭そうな彼女に免じて、アレックスは手助けすることにした。


「事情は分かった。しかし…私はまとまった時間が取れそうにない。だから私が世話になった講師を紹介しよう」

「偉そうな奴はやめろよ」

「君より尊大な態度をとる人間は、なかなかいないから安心していい」

「チッ」


 そんなこんなで、礼儀作法の特訓が始まるのだった。




 ロルフはまず姿勢から矯正された。歩き方まで細かな指摘を受け、彼のこめかみには常に青筋が浮かんでいた。

 言葉遣いに関しては、もう徹底的にダメ出しされる始末。


「名前も知らねぇクソオヤジに、媚びへつらえってか!?」


 多すぎる、かつ、細かすぎる貴族の作法に、ロルフはとうとうブチ切れる。しかし講師は冷静沈黙だ。講師は依頼主のアレックスから、野生児の扱い方を教示されていた。それはとても簡潔な指示で、奥様という単語を出せば良い、それだけであった。


「奥様にご迷惑がかかっても宜しいと?」

「……クソったれ!!」

「減点です。ロルフ様の点数は、ゼロを通り越して大幅にマイナスです」

「だいたい国王サマは普通に喋ってんだろ。偉い人の真似して何が悪いんだよ」

「減点です。屁理屈をこねないでください。第一、国王陛下はクソったれなどとは仰いません」

「裏では何喋ってるか、わからねぇだろ」

「減点です。語尾は丁寧に。それだけで印象ががらりと変わります」

「面倒くせぇデス」

「では本日の成績を奥様にご報告いたします」

「……スミマセーン」

「減点です。間延びして話さないように」


 アレックスが紹介してくれた講師は粘り強く、また妥協をしなかった。ロルフが合格をもぎ取るのは、大変困難であった。


 減点ばかりのロルフだが、ダンスだけは好成績をおさめた。ジゼルが一緒に習っていたからだ。

 彼女は当然踊れるものだと思っていたロルフは「アンタはできるだろ?」と尋ねた。


「……実は、アリシアに少し教えてもらっただけで、ちゃんと先生から習ったことがないの」


 ジゼルはきまりが悪そうに答えていた。でも恥ずかしさを振り払うように、彼女は顔を上げたのだった。


「これを機に練習して、ロルフに良いところを見せたいわ」


 どのみち、ダンスの練習には相手が必要である。こうしてロルフとジゼルは、一からダンスを習うことになった。

 優雅な音楽に合わせて踊るなんて、ロルフにはかったるい事だった。しかし言ってみれば体を動かすだけなので、さほど苦ではない。何よりジゼルがいる。お姫様みたいに着飾った彼女を存分に眺め放題なのだ。

 そして、ダンスに苦手意識があったジゼルも、指導を受ければめきめき上達した。ロルフと同様、体を動かすことは得意だし、手本を見ながら覚える事は彼女の得意技である。

 あれだけ言葉遣いや所作に苦戦しているくせに、ダンスだけはあっという間に完璧になった生徒を初めて見た講師は、呆気にとられたそうだ。


 テーブルマナーに関しては、ジゼルが講師役になった。

 素手で齧り付くのが普通だったロルフは、カトラリーの扱いにも苦戦した。いちいちナイフで切り分けなくても、歯で噛みちぎったほうが早いと思うのだ。というか早く食べたい気持ちを堪えるのが大変だった。食べ物を目の前にして減点を告げられ、思い切り食べられないのは、ロルフをとても苛々させた。

 講師も埒があかないと感じたのだろう。ジゼルを同じ席につかせて、野生児を落ち着かせる作戦をとった。これが思わぬ成果を生む。


「……なぁ。ナイフとフォーク、持ち替えてくんねぇか」


 ある時、ロルフがジゼルにそう頼んだ。


「逆に持つってこと?」

「おう。アンタ、左利きなら逆になっても使えるだろ?オレはそれを見て真似るって寸法だ」


 対面に座るジゼルが左手でナイフを握れば、ロルフは鏡を見る要領で同じ動きができる。


「…見取り稽古ね!」

「そういうことだ」


 ジゼルがやたらと上機嫌になったのは、「みっともないと言われた事が、ロルフの役に立って嬉しい」からだった。




 後日、アレックスは一通の報告書を受け取った。


「……『私が受け持った生徒の中で、彼は最も手強い相手でした』か。違いない」


 ところが手紙には続きがあった。


『しかし彼ほど伸びしろのある生徒も、他にはいませんでした。的確な助言にも感謝申し上げます。効果は覿面でございました』


 報告を読んだアレックスは、小さな笑いを溢す。


「社交の場で会うのが楽しみになってきた」


 きっと講師の努力は報われるであろう。

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