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ご都合主義が全開です。特に戦闘シーンはツッコミどころ満載だと思います。苦手な方は自衛をお願いします。
生き物にはそれぞれ表情がある。ならば白百合は、いかように咲うのだろう。
剣と剣がぶつかり合い、甲高い金属音が鼓膜を震わす。
馬の蹄が地を蹴り、馬上から鋭い槍が薙ぎ払われる。
上空からは矢の雨が降り、大地は兵士の血で染まる。
肉を裂く音、血の匂い、怒号に絶叫───ここは壮絶な戦場であった。
進軍してきた敵から国境を守る戦いが、連日続いている。
「敵の突破を許してはならない!!勇敢なるアザン国の兵士達よ!死力を尽くして戦え!!」
隊長の激励に呼応し、野太い声がそこかしこから上がった。
しかし味方が戦意を持ち直した代償として、敵兵に隊長の位置を悟られ、攻撃が集中し始める。
「隊長!お下がりください!狙われています!」
だが若き隊長のフィンレーは部下の警告には耳を貸さなかった。彼はその場に留まる選択をし、自らも敵を倒していく。金の髪をたなびかせ、馬を巧みに操る姿は、王子と見紛う凛々しさである。
フィンレーの傍らで補佐する彼の部下は、敵兵が弓を構えるところを見つけ、警告を発した。
「しかし隊長!これ以上は危険です!」
「大丈夫だ。敵の矢も投げ槍も、僕に届くことはない」
フィンレーの予告は、すぐにその通りになる。敵は弓を引くより先に、喉元を射抜かれて絶命していたのだ。瞬きの間にもう一人、同じように喉元へ矢が突き刺さった。
恐ろしく正確な矢を放った人物は、フィンレーのずっと後方にいた。襲ってくる敵兵を馬上から次々と穿っていく。この弓使いに狙われた敵兵は例外なく、急所を撃ち抜かれていた。どの亡骸も自分が標的にされた事も知らぬまま、息絶えた顔をしている。
敵側に動揺が広まるのが見てとれた。フィンレーは「さすがだな」と内心で呟き、一瞬だけ後方へ目を向けた。彼の位置からではよく見えないが、援護の礼を伝えるべく右手の剣を掲げる。弓使いは総じて目が良いから、きっと見えただろう。
フィンレーを守った弓使いは、感謝の仕草をしっかり見ていた。けれども表情が動くことはない。新緑のような瞳の持ち主は、隊長を殺そうとする敵兵にのみ集中している。
「敵が槍を持った」
次の矢をつがえようとした時、弓使いを守る盾兵が口を開いた。
優れた射手は敵から狙われやすい。よって弓使いは、盾を持った兵士と行動を共にすることで、自身の身を守っているのだ。
「方向は」
盾兵に言葉だけ返した弓使いの声は、どう聞いても女のものである。よくよく見れば、防具に包まれた手足は男の兵士よりひとまわり細い。
「十一時」
了解の返事代わりに放たれた矢は、まるで吸い込まれるように敵の急所に刺さるのだった。
盾兵は束の間、こちらには一瞥もくれない弓使いを盗み見た。
その姿は、おびただしい血が流れる戦場に凛と咲く白い百合のよう。引き絞られた矢が、すらりとした指から離れる時。僅かにおこる風が彼女の銀髪を揺らす。しかしながら前だけを見据える瞳には、一分の乱れも隙も無い。
彼女を初めて見た者は誰でも、血生臭い戦場に似つかわしくないと思うだろう。それはそうだ。彼女は正真正銘、貴族の令嬢なのである。けれども、ひとたび彼女と戦場を共にすれば考えを改めざるをえなかった。
正確無比の一矢を放つ彼女は、名をジゼル・リドガーと言った。
国境から遠く離れた場所では、血生臭さとは無縁な暮らしが営まれている。王都や貴族街は特に、やれ舞踏会に園遊会などと実に優雅な暮らしぶりだ。今この時だって、国境を守るために兵士達が命をかけている事などお構いなしに、華やかな生活を楽しんでいるのだろう。
国と国が領土を奪い合って戦うことは、気が遠くなるほど昔から続いてきた。ここ、アザン国だけでなく隣国も、そのまた向こうの国も同じ。明日の平穏は約束されていない事がごく当たり前になってしまった。危機感は忘れ去られて久しく、人々は自分の身に不幸が降りかかるまで思い出さない。
ジゼルが生まれ育ったのは、そういう時代であった。