#4 魔王テネブリス
もう少しあと少しだけ
勝負の一瞬、煌めく光は輝く。
光は駆け巡る3等分の死となり俺たちに降り注ぐ。
行動は決まっている、ただひたすらに避ける。
無様でもいいから回避しろ、一発でも貰ったら即リスタート行きだ。
抗うんだ、一秒でもいいから。
カウント1――――体は前に。
カウント2――――足に溜めた力を振り絞れ。
カウント3――――あとは全力で回避するだけだ。
一気に足に溜めた力を開放して、前方向に回避する。
煌めく光は瞬きする間に、元居た地点に着弾していた。
あっ、あぶねぇ!
まだ、来る。最低でも、あと4発来るはずだ。
走れ、走り続けろ!
俺は女王の下へと走り続ける。
降り注ぐ光はギリギリのところで全て回避できている。
糸峰と白龍川も余裕はなさそうだが、回避できているようだ。
今ので、おそらく着弾したのは4発。
残り1発か?
見上げれば、3つの光が空中で待機していた。
あれを回避できれば、女王に一発叩き込めそうだ。
希望ではないが、かといっても絶望でもない、光明が見えてきている。
攻撃さえ通れば、この女王は倒せるんだ。
あと一発回避すればいい!
だが、一向にその光が降り注ぐことはない。
逃げ回る俺の体力は奪われるばかりで、スピードは確実に落ちてきている。
まさか、体力切れを狙っているのか?
だとしたら、まずい。
そう思った矢先だった。
その光は瞬き一回で、眼前まで迫ってきていた。
すぐに顔を逸らすが、光は俺の頬をわずかながら削り取っていた。
熱い、熱すぎる!
痛いというよりも、肉が焼かれている感覚だ。
だが、これで俺たちの攻撃が届く範囲に来た。
いまだに玉座で頬杖をついている女王に向けて、刀を構える。
糸峰の渾身のストレートが右から、白龍川の全力の一矢が左から、そして俺の抜刀が正面から女王に放たれる。
「......くだらない。」
つまらなそうに呟いた女王の言葉。
その意味が理解できるのに1秒と掛からなかった。
なぜ?
俺たちの全力の攻撃は、女王の眼前で弾かれる。
金属が擦れて火花が散るように、女王に直撃する前に膜のようものに当たって弾かれた。
いやそれよりも、次の行動ができない。
全力の攻撃には隙が生じる。
女王はそれを見逃してはくれないだろう。
一矢報いるなんて、夢のまた夢だったようだ。
はぁ.......死ぬなら一瞬で死にたいな。そんな良くない思考が過る隙に糸峰と白龍川の状況を確認すれば、二人とも地面から生えている腕のようなものに飲み込まれていた。
「糸峰!!!白龍川!!!」
俺の声が届く前に二人とも声も出せずに闇の中へ引きずり込まれて消えていった。
なんだよそれ。
なんでもありかよ。
くそ!どうすることもできないじゃないか!
そうして目の前にいる女王は、俺の事をつまらなそうに見てこう言った。
「何のため人間のふりをしているんだ人間?お前は他の人間よりも特別に見える。」
俺が人間のふりをしている?言っている意味が分からない、俺はもとより人間だし感情だってあるはずだ。
現状を理解しようにも俺の思考はそれを拒んでいる。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。
それだけで頭の中が埋め尽くされている。
だというのに、俺の心はずっと冷静だ。まるで頭と体が乖離しているみたいに違う。
違う......違う!と俺は機械のような冷徹な存在じゃないと否定したい。
が、確かに俺は少しだけ特別なようだった。
死にたくないという思いを機械的にそういう状況だから、そう思っているんだ今。
頭で否定すれば、そんな感情で埋め尽くされていないというのに。
なぜか、そうであるように死にたくないとそう思うようになってしまっている。
どうしてだ?
いつから俺はこんな人間であろうとしているんだ?
いや違う、俺は人間のはずだ。
だとしたら、何で親がいないんだ?
その疑問にたいしての答えは出ない。
《《思い出せないからだ》》。
「俺はお前を必ず倒す!普通の人間だ!」
うざったい思考を振り切るように震えた声で強気に吠えた。
「ふぅん...?あくまで人間を装う愚者のくせに感情なんて強がりを見せるんだ。」
「私の名前は魔王テネブリス。昔はそんな名前で呼んでいた奴らがいた。」
「愚者が私に挑戦し続けるというのなら......《《勇者にでも》》なって見せなさい?」
そう言って、魔王テネブリスが俺の体を手で握りつぶした。
その瞬間、俺の体が闇に飲み込まれる。
バキバキと体中が砕けて、かき混ぜられていく。
想像している痛みが来ないまま、俺の思考は深い闇に落ちていくのだった。
「はっ......!......ここはどこだ?」
そう思って周りを見渡せば、最初に目覚めた場所にいた。
俺の隣には糸峰と白龍川が気絶して倒れている。
「......これが死んで生き返る感覚か。」
人間が一生体験できないことを体験した感覚は奇妙にも寝て覚めたくらいの感覚だった。
手に持っていた刀は横に落ちている。
なるほど、死んでも装備は帰って来るのか。
優しいのか、優しくないのやら。
それよりも、二人とも大丈夫だろうか?
そう思って、二人を揺さぶってみる。
「おい、糸峰、白龍川!生きてるか!?起きてくれよ!」
二人は揺さぶっても、起きる気配がない。
まるで体はそこにあるのに、中身がないみたいに気絶していた。
どうなってんだこれ?
すると、ロビーにあるモニターがいきなり光り出して何かを表示する。
それは98という数字。
それが何を意味するのか。
―――――残りの生存者数なのだろう。数えてみればちょうど百人程度の人間がこの空間にはいる。
つまり、今の戦闘で白龍川と糸峰は死んだということだった。
パラパラと器の無くなったからだが崩壊していく。
俺がこうやって復活したのにもかかわらず、花が風に吹かれて散るように優しく散っていく。
必死にかき集める。散っていく花びらを抱きしめるようにして。
二人の命が掻き消えた。
そんな現実が俺に直面しているというのに。
それなのになぜ?
俺の感情は何にも揺れ動かないんだ?
怒りはある。
悲しいという感情はある。
それでもそれが、植え付けられた感情の様で、感情が完璧にコントロールされているようで胸が騒ぐ。
ふざけんな。
そんなことがあっていいわけないだろ?
糸峰も白龍川も消えた。
それなのに、どうして俺の感情はこんなにもフラットなんだよ!
激情というものが沸かない。
俺は仲間の死を何とも思っていないということになってしまう。
つくづく終わった人間なんだな、俺は。
「なぁ、糸峰、白龍川?」
「俺はこれから先、一体どうすればいいんだ?」
その疑問の答えに返してくれる二人はいない。
俺の疑問は虚無に飲み込まれて消えた。
ただ、一つ。
俺のスマホが通知音を鳴らす。
《スキル『格闘技』、『クイックステップ』、『ヘビーブロー』、『戦闘の心得』、『弓術』、『クイックショット』、『鷹目』、『チャージショット』を獲得しました。》
無慈悲なスキル獲得通知。
そのスキルは糸峰と白龍川の特技を映し出したかのようで、声が出なかった。
俺への疑問の返事は確かに返ってきた。
でも、こんな形で帰って来るなんてあんまりなんじゃないか?
非情な現実が俺の頬を濡らしていく。
少しだけ、感情が漏れた。
泣きたい。
泣きたいから、泣いている。
「うぅあああああああああ!!!!!」
一人の男の慟哭が、ロビー中に響き渡る
それは立花とは違う意味を持って。
そうして感じた男の初めての激情は、悲しみに満ち溢れていた。