#2 未知なる不安
突如としてこの空間の中心に現れた一人の男が絶叫を上げる。
その絶叫を聞いて、この空間にいる人々は一斉にその声の主に反応する。
「うるせぇなぁ!何なんだよ!ってぇ......あいつさっきの命知らずじゃねぇか。何があったんだ?」
命知らずと金髪の彼にそう称された男は右手に銃を握っていた。
きっとこの状況から察するにボスラッシュに挑んで死んだとみるのが正しいんだろうな。
「愚かな勇気で蛮勇の証明でしたね、彼は。一人で行くのは無謀だと考えれば分かるでしょうに......」
銀髪の彼女もそう言っているし、本当に無鉄砲な奴らしい。
「えっと、一応念のために聞いておきたいんだがあれってボスラッシュに挑んだってことでいいよな?」
「ああそうだ、あいつはここにいる人達の静止を振り切ってボスラッシュに一番に挑んだんだ。それもついさっきの話だ。それが今や、あんなに震えてやがる。死んだら生き返るってのはマジらしいな。」
金髪の彼の額に汗が滲んでいるの見て取れた。
この空間が真に現実で、これから何度も死ぬことを考えてしまったのだろうか?
隣の銀髪の彼女も同様で体が震えていて、薄っすらとだが顔が青ざめているのが見て取れてしまう。
ふと、考えしまう。
この空間の中心で気絶している彼がどのような残酷な死に方をしてしまったのか?
人が絶望するという形容をするにふさわしい彼の顔。
ボスラッシュという場所には一体どんな化け物がいるんだ?
ついさっき彼はボスラッシュに挑んだって話だったよな。
それなのにもう死んでしまってここに復活したということは、入った瞬間には死んでいると考察できるだろう。
このボスラッシュというのはどうやら神様の意地悪がバグって出来てしまった空間なのだろうか.....そんな一抹の不安が俺の脳裏を過った。
それから、5分ほど経ったころのことだった......
命知らずと称された彼の名前は立花九朗というらしく気を失った彼を運んだ医療班が勝手に見た財布から出てきた身分証にそう書いてあったとか。
彼は緊急医療班というチームに一旦、搬送されて回復待ちという状況になっている。
何とも言い難いな。無謀に突っ込んだ人間だとしても、こんな空間でも彼女たちは人が倒れたのならば己の責務を果たしているように見えた。異常な空間でも彼女たちの働きは尊敬するべき行動だ。俺が同じ立場であったとして俺は彼女たちのように動けたであろうか?
状況はひとまず彼女たちの素早い行動によって落ち着いてきたが、ずーっと周りの空気は重い。どんよりとした嫌な空気が漂う。憶測だが、もうこの空間から脱出することが出来ないではないかというのを全員が思っているのだろう。
さっきの彼の勇敢なる証明は絶望の証明にも等しい行動だったのだ、恐らくだが装備を整えていた人たちがいたが、どうやら彼らの表情を見て取るに、ボスラッシュへの挑戦は無理そうだ。
というかしっかりと周りを観察すれば、円形の壁に何十組もの人のまとまりらしきものが出来上がっている、冒険者のコスプレらしきものをしている人たちもいれば、ぼろぼろのローブを羽織っている人もいる何とも個性豊かだし、ここはコミケの会場かとも思ってしまった。
しかしだ。そんなコスプレをしている彼らからは圧がある。衣装に着せられているというよりも、本当にそんな職業であるかのような存在感があった。まるでファンタージの世界で生きてきましたよと言わんばかりに。俺的にはそんな彼らと話したら、
魔法が使えるとか話してきそうで、少しばかり彼らと話しても見たいのだが、彼らからは部外者とは話さないみたいな圧を感じる。
閑話休題。
「なぁ、ところで君たちの名前ってなんていうんだ?」
「ああ、そうだ!名乗ってなかったなぁ!俺は糸峰降矢だ。格闘家をやってる。こんな状況だが、よろしくな。」
そう言うと糸峰は握手を求めてきたので握り返してみるとかなりの握力があるのを感じられた。
流石に格闘家というだけあって、見てくれだけでも腕の筋肉が発達しているのが分かった。
「えっと、次は私ね。私の名前は白龍川アリアと言います。私の通う高校では生徒会長をやっています。よろしくお願いしますね。」
にこりと可愛らしい笑顔と共に握手を求めてきたので、握手をする。華奢な手だと思っていたのにその手は日ごろから何かしら運動をしている人の手だった。
二人とも有能というか、凄いな。俺は平凡くらいの高校生だというのに、
白龍川さんとは同じ高校生のはずなのに格が違って見えてしまう。糸峰とは腕相撲でもしたら俺の腕がへし折られる自信すらある。
「この流れだと俺だよな、俺の名前は神鶴ゼディアだ。基本的に喫茶店で働いている、高校3年生だ。」
「おおいいな、喫茶店。俺コーヒー好きなんだよ。ここから出られたら、神鶴の働いてるとこ行ってもいいか!?」
「まぁいいんじゃないか。来てくれるのなら、割引しておくよ。」
「気が利くねぇ、まぁ出られたらの話だがなぁ。」
「まったくもってその通りですね......私も神鶴さんの喫茶店に通いたいですがどうにも難しそうで、集団幻覚で終わってほしいものです。」
3人とも溜息を揃って吐く。
はぁ、ここに来てちょうど1時間くらいだろうか、今の現状はいいとはいえない。
まず、ボスラッシュをクリアしないと現実世界には戻れない。
そして、そのボスラッシュのボスは人間が倒せるようなレベルではない。
これは立花が一人で挑んだというのもあるだろうが、俺の予想だと何十人で挑んだって結果は立花一人で挑むのとさほど変わらない気がする。
唯一のこの空間の温情と言っていいのかわからない、何度死んでも復活できるという点。
その復活できるという点で、ゾンビアタックをすればいずれクリアできるという希望がある。
だが、裏を返せばクリアできるまで生き返り地獄ということ。
そんなの無間地獄はごめんだが、この空間から一刻でも早く抜け出したくはある。
それにマスターへの借りをまだ全然返せていないのに、訳の分からない場所で一生を終えてやるつもりもさらさらない。
ということでやることはここに来た時点で決まっていたな。
さっさとこんなふざけた場所を攻略して、マスターと結衣のために元居た世界に帰る。
そう決意したのならば、俺も一度ボスラッシュに挑むことにしよう!
「すまない、糸峰、白龍川。俺の我儘なんだが、俺にはどうしても帰らなきゃいけない理由がある。だから、俺はこれからボスラッシュに挑むことにするよ。そうしないとこの重苦しい状況を動かせないだろうしな。」
「はぁ!?何言ってるんだよ、神鶴!お前が行くんだったら、俺も行くに決まってるだろ!?ダチを一人死地に向かわせるなんて、俺のプライドが許さないぜ!?」
「そうですね、神鶴君だけじゃなくて、私たちにも元の世界に帰りたい理由があります。神鶴君がボススラッシュに挑戦するというのであれば、私も神鶴君たちと一緒に行かせていただきます!」
「そうか......そうだよな。みんな元の世界に帰りたいに決まってるよな。」
「まったく、水くせぇこと言うんじゃねよ。俺たちはもうダチなんだからよぉ。」
こうして決意を固めた俺たちは、ボスラッシュに挑むためにまず武器を選ぶことにした。