8142.999999 崩壊式悪意
誰が予見したか、それは突如として爆発した。
悪意の塊がまさに無防備な命の希望を貪り食らうようにして、冷徹なる凶刃を振りかざしていく。
本来であれば力あるものは抵抗できるはずが、その悪意の前には無抵抗にさせられる。
それこそが魔王たるものの力。ある権能が支配した空間だから効果を発揮した力。
圧倒的な力による支配が起きたのだ。
それによって、ボスラッシュのロビーには無残に殺されたプレイヤーたちの死体が消えずに取り残されていた。血が飛び走り、あらゆる場所を彩る。滅茶苦茶な子供の塗り絵みたいになった壁の際。
どさりと最後の抵抗者の身体から力が抜け落ちて倒れ伏せる音が聞こえた。
ゼディアは起き上がったその瞬間それを見てしまった。苦しそうな少女の無残な死に際を。
自身が魔王と戦っている間に、仲間だった者たちは全て一人の謎の人物によって殺されていた。
まだ会話もしていなかった人たち。ただ、彼らは決して悪い人たちには見えなかった。様子見の段階だったんだ。疑心暗鬼の信頼構築のフェーズをこいつは破壊した。
理解の追い付かない状況、それでも心は冷静に動け行動しろと無遠慮に語りかけてくる。
俺の感情はただ憎たらしい、あいつが憎たらしい。
仲間を殺したあいつを殺せばいい。
もう俺はそれだけを考えて止まらなかった。
その感情が俺の全てを塗りつぶして、既に刀を振るっていた。
飛びつくようにして、その謎の男に切りかかるゼディア。
しかし、彼の攻撃は謎の男の腕に弾かれる。まるで鋼鉄を叩くかのような火花を散らした後に、謎の男はゼディアの首を左手で持ち上げる。
その膂力は怪物クラスの力強さで、ゼディアの意識を朦朧とさせるのに時間はかからない。ゼディアの視界が狭まる中で、身体に力は入らず、刀を手放す。
無力な金属音が静かすぎるロビーにイヤに広がり鳴り響く。
これが無力。己の弱さを自覚する。
ただ目の前の怪物には、到底人間が叶うような感触はしなかった。
目前で見ているから分かる、常識外の存在としてのオーラ。
そんなものが見えてしまうほどに、目の前にいる謎の人物は格が違うのだ。
恐らくは魔王テネブリスと同格かそれ以上の存在。
「最後に言い残すことはあるか......」
生きも吸えない状況でこいつは俺に最後の捨て台詞を要求してきた。こいつも詰まらなそうに聞きやがって。許せねぇ。
だからそう、俺は最後のセリフを決めてこう言った。
「ぜっ...たぁい...お前を......ぶちころs」
言い切る前に謎の人物はゼディアの首を握りつぶした。
バキッバキッと骨が破裂音とともに破壊された。
ボスラッシュのロビーはただ一人の人物を除いては生存者はいなかった。
「これで良かったのだろう?俺は契約通りの仕事を果たしたぞ?」
静まり返ったロビーに残響のようにその言葉が残る。
返事はないが、その人物には何かが聞こえていた。
「話が違うな......それだと俺がこいつらを何度も殺した意味がない......」
「勘違いするな、俺はお前に完全に付き従うわけじゃない。」
「俺が貴様に協力したのは、あいつを......!」
そこで彼は何かの返事を聞き、崩れ落ちる。
「なんだこれは......っ!刻印?!......どうりで俺と契約を交わしたわけだ!」
「だが、そう易々となぁ!魔王がくたばってたら魔王の名が廃れちまうんだよ!」
「託すぞ、変人《勇者》。お前がカギだ。このクソみたいな箱庭を終わらせるための唯一の対抗手段だ。」
「まだ聞こえてるだろ?一つだけ聞いてけ、俺の妹を頼れ。そして、俺を......」
言い切る前にその謎の人物はゼディアに何か光る物体をぶつけて倒れた。
その物体はゼディアの死体を包み込み、回転を始める。
肉眼が取られることもできない速度になり、臨界を迎える。
やがてその物体はロビー中を照らして、全てを飲み込んで消えた。
これは一つ幕の終わり。
そして、新たな可能性を背負った最後のチャンスと始まりに過ぎない。
ボスラッシュという絶望の壁は未だにそこに鎮座している。
「くははっ!やるじゃねかよぉ人間もどき。」
赤い閃光が闇を切り裂くようにして激しく動いている。
その瞳孔にはまるで恐れを知らない強者の傲慢が現れていた。
「まぁいいさ、俺を楽しませてくれるならそれでいい。その代わり、飽きたら終わりだ?お前らの醜態を笑って待っといてやるから、早く来いよゴミ共。」
六対の翼が煽るようにしてはためく。
人とは言えない影が、黄金の劇場を支配しているのだった。
光が見えてくる。
眩い光に俺は無意識に手を伸ばして追いかける。
掴めそうで掴めない、そんなもどかしさを感じながらも光を手にする。
瞬間、光がはじけて暗闇をかき消した。
最初に視界に入った光景は、一人の少年とその少年とそっくりな顔の人物が戦っている様子の石像だった。
「これは一体何なんだ?それにここはどこなんだ?」
何か思い出せることはないかと、頭を悩ませるが俺の耳に引っかかる言葉があった。
「妹を頼れって......誰の妹のことだよ?何でこんな言葉がこんな鮮明に残っているんだ?」
疑問は尽きない。
俺という存在は誰だったかも今市把握できていないのだから。
ただ一つ使命感のようなものがある。
「ああ、そうだ......帰らなきゃいけないんだった!」
その言葉を言った途端何かの糸がぷつりと切れるかのように、俺は意識を手放した。




