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9『神郷有紗』

 「はろはろ〜、睦月!」


 教室に入るとどかんと後ろから抱きつかれる。

 衝撃でよろめくが、ガッチリと掴んでくれる。


 「星越さん、おはよう。危ないからぶつかって来ないでよ」

 「アハハ、大丈夫大丈夫。私がちゃーんと支えてあげるから」

 「そういうことでは……」


 一歩間違えれば危ない思考だ。

 ヤンデレだったら「もう外に出なくて良いんだよ。私がずっと養ってあげるからね」って監禁される。

 ただよ陽キャで良かった、良かった。


 「睦月に会うためにわざわざ早起きしたんだよ? 抱きつかなきゃ勿体ないでしょ!」


 圧倒的謎理論を展開してくる。

 頭からケツまで何を言っているのか理解出来ない。


 「早起きするのは学校に来るためよ」


 ポンっと星越の頭を多喜浜は叩く。


 「むぅ痛いなぁ。暴力はんたーい」

 「セクハラに比べたらマシよ、マシ」


 ゴミ虫でも見るような目で星越を見つめている。

 あぁ、あぁ、その軽蔑するような目。

 普段キラキラしている人がすると尚のことそそられるものがある。

 ……って、危ない。

 思わず涎を垂らすところだった。


 「朝から二人とも騒がしいですね。クラス中の注目の的ですよ。もう少し慎んだらどうですか?」


 呆れたような表情を浮かべながら、桜木はやってくる。


 「って言いながら咲夜もこっちに来ちゃうんだね〜。うんうん、すっかり仲良しだね」

 「ちょっ、ちが……って、こともないですけど」


 桜木は一瞬否定しかけたが、目が合い言葉の勢いを失う。


 ほんの少し前まで、この人たちと直接的な関わりはなかった。

 クラスの中で巻き起こるラブコメ。

 それを俺は間接的に眺め、いつしか来るであろう「お前らまだ付き合ってないの?」と言うその日を待っていた。

 今となっては、まるで俺がヒロインの中心みたいになっている。

 結構複雑だ。

 この状況美味しいのは美味しい。

 それは認める。

 だが、俺の追い求めていたものであるかと問われれば怪しい。


 物珍しさから三人が寄って来ている。

 そう捉えることも可能ではある。

 だが、個人的にはもうそれ以上の関係性ではあると思っている。

 友達以上、親友未満と言ったところだろうか。


 そろそろ東雲と四大ヒロインの橋渡しを本格的に始めなきゃならない。

 まずは作戦を考えろって言われたらそりゃそうなんだけどね。


 「睦月は私のもんだからね。ねー? 睦月」


 いつの間にか前へ回り込んでいた星越は屈託のない真っ直ぐな笑みを浮かべる。

 あまりにも綺麗な笑顔で思わず頷いてしまいそうになる。


 「……誰かのものになった覚えは無い」


 あと少しのところで我に返り、否定する。


 「えー、ひどいひどい」


 無理矢理手を絡ませてくる星越。

 それを見て引き離そうとする多喜浜。

 俺を含めた三人を一歩引いたところから見て、苦笑する桜木。


 追い求めいた未来では無いが、これはこれで悪くないな。

 そう思ってしまった。


◇◇◇


 下校時刻。

 俺は学校の屋上へとやってきた。

 良くアニメや漫画では高校の屋上が開放されているが、ウチの高校はしっかりと立ち入り禁止になっている。

 ハードル走で使うハードルを使って作られた「立ち入り禁止」の柵はいつ作られたのだろうか。

 ハードルも紙も年季が入っており、味がある。


 屋上へと繋がる扉は一応施錠可能だ。

 だが、ドアノブを捻ると扉は開く。

 壊れているのか、何かあった時のために鍵を閉めていないのか。

 知ったことじゃない。


 学校という土地柄、近くに風を遮るものは無い。

 足を踏み入れた瞬間に気持ち良い風が俺を襲う。


 「やっときた」


 屋上のフェンスに寄りかかる一人の女性。


 「神郷さん……」

 「あら、名前知られてたのね。てっきり自己紹介から入らなきゃいかないかと思ってたけれどその必要はなさそうね」


 思わず驚いて名前を口走ってしまった。

 不自然だったとは思うが、神郷は気にしていなさそうだ。

 本当に気を付けなければならない。


 「最近あの三人と妙に仲良いわよね。あれなんなのかしら」


 不服そうに眉を顰めると、フェンスからゆっくりとこちらへ近寄る。


 「なんなのって言われましても。仲良くしてもらってるだけと言いますか……」

 「馴れ馴れしいって言いたいの。どうせ仲良くなって自分の……」


 神郷は途中で口を止める。

 彼女は目線を扉の方へ向け、人差し指を口元に当て、静かにしてろとジェスチャーをしてみせる。

 俺はコクリと頷く。


 「来てる……」

 神郷は俺の手を引っ張り、建屋の死角に回り込む。

 狭い空間に二人っきり。

 彼女の体温も息遣いも匂いさえも感じられてしまう。

 ドクンドクンという心臓の音でさえも聞こえてきて、緊張する。


 それと同時に扉の開く音が聞こえた。

 誰かが屋上へやってきたらしい。

 神郷はそれに気付いて、咄嗟に隠れたのか。

 気配でも分かるのかな。


 「うーん、警報装置なったから来たけど誰もいないな。誤作動だったのか。ほうこくどうすっかなぁ」


 面倒くさそうにぶつぶつと言いながら、扉の開閉音がまた聞こえる。


 「ふぅ……油断してたわ」


 神郷はくーっと背を伸ばしながら、またフェンスの方へと歩き出す。

 彼女はもう大丈夫と言いたげな様子で手招きしてくる。


 「今のは?」

 「あー、うちの教師よ。最近そこにセンサー取り付けられて、扉開けたり閉めたりする度に職員室へ警報が届くようになったらしいのよ」


 そうだったのか。

 それは知らなかった。

 在校生だったが、屋上とは縁もゆかりもなかったからな。


 「なんかもう興醒めした。帰りどっち方面?」

 「こっちです」


 屋上なので迷うことなく家の方面を指さす。


 「そう、奇遇ね。私もそっち方面よ。それじゃあ一緒に帰りましょうか」

 「わかりました」


 なんか断れる雰囲気でもなかったし、断る理由も特になかったので素直に受け入れた。

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