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8『桜木メイクアップ』

 改札に近くに建っているコンビニの自動ドアの横に立つ一人の少女。

 茶色いニットにベージュの長袖のシャツ。

 藍色のスカートは裾が長く、全体的に色も落ち着き目で、柔らかな印象を与える。

 それでいて、髪の毛も艶やかな黒色。

 髪の毛と同色のゴムでポニーテールを作っている。

 清楚という言葉を安易に使うのはあまり好きじゃないが、それ以外の言葉が見つからない。

 彼女はスマホに視線を落としている。

 軽快に親指でぱちぱちとスクリーンを弾き、視線を感じたのか、突然顔を上げる。

 紫色の瞳が目に入る。


 「おはようございます。気付かなくても申し訳ないです」


 彼女はスマホをショルダーバッグにしまい、ぺこりと頭を下げる。


 「今来たばかりなので!」


 気にする事はない。

 その旨を伝える。


 「それなら良かったです。スキンケアはしてきましたか」


 彼女は歩き出し、着いてこいと言わんばかりにこちらへ目線を送ってくる。

 俺は鈍感じゃない。

 言葉を交わさなくとも、相手の意図を理解し、行動に移す。

 今は、着いてこいと目線で訴えていた。

 だから、黙って彼女に着いていく。


 「一応……家にある化粧品でやってみたって感じ……ですかね」

 「そうですか」


 桜木はふと足を止める。

 何かと思えば、彼女は顔を目と鼻の先まで近付ける。

 ジーッと頬の方へ視線を向け、うんうんと何も言わずに頷く。

 困惑しながら、紫色の瞳を見つめていると、黙ったまま俺の頬に手を当てる。

 ぷにぷにむにむにと揉む。


 「え、ちょっ……」


 突然の接触に俺は慌てて、声にならない声が出る。


 「ちゃんとして来たんですね」


 どうやら手入れしているかどうかを確認したらしい。

 触っただけで分かるのか。

 女の子の感覚ってすごいな。


 右手に機械式駐車場が見えてくる。

 左手には見上げないと屋上部分が見えないほど高度のあるマンションが見えてくる。

 オートロックを鍵で解除し、スタスタとエレベーターまで向かう。

 扉が開き、先に入って六階へのボタンを押す。

 桜木の斜め後ろで立つ。

 扉は閉まって、エレベーターはゆっくりと上昇する。

 チンと音が鳴って扉は開く。

 地上では感じることの出来ない風が髪の毛を靡かせる。

 澄んだ空気が気持ち良く、しばらくの間風を感じていたくなる。


 「どうかしましたか?」


 外廊下を少し歩いたところで、着いてきていないことに気付いたのか、桜木はクルッと体を反転させ、首を傾げる。


 「あ、いや。なんでもないです。すみません」


 ぺこりと頭を下げ、彼女の後を着いていく。


 桜木という表札が立っている。

 黒くて重圧感のある扉を引いて、どうぞと声をかける。

 俺は「おじゃましますー」と声を出し、ゆっくりと入る。


 「そこの扉が洗面所です。準備したら私も向かいますので先に行っててもらえますか?」

 「はい」


 言われた通りに洗面所へ足を運ぶ。

 水垢一つない綺麗なガラス。

 そこに反射するのは美少女。

 右手で右頬をパチンと触る。


 これが更に可愛くなる。

 そう思うだけで、ワクワクが止まらない。


 「お待たせしました」

 「数秒しか待ってないので」


 事実を述べる。


 「それはそうですね」


 俺の隣に立って、洗面所の細い棚から手馴れた手つきで、メイク道具を取っていく。


 「早速ですが、どんなメイクして欲しいとかありますか?」

 「どんな?」


 メイクはメイクだろう。

 どんなってなんなんだ。

 意味が分からない。


 「ナチュラルとかクールとか可愛い感じとかエレガントとか色々あるじゃないですか」


 どんなメイクってそのままの意味だったらしい。

 メイクはメイクで種類なんて無いと思っていた。


 「似合うとか似合わないとかあるんじゃないですか? そういうのも分からないので」

 「そうですね。普通はそうなんですよ。肌質とか骨格とかで変わったりするんですけど、坂井さんの場合、ものすごく顔が良いので気にする必要ないです。似合わないメイクないので。少しだけ羨ましいです」


 羨望の眼差しでこちらを見つめる。

 そう言われて悪い気はしない。


 「桜木さんも可愛いですし、なんでも似合うんじゃないんですか」


 と、素直に思うだけ。


 「なっ……」


 桜木はびっくりしたという感じで口を開ける。


 「コホン。やりますよ。どういうタイプにしますか」


 露骨に話を戻してきた。


 「そうですね。とりあえずカジュアルメイクでお願いします」


 自分で今後やっていく。

 あまり手の込んだメイクだと、覚えられる気がしない。


 「わかりました。じゃあ目瞑ってください」

 「え、あ……」

 「どうかしましたか?」

 「目瞑ったらやり方見えないんじゃ」

 「あ、そうでしたね。それじゃあ目開けててください」


 眉毛、目、頬、唇と順々に施していく。

 一つ一つ丁寧な作業なのだが、機敏さも忘れていない。

 これを一人でやるのかと考えるだけで気が遠くなる。

 絶対にこれだけじゃ覚えられないなと思いながら、鏡をぼーっと眺めていた。



 桜木はポンと俺の肩を叩く。


 「はい、完成です」


 面影を残しつつも、綺麗になっている。

 これがメイクの力かと感動すらしてしまう。


 「可愛いですね」


 俺は思わずそう声を漏らしてしまう。

 ただでさえ、他人のように思えた自分の顔だったのに、更に遠くへ行ってしまったように感じた。


 「自信つきましたか? 元々可愛いからこそ更に可愛くなるんですよ」

 「桜木さんの腕じゃないんですか」

 「私はど素人ですから。料理も使う食材によって味変わりますよね。それと同じです。元になる素材が良ければそれだけ跳ねるんですよ」


 ニコッと笑う。


 「そういうものですか」

 「そういうものですね」


 彼女はうんと大きく頷く。


 「良いですね。本当に羨ましいです」


 彼女は肩に手を置いたまま鏡越しに俺を見つめる。

 恍惚とするような表情。

 ただ、その裏側にチラつく暗い顔。

 雑な言葉を掛けてはならないのだと、俺でも理解出来てしまい、反応に困ってしまう。


 「すみません。こんな話しても困りますよね」


 顔に出てしまっていたらしい。

 彼女は苦笑気味にそう口にする。


 「何があったか分からないですけど」


 あまり余計なことに首を突っ込むつもりはない。

 俺の目的は東雲と四大ヒロイン誰かをくっつけることであり、その過程として仲良くなっているだけ。

 桜木の奥深くに干渉するつもりは毛頭ない。


 「顔に関しては桜木さん本当に可愛いと思いますよ。少なくとも私は好きです」


 相談乗って、一緒に解決しよう……とかはする気ないが、元気付けるくらいはしてあげても良いかなと思う。

 こうやってメイクしてくれたわけだし、お礼も兼ねてね。


 「本当ですか?」

 「本当ですよ。こんな嘘吐いてどうするんですか」

 「それもそうですね……。にしても、そんなこと初めて言われました。ありがとうございます」


 嬉しそうに微笑む。

 さっきまでの色んな感情が入り交じっているような表情とは違う。

 太陽よりも眩しい笑顔だ。


 そう、かわいい女の子は笑顔が一番だ。

 彼女の笑顔を見て、俺もまた笑顔になった。

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