5『星越咲夜』
「睦月さんっ! おっはよ〜!」
次の日登校すると、多喜浜が一目散に駆け寄ってくる。
今までこんなことは無かったので、新鮮だ。
俺はぺこりと会釈をすると、彼女はニッと白い歯を見せる。
そして、俺の手を掴み、引っ張るようにして星越の席まで連れて行く。
もちろん、まだ彼女は来ていない。
「えーっと」
困ったように視線を動かす。
「ちょっとまっててね。そろそろ来るはずだから!」
「え、誰が……」
「誰ってこの子」
多喜浜は星越の机をとんとんと指で叩く。
「咲ちゃん」
まだ彼女が来るには早いよな。
そんなことを思いながら、荷物だけ置かせてくれと頼み、承諾を得る。
自席に荷物を置いたと同時に、パタパタと騒がしい音が廊下に鳴り響く。
足音は教室の前で止まり、「おっはよ〜!」と悩みなんてなさそうな挨拶が教室に響き渡った。
俺は慌てて振り返る。
そこには居るはずのない星越咲夜が居るのだ。
いつも遅刻の狭間を彷徨う彼女が、だ。
「ちゃんと来たんだね。偉い」
「脅してきたのは七海でしょ! 私はやる時はやる女なんだかんね!」
豊満な胸をポヨンと弾ませる。
うわー、でっけぇ……。
こう、胸を持った立場で改めて見てみると色々思うところがある。
所詮俺の胸はちっぽけなんだなとか、あれ邪魔だろうなとか。
いつもじゃおっぱいでけぇー、くらいにしか思っていなかったのだが。
彼女たちを見つめていると、多喜浜はこっちにおいでと手を招く。
仕方ないなぁ……という雰囲気を醸し出しながら、彼女達の元へ向かう。
「こっちは星越咲夜! 私の友達で、いつも元気でやかましいヤツだね。時折口元をガムテープで塞いでやりたくなるけど、基本的には良いヤツだから仲良くしてあげて欲しいな」
「ちょいちょいちょいちょい。私ってそんなにうるさい?」
「今もうるさいじゃん」
「これはね、演技なの! 演技。場の空気を和ませようっていう私の気遣い! わかる?」
「いや、だからうるさいじゃん」
この二人はいつもこんな感じだ。
どっちもうるさいが正解なんだけど、突っ込むのは野暮なので、苦笑いで誤魔化しておこう。
「それよりも紹介してよ」
「この子は坂井睦月。編入生らしいよ。昨日いーっぱい遊んで仲良くなっちゃった。ね?」
「仲良く……まぁ」
「七海? とてもそうとは思えない反応だけど」
星越は訝しむような目線を送る。
「仲良いよね? ね? ね?」
無理矢理にでも頷かせてやるという雰囲気すら感じられる。
「仲良いよ」
「まぁ七海はそういうところあるからねー。自分の世界に入り込んで、周りが見えなくなっちゃう……みたいな」
「そんなことは……」
「あるよあるよ。大いにありますとも。ってか、それに気付かないのがそういうことなんだよ」
ポンっと俺の肩に星越は手を置く。
「私としちゃおっか。デート」
「え、は、え? ん?」
意味の分からない展開に俺はポカンと口を開けてしまう。
この人突拍子のないこと言い出したよ。
「だから、デートしちゃおうよ。七海よりも絶対楽しませられるよ」
「いや、そもそも昨日デートしてたわけじゃなくて……」
「え、デートじゃなかったの!? 私はてっきりお家デートだと」
「お家デート!? お二人さんもうそこまで進んでるの……やるなぁ」
あぁあぁ。
もう話がとっ散らかってるよ。
デートじゃないし、そもそもデートは俺じゃなくて東雲を誘いなさいよ。
誘っても乗ってくれない? それはごもっともな指摘だ。
何にしても話を拗らせるのはやめていただきたい。
「睦月! 明日の朝学校前集合ね! 『七海なんて捨てちゃお』って言わせてあげるから、覚悟しててね」
「え、拒否権は」
「そんなの無い無い」
ニコッと笑う。
「でも明日は土曜日だし」
「土曜日だから行くんだよ。それとも何? もしかして七海にもう手付けられちゃった? あーあ、七海って可愛い子には目がないもんね」
「それは咲ちゃんだってそうじゃない?」
「そう。そうだとも。だからこうやって仲良くなろうとしてるんだよ」
星越は悪びれた様子もなく、堂々と胸を張る。
いや、悪いことをしているわけじゃないからそれで良いんだけどさ。
俺が目の前にいる時そういうこと言うのはやめようよ。
なんか恥ずかしくなるし。
「ね、だから。約束。私とデートしよ。きっと、ううん、絶対に七海よりも楽しいって言わせてあげるから」
もしかして、作戦だったのか? 俺が適当なこと言って逃げられなくするような。
うーむ、それなら中々の策士だ。
実際俺はもう逃げられなくなっている。
彼女のお誘いに頷く他ない。
……こうして俺は貴重な土曜日を奪われてしまったのだった。