4『多喜浜コーディネート』
「睦月さーん!」
帰りの号令がかかるのと同時に、多喜浜は大きく手を振って、パタパタと走ってくる。
あまりにも目立つ行動で、クラス中の視線をかき集めてしまう。
東雲はもちろん、ほかのヒロイン三人の視線もこちらへ向けられている。
こちらから一方的に見ていることはあっても、見られることはなかった。
新鮮というか、怖さすらある。
「どうも……」
俺は苦笑気味に反応してしまう。
強ばっているが正解か。
「ん?」
一方で、多喜浜はなんの事だと言わんばかりに首を傾げる。
なんかおかしいなと気付けるのに、もう一歩先に踏み込めないのは多喜浜らしいっちゃらしい。
「せっかくだから私の友達も連れてっちゃおっかなーって思うんだけど?」
友達。
東雲を始めとしたあそこの軍団のことを指しているのだろう。
「いや、それはちょっと……」
こちらもしても都合の良いことではある。
しかし、多喜浜一人でこんなに緊張しているのに、他の人間もやってきたらどうなるか。
考えただけでなんとなく結果は見えてくる。
あまり欲張り過ぎるのも良くない。
なんなら、現状でさえ欲張っているのだから。
「多喜浜さんと二人で行きたいかな」
「睦月さん」
多喜浜は目を輝かせる。
パチンと音を鳴らしながら、俺の手を掴む。
「今日は私、睦月さんと遊びに行ってくるから!」
東雲たちに高らかに宣言すると、繋いだ手を引っ張ってそのまま教室を後にする。
「どんな洋服が良いかな?」
手を繋いだまま廊下を歩く。
多喜浜の体温がそのまま俺の手に伝わり、不思議な感覚だ。
かれこれ十六年生きてきた訳だが、手を繋いだのなんて両親とだけ。
それだってもう何年前ってレベルだ。
人の体温ってこんなにも温かくて、気持ちの良いものなのかと感動してしまう。
「睦月さん?」
彼女は不思議そうに首を傾げる。
「あぁ、いや。私ファッションとかあまり分からなくて……多喜浜さんならきっと、すっごく私に似合う服見繕ってくれるだろうなって思ったんだけど……どうかな?」
他力本願。
でも、実際問題俺には分からん。
似合いそうな服ってなんだよ。
白ティーに黒いチノパン、あとは適当にショルダーバッグでも添えておけばそれなりのファッションになる。
古事記にもそう書いてあった。
……。
このレベルだ。
とてもじゃないが、自発的にどこへ行きたいとか、どんな服を着たいとか言える立場では無い。
そう、他力本願ではない。
多喜浜の力を信じているのだ。
「睦月さんをコーディネートして良いの!?」
窓から差し込む夕日に負けないほど、眩しい笑顔を見せる。
こういう笑顔を簡単に出来てしまうから、周りの人間を虜にしていくのだろう。
さすが陽キャだ。
陰キャの俺は胃もたれしてしまう。
「むしろして欲しい」
「それじゃあ……あ! 良い事思いついた」
多喜浜はパンッと手を叩くと、ニンマリとまたさっきとは違った笑みを浮かべる。
何か悪いことを企てるかのような笑み。
「なに……」
嫌な予感が過ぎり、顔を顰めながら問う。
「沢山洋服の種類があって、自由に試着できて、周り気にせずワイワイできる所思いついちゃったんだ」
洋服屋を貸し切るつもりなのか。
はたまた、閑散としたお店でも知っているのだろうか。
なににせよ、多喜浜が提案するお店ならハズレってことはないだろう。
陽キャである多喜浜なら、友達と洋服を買いに行くって経験、山ほどあるだろうしな。
無難にここのお店行っておけば良いよみたいなところへ連れて行ってくれるに違いない。
「そんなところあるんだ」
「あるわよ! 今から連れてってあげるから楽しみにしててね」
多喜浜は触れているだけだった手を強く握りしめる。
つられて俺も握り返し、目を合わせる。
「はい」
俺はコクリと頷き、多喜浜の案内に……というか、どこへ連れていかれるか知らされていない子供のように周りをキョロキョロしながら、多喜浜について行った。
彼女と離れないよう、繋いだ手を握りしめて。
「じゃじゃーん」
多喜浜は大きく手を広げ、どうだと言わんばかりに俺を見つめてくる。
ここがお店か……。
うーん、俺にはどう見てもただの一軒家にしか見えないな。
駐車スペースには黒い乗用車が一台停まっており、その奥に見える庭には自転車が何台か停められている。
細いながらも立派な木が一本だけ生えており、その下には表札がかけられている。
そこには『多喜浜』という三文字がはっきりと書かれていた。
俺は多喜浜の顔を見て、表札を見て、また多喜浜の顔を見る。
これはなんなんだ、どういうことだ、説明してくれ。
心の中で必死に訴えるが、多喜浜はドヤ顔をするだけで説明などする様子は見せない。
「お店は……」
恐る恐る訊ねる。
「私がコーディネートするなら、私の知ってる服でやらないと! もう頭の中でどういう服着てもらおうかな……とか決めてるんだよ?」
ファッションに疎すぎて彼女の言っていることが、おかしいことなのか、一理あるのか分からない。
迷いながら頷くことしか出来ない。
「でも……多喜浜さんの服って私着れますかね」
それぞれ似合う服ってあると思う。
多喜浜だから似合う服、俺だから似合う服。
多分これって違うはずだ。
「それどういうこと?」
彼女は俺の胸元を凝視し、その後自分の胸元へ視線を落とす。
そして顔を顰め、口を尖らせる。
「あ、いや、その、決してそう言うことではなくて……」
今のは俺の言い方が悪かった。
お前みたいな貧乳が買ってる服じゃ、私の胸入らねぇーよって意味に捉えられてしまった。
男って基本どんな服でも着れてしまう。
少なくとも、胸がパツパツになるとかはない。
今まで気にした事の無い観点だったので、配慮が足りなかった。
というか、気にしてるんだな。貧乳なの。
「多喜浜さんのキャラと私のキャラって遠いなーって思ってて、そんな人の服着て似合うのかな……って。なんか浮いちゃいそうかなって」
若干慌てながら、必死に言語化する。
多喜浜は唇に指を当て、うーんと声を出す。
もしかしたら上手く言語化できなかったかもしれない。
一抹の不安が襲いかかる。
もっと噛み砕いて説明した方が良いだろうか。
場を繋げようと口を開いた瞬間、多喜浜は俺の手をグイッと引っ張る。
「大丈夫! 睦月さんならどんな服でも似合っちゃうから。あとは私に任せて」
ニッと白い歯を見せたと思えば、チロっと紅い舌を見せる。
天使のような笑みに見蕩れながら、手を引かれ、そのまま多喜浜家にお邪魔することになった。
「ただいまー」
「おじゃま……します」
鼻腔をくすぐる甘い香り。
気持ち悪さはなく、心地よい甘さだ。
「あれ、ママ居ないのかな。車あったから居ると思ったんだけど」
多喜浜は玄関から一番近い扉を開いて首を傾げる。
リビングだろうか。
扉の向こうは広そうな感じだし、多分そうだろうな。
「ま、良いか。睦月さんっ! そこの階段上がって、左側にある部屋が私の部屋だから! そこで待っててくれる?」
「あ、はい」
「直ぐに私も向かうね」
多喜浜はそう言うとリビングの方へと姿を消す。
このままここに立ちっぱなしというわけにもいかないだろう。
俺は多喜浜に指示された通り、彼女の部屋へと向かう。
二階に到達する。
言われた通り、左側に視線を向けると『Nanami』とローマ字で書かれた掛札がドアにかかっている。
流石と言うべきか、キラキラなシールでデコレーションされており、今まで明るい人生を送ってきたんだなってのが伝わってきて、眩しい。
部屋に入る。
女の子女の子しているのだと、思い込んでいたからだろうか。
思ったよりも、落ち着いた雰囲気で立ち尽くしてしまう。
精々、毛布がピンク色くらいで、他は全体的に白やベージュを基調とした色合いで揃えられている。
女の子の部屋に憧れを抱きすぎていたのかもしれない。
「おまたせ〜。烏龍茶で良かった?」
「なんでも飲むよ」
受け取って、一度呷る。
緊張しているからか、喉が渇いていたので助かった。
「おかわり欲しくなったら声かけてね」
多喜浜はそれだけ伝えると、クローゼット方へ歩き出す。
「じゃじゃーん」
多喜浜は部屋のクローゼットを開ける。
そこには眉をひそめてしまうほど大量の洋服たちが収納されていた。
ハンガーにかけられているものはもちろん、その下には透明な収納ケースが三段ほどあり、三つが満杯になっている。
果たしてどれだけのお金がかかっているのだろうか。
考えるだけで、頭が痛くなる。
「凄いあるね……」
「えー、これくらい普通だよ。むしろ少ない方かも」
これより服増やしてどうするんだろうか。
私服を着る機会なんてそうそうないだろうに。
側が女性になろうとも、感性を含む中身は男性のままなんだなと痛感させられる。
本当に理解できない。
「そんなことより、早速始めちゃおっか」
「え、あ……」
「ほら、制服脱いで! ほら、ほら、ほら〜!」
多喜浜は喜々とした様子で煽りつつ、制服を脱がしていく。
あぁ、もうお嫁にいけない……。
肌着とパンツだけにされた俺はただ呆然としていた。
「今年の春夏のトレンドは十個くらいあるけど、まずはこれ!」
多喜浜は手際良く服を掴み取り、着させてくる。
そして、スマホでパシャリと写真を撮り、それを見せてくる。
「ボリュームシャツ! やっぱり素材が良いから似合っちゃうね」
「そ、そうかな」
「そうだよ! 可愛いよ」
スマホの画面に映る俺は確かに可愛い。
この顔でこのファッションな女の子が街を歩いていたら三度見くらいしてしまう。
「今回はズボンジーパンだけど、暗めの色だったらなんでも大丈夫! あ、でもダボダボ系はダメだよ」
多喜浜は俺のズボンを指さす。
「次はこれ!」
着せ替え人形のように服を着せ替えられる。
されるがままという感じだ。
「トランスペアレント!」
濃い茶色のニット。
網目は大きく、小指を捩じ込んだらすっぽりと入りそうと思うほど。
当然ながら、中が透けるわけで、ブラジャーが丸見えだ。
「これが流行り?」
「そう流行り! あ、普通は中にシャツとか着るよ? 今回はそのまま直で着てもらっちゃったけど」
シャツの上にこれ。
それなら悪くないのかもしれない。
「やっぱり素材が良いとどれもこれも似合っちゃうね! うんうん、最高だよ! 睦月さんっ!」
多喜浜は「次はどうしようかなっ」と呟きながら、クローゼットの中にある服を吟味する。
俺は女の子の洋服への、ファッションへの熱意を舐めていたのだろう。
こんなにも熱く、深く、歯止めの効かないものなのかと驚く。
そして、軽く後悔をする。
俺が後悔しようとも、多喜浜は服を持ってくる手を止めることは無い。
「七海〜! お友達来てるの?」
多喜浜の母親が帰宅するまで、着せ替え人形ごっこは続いた。
お詫びとして何着か洋服をくれた。
多喜浜曰くどれも似合ってたからということらしいが、にしても紙袋いっぱいにってのは申し訳なくなってしまう。
でも、本人が押し付けるように渡してきたわけだし、仕方ないよな。
受け取らない方が失礼に当たるだろうし……しっかりと、受け取った。
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