2『四大ヒロイン』
毎日朝と夕方に体温の計測と、血圧の測定を欠かさずに行って連絡すること、何か関係ないかもってことでも身体に違和感があればすぐ報告するようにと釘を刺された。
認証どころか、梓の自作薬である。
大丈夫とは言いつつも、心配なのは心配なのだろう。
ということで、約束通り体温を計測する。
ピピピと音が鳴り、体温を確認するが、いつもの平熱だ。
血圧は良く分からない。
高いのか低いのか。
人生で初の測定なので、そもそもやり方自体にも不安が残る。
まぁ、出てきた数値をそのまま送信すれば、あっちが判断してくれるだろう。
俺はやれと言われたことを素直にこなすだけ。
良くも悪くも現代っ子だ。
鏡の前に立ってみる。
腰あたりまで髪の毛は伸び、艶やかな黒色が目を引く。
白い肌が対照的で、クリっとして茶色い瞳が可愛らしさを引き立てる。
胸は人並みという感じだろうか。
メロンのように大きいということは無いが、まな板と揶揄されるほど小さくもない。
揉めば感触はしっかりとある。
「女の子になっちゃったんだ……本当に」
誰かに無理矢理させられたわけではない。
自分の意思で頼み込み、自分の意思で薬を飲んだ。
とはいえ、実際女の子になってみると不思議な気分になるし、少し不安にもなる。
これで終わりじゃない。
今やっと作戦のスタート地点に立ったのだ。
「よし」
明日はきっとかなり疲れる。
だから、さっさと寝て力を蓄えよう。
◇◇◇
教室へやってくる。
俺が女になったことで、周りは騒ぐかと少し期待していたが何も反応されない。
マジで空気みたいな扱いだったし、認識されていないのかもしれないな。
名前さえ覚えられていない可能性もある。
少し寂しいが、致し方ない。
四大ヒロイン。
それは俺が勝手に名付けて、梓との間でだけ使われている総称だ。
まぁ、明らかにあの四人は東雲に好意を抱いているし、東雲はそれに気付いていない。
どこのラブコメだよってくらい劇的なヒロインレースを繰り広げている。
周りの人間は皆黙っているだけで、心の中では俺と同じようなことを思っているに違いない。
まず一人目は懲りずに東雲へ話しかけている多喜浜七海。
ゆるめの巻き毛が特徴的だ。
それに加えて明るい茶色なので、若干近寄り難い雰囲気がある。
なんというか、陽キャ陽キャしてて怖い。
ただ、性格はわりと温厚。
見かけによらず根は素直で優しいタイプの陽キャだ。
胸はかなり小さい。
男と並んでどっちが大きいかなって感じだと思う。
二人目は神郷有紗だ。
教卓前の席でつまらなさそうにスマホを触っている。
時折、チラッと東雲と多喜浜の絡みを見て、不機嫌そうに顔を顰めて、またスマホに視線を落とす。
嫉妬ってやつだ。
俺と同じように腰辺りまで髪の毛は伸びている。
基本の色は黒。ただ、明るめのインナーカラーが入れられており、清楚感は薄い。
性格は真面目。
成績も優秀で、運動神経も人並み、それでいてモデルのようなスタイルとビジュアル。
彼女には欠点という概念が存在していない。
まさにパーフェクトヒューマンである。
三人目は星越咲夜。
金髪とも言えず、白髪とも言えない中間色が特徴的。
クリーム色とかいう抽象的な表現が一番適切だ。
四大ヒロインと呼ばれる中で一番主人公大好きなのを前面に押し出しており、押してダメなら押してみろを体現する人物だ。
元気溌剌で、どれだけ辛いことがあっても常にニコニコ笑っている。
彼女がワーワー騒いでいる時に「自分が楽しくないと周りはもっと楽しくないから」と言っていたのがずっと心に残っている。
何気ない言葉だったのだろうが、俺には滅茶苦茶響いてしまった。
ちなみに今はまだ教室に居ない。
始業のチャイムが鳴り始めたタイミングで教室へやってくるので、これが平常運転だ。
最後は桜木麗。
ポンっと生えているようなポニーテールが特徴的だ。
あとは紫色の瞳も宝石のようで美しい。
顔だけで言えば四人の中で一番と言っても過言では無い。
実際、黒髪のポニーテールしか要素が無いのに、あの三人に肩を並べ、時折抜かすのだ。
純粋な顔立ちの良さだけを考えるのなら、桜木が一番になると思う。
性格はクール……と言えば聞こえは良いが、実際は自分の想いを言葉にして相手へ伝えるのが苦手なただただ不器用な少女である。
この前チラッとノートを見た時に余白部分に「またやってしまった」と悔しそうな字で書いていた。
ちなみに今は熱心に読書中だ。
東雲も多喜浜も神郷にも目もくれない。
どことなくマイペースさもあるよな……と最近は感じている。
四人のことをざっとまとめるとこんな感じだ。
一応これでも、四大ヒロインと主人公の動向を見守ってきた。
月日にすると大体一年くらいだろうか。
それだけ目で追っていれば、直接関わることがなくとも性格などは見えてくるものである。
決してストーカーとかじゃない。
人間観察していれば見えてくる部分しか知らない。
俺が知っているのはあくまでも表部分の話であり、実際の面はどうなのかなんて知ったこっちゃないのだ。
さぁ、そろそろ声をかけよう。
まずは多喜浜からだ。
どうやって仲良くなったもんか……うーん。
急に馴れ馴れしく声をかければ引かれてしまうだろうし、こうやってモジモジしっぱなしなのもどうかと思う。
なにかアクションは起こさなければならない。
もっとも、それが分からないのだが。
はぁ。
結局外側が変わったところで、中身が変わらないのなら意味が無いのだな。
悲しい現実をただただ目の当たりにしたのだった。
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