1『俺、女の子になる』
学校の中で行われる盛大な物語、ラブコメ。
主人公と呼ばれる輝かしい人物がいて、それを取り巻くヒロインがいる。
そして、更にそれらを手助けする準レギュラーがいて、最後に都合良く物語を進めるためだけに登場するモブキャラがいる。
ラブコメに限った話では無い。
なぜ、ラブコメで例えたのか。
それは非常に単純明快だ。
今目の前でそれに類似されるような行為が繰り広げられているからである。
「たっくん。今日この後は暇?」
明るめな茶色の長い髪の毛を持っている彼女は毛先を揺らしながら、首を傾げる。
学校の中で『四大ヒロイン』と称されるだけあって、かなり可愛い。
隠れファンが多いのも頷ける。
「暇だけど……」
たっくんと呼ばれる東雲拓人はそんな彼女の問いに顔を顰めながら答える。
一見すると嫌がっているように見えるが、あくまでも恥ずかしがっているだけ。
頬を紅潮させ、視線があっちに行ったり、こっちに行ったりと定まっていないのがなによりの証拠と言えるだろう。
「じゃあ私の買い物付き合ってよ!」
パチンと手を叩く。
キラキラと目を輝かせ、今か今かと返事を待ち続ける。
その姿はご主人様に待てをされている犬のようだ。
「え、やだ」
東雲はまた顔を顰め、プイッとそっぽを向くと、居心地の悪さでも感じたのだろう。
おもむろにスマホを取りだし、視線を落とす。
あぁ、またやってるよ。
この主人公、ヒロインのお誘いにいつも乗っからないのだ。
奥手とでも言えば良いか。
「え、あ、うん……」
ヒロインはヒロインでもう一度攻めることは無い。
一度弾かれてしまえば、そのまま退いてしまう。
だから、進展しないのだ。
うーん、焦れったい。
はやく「お前らまだ付き合ってないの?」って言ってやりたいんだけど、その土俵にすら立ててないんだよなぁ。
どうしたものか。
困りながら、教室を後にした。
やってきたのは別棟にある化学室。
ウチの高校は施設だけ立派に揃っている。
もっとも、それが実用化される機会はそうそうないのだが。
カリキュラム的にこればかりは仕方ない。
とはいえ、有効活用をしないわけにもいかない。
その為、その教室に特化した部活が設置されている。
そのうちの一つが化研部だ。
正式名称は科学研究部。略して化研部。
「おひさ」
「お、待ってたよ」
試験管を試験管立てに置いて、手をヒラヒラとする。
立ち上がると、机の向かい側に回り込んで、椅子を出してから、さっき座っていた所に再度座る。
「完成したか?」
俺は問う。
少し前に化研部の部長である萩生梓にとあるお願いをしていたのだ。
女の子になれる薬を作って欲しいという無理難題である。
あの主人公とヒロインをくっつける為には外の人間がもっと能動的に動かなければならない。だが、誰も動こうとしない。
俺ももう黙って見ているだけじゃダメなのだ。
でも、この男の容姿でくっつけようと専念したとしよう。
間違いなく、ヒロインの誰かに好意を抱いていると勘違いされ、作戦は儚く散りゆく。
じゃあ、どうすれば良いか。
女の子になれば良い。
非常に簡単な結論だ。
というわけで、梓にダメ元で頼んでみたのだが、彼女は目をキラキラ光らせて、二つ返事でオッケーしてくれたのだ。
というわけで、進捗の確認に来た……というわけだ。
「うん、完成したした。っても、安全性は保証できないけどね」
ニカッと白い歯を見せる。
飄々とした雰囲気で、とんでもないことを口にしている。
「大丈夫なのか?」
薬という性質上不安でしかない。
「うーん、使ってる物質的に死ぬようなことは無いと思うけど」
「そ、そうなのか……」
「ペラニン、プロギノン、プロゲストン、エストロゲンとか……基本的には女性ホルモン剤として使われるような成分だけだよ。使ってるのは」
「基本的にってなんだよ」
「ま、錠剤にしたわけだしさ、多少はね」
梓はまた不敵な笑みを浮かべる。
それが一番怖いのだが。
「まぁまぁ、安心してよ。マウス実験はしたからさ」
「そうなのか」
「雄のマウスに投与したらしっかり雌になったし、どこか神経が麻痺している様子も苦しそうな様子もない。ただ、人間に投与した時どんな変化があるか分からない、それだけだよ」
彼女は机をガサゴソと漁り、髪に包まれたカプセル式の錠剤を取り出す。
見た目は禍々しいものではなく、ただの風邪薬のよう。
これならすんなりと飲み込めるなと思ってしまう。
「あ、副作用一つだけある。眠くなるかも」
「それはまぁ、薬には付き物だろ」
「そう言ってくれるなら嬉しい限りだよ」
梓は水道水をビーカーに注ぎ、ホイッと渡してくる。
早く飲めと言わんばかりの視線。
ちょこっと怖いと思うが今更引き返すこともできない。
「じゃあ飲むわ」
意を決して、カプセルを口の中に放り込む。
そして、すぐに水で胃にまで運ぶ。
数秒も経過しないうちに、腹部が熱くなる。
まるで、火にでも炙られているかのような感覚。
その熱はどんどん下半身へ動いていき、息子が全体的に痛む。
金玉をサッカー選手に思いっきり蹴られたあと、野球選手に豪速球をぶつけられたような痛み。
この世の痛みとは思えない。
頭も徐々に重くなる。
体全体もどことなく怠くなり、強烈な眠気に襲われる。
「おっと……」
座るという行為すらままならない。
梓は慌てて俺の体を支えてくれる。
あぁ、梓の体が冷たくて気持ち良い。
そんなことを思いながら、俺はゆっくりと意識を手放した。
意識が戻り、目を開く。
目の前には鏡があった。
そこにはニンマリと微笑む梓と呆然と鏡を見つめているであろう美少女の姿があった。
「大ッ成功」
梓の言葉を聞いて、この美少女こそが俺なのだと理解した。
――女の子になってしまった。
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