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操られ人形  作者: 水無月 宇宙
2/2

初めての「サボり」、初めての「友達」

「…行ってきます」

「……」

返事がない。

いつものことだった。

家族は、俺に興味が無いから。

話しかけられる時は、俺が何か失敗した時だけ。

ただ、叱りつけられ、殴られるだけだった。


「………」

学校に行っても、誰とも話をしない。

俺には友達というものがいなかった。

ただ、席に着いて、持ってきた本を開く。

チャイムがなれば、無心で授業を受けるだけ。

楽しさなんて、必要なかった。


「おい、山内」

「はい」

学校で俺に話しかけるのは、先生だけ。

先生は、頼み事があるときに俺に声をかける。

「ちょっと、このノート、資料室まで運んどいてくれないか?」

「はい、分かりました」

先生は、俺が断らないことを分かっていて頼んでいる。


みんな、俺をいいように使っているだけ。

分かっていたけど、疑問は感じなかった。

ずっと、親から言われていた。

「あんたは、構ってもらえるだけ、感謝したほうがいいわよ」

だから、叱られても、雑用を押し付けられても、感謝するようにしていた。

俺を見てくれたから、ありがとうございます…ってね。


それで、よかった。

このままで、よかったのに。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」

なんで…?

「いーじゃん、あっ、一緒にサボる?」

友達と話す、彼を見ていたら、知りたくなってしまうんだ。

どうしたら、そんなに楽しそうに生きられるの…?

周りの人に、反抗したら、どんな気持ちなの…?


「……ど、どうしよう………………」

ついにやってしまった。

彼がいつもしている、「サボり」。

屋上に来たはいいけど、緊張して体操座り。

怒られちゃうかな。

殴られちゃうかな。

…もう、見られなくなっちゃうかな?

誰にも、話しかけてもらえなくなる…?

「…はぁ…………」

なんで俺、こんなことしちゃったかな…。

初めて、悪いこと、やっちゃったなぁ…。


こんなことしても、彼みたいになれるわけじゃないのに。


「あれ?君…。和樹(かずき)くん、だっけ?珍しいね、君もサボったりするんだ」

頭上から声がして、驚いて見上げると、ちょうど考えていた彼が俺の顔を覗き込んでいた。

「え?…隼人はやとくん!?」

「ん?僕の名前、知ってるんだ?」

不思議そうに首を傾げる彼に、急に名前を呼んでしまったことを思い出す。

「あっ…ごめんなさい…………」

慌てて謝ると、隼人くんはおかしそうに笑った。

「なんで謝るの?君、面白いね」

面白い?

初めて言われた。

なんて言ったらいいのかな。

「え、と。ありがとう、ございます?」

「あははっ。やっぱ面白いね。てか、敬語やめてよ。同い年なんだし」

「あ、はい…」

無邪気に笑う隼人くんは、俺に笑顔を向けて、俺に気さくに話しかけてくれる。

…笑顔を向けられるって、嬉しいなぁ。

「てか、和樹、って呼んでいい?」

「え?い、いいけど…」

俺の名前、呼んでくれる人なんていたんだ…。

「ありがと!改めて、よろしくね!」

「え、よ、よろしく?」

「今日から友達でしょ!」

友達…?

「なに、それ…初めて……」

「え!?友達が初めてなの?」

「うん、みんな、俺から距離取ってたし…」

きょとんして首を傾げると、隼人くんは目を大きく見開いた。

「こんなに話しやすいし、頭いい子なのに!?みんな、もったいないことするんだねぇ」

話しやすい?もったいない?

いまいちよく分からない。

ただ、なんとなく、胸がふわっとあたたかくなった気がした。

そんな俺を見て、隼人くんは「あっ」と声を漏らした。

「てか、最初にも言ったけど、和樹ってサボったりするんだね。めっちゃ意外だな。真面目なイメージだったから」

「あ、う、うん。は、初めてなんだけど。隼人くんみたいになれるかなって…」

俺の言葉に隼人くんは不思議そうな顔をした。

「え?僕みたいに?なんで?」

「あ…っ。ご、ごめんっ!変なこと言っちゃって…」

「いや、いいけど。なんでかなって」

俺は屋上のコンクリートを見つめた。

いつも、隼人くんがいる場所。

そこに今、俺は座っている。

変な感じだ。

「……楽しそうだから。毎日笑ってて、羨ましくて…」

「……和樹は、楽しくないの?」

「うん。楽しさは、いらないから」

「いらない…?」

俺は少し顔をあげて、隼人くんを視界に入れる。

「楽しさなんてなくても、生きていけるでしょ?」

「そう…かな」

隼人くんは視線を地面に落とす。

俺は言葉を続ける。

「けど毎日キラキラしてる隼人くん見てると、知りたくなっちゃって…楽しいって、どんなのかなって」

「…………楽しい、か…」

「先生とか、親の言うことに逆らうって、勇気がいるんだね」

「…そう、だね」

なんだか寂しそうな顔をする。

隼人くんが、隼人くんじゃないみたいだ。

いつもなら少しも感じたことがない「影」を感じた。

俺はなにか、いけないことを言ってしまったのだろうか…。

「隼人、くん?」

恐る恐る、名前を呼ぶと、隼人くんはハッとした顔で俺を見た。

「ご、ごめんね?気にしないで?」

「…なにか、あったの?」

「なんもないよ!ほんと大丈夫だから!!心配しないで!」

「そう…?」

本人がそう言うのだから、あまり深掘りはするべきではないのだろう。

だから俺は、それ以上きかないことにして、別の話題を探した。

「あ、隼人くんは、部活何部入ってるの?」

必死に探して、出てきた話題はそんな平凡なもの。

けど、それでもよかった。

隼人くんの顔が少し明るくなった気がしたから。

「部活はねぇ、バスケ部だよ!和樹は?」

「俺は部活入ってないよ。帰って家事と勉強しなきゃだから…」

俺がそう言うと、隼人くんは驚いた顔をした。

「え!?家事、和樹がしてんの!?え、料理とかできるってこと?」

「うん。基本的にはなんでもできるよ」

そうでないと、殴られるから。

それだけの理由で、俺にとっては料理ができることは当たり前のことだったのに、隼人くんの瞳は輝いた。

「すっご!!料理男子とか、格好いい!憧れるな…!」

「そ、そうかな?ありがとう…」

できるのが、当たり前。

できないのは、ありえない。

そんな認識だったのに、隼人くんは褒めてくれる。

よく分からないけど、ただ嬉しい。

だから俺はもっと隼人くんと話したくなった。

「隼人くんは、バスケ好きなの?」

「うん!大好き!バスケ、楽しいよ!和樹、見学だけでもいいから来てみる?」

その誘いは嬉しかったけど、早く帰らないと殴られる。

だから、俺は申し訳なく思いつつも断った。

「ごめんね。俺、早く帰らないといけないから…。ありがたいんだけど…」

その言葉に隼人くんは眉を下げた。

「そっかぁ…。しょうがないね。でもっ!授業とかでやることあったら、一緒にやろうねっ!」

「え?俺と?」

目を見開いた俺を見て、隼人くんは首を傾げた。

「そうだよ?嫌だった?」

「い、嫌じゃないけど……。なんで俺なんかと?隼人くんはいっぱい友達とかいるじゃん」

俺がそう言うと、隼人くんは何故かむっとした顔をする。

「俺なんか、ってなに?てか、友達いっぱいって言うけど、和樹だってその一人なんだから、一緒にバスケしたいって思うのは当たり前でしょ」

でも、隼人くんには俺なんかよりも仲のいい友達がいっぱいいて、俺はクラスの隅で静かに本読んでるような奴だ。

誰がどう考えたって釣り合わない。

隼人くんには、もっと大切にするべき人が沢山いるんだ。

そう伝えると、隼人くんは俺の手をぎゅっと握り、ぐっと力を入れた。

「な、なに?」

「…和樹」

不機嫌そうに俺の名を呼ぶ。

何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか?

「今日からお昼一緒に食べる!」

「は?」

「用事あるときとかはしょうがないけどさ、和樹が僕にとって大切な友達だってこと、自覚させるからっ」

怒ったわけではない…?

というか、何故に俺とお昼…?

理解不能なんだけど。

でも、隼人くんの瞳がやけに真剣だったから、思わずうなずいてしまった。

「わ、わかった…」

「よし!じゃあ、お昼は屋上集合ね!」


なんで…。

俺、隼人くんみたいになりたかっただけなのに…。

なんで友達になってるんだ!?

てかお昼人と食べるとか初めて!

緊張するし!!

けど……やっぱり隼人くんはキラキラしてたなぁ…。


怒られちゃうかもしれないし、殴られちゃうかもしれないけど…。

「サボり」も案外悪くないのかも。

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