初めての「サボり」、初めての「友達」
「…行ってきます」
「……」
返事がない。
いつものことだった。
家族は、俺に興味が無いから。
話しかけられる時は、俺が何か失敗した時だけ。
ただ、叱りつけられ、殴られるだけだった。
「………」
学校に行っても、誰とも話をしない。
俺には友達というものがいなかった。
ただ、席に着いて、持ってきた本を開く。
チャイムがなれば、無心で授業を受けるだけ。
楽しさなんて、必要なかった。
「おい、山内」
「はい」
学校で俺に話しかけるのは、先生だけ。
先生は、頼み事があるときに俺に声をかける。
「ちょっと、このノート、資料室まで運んどいてくれないか?」
「はい、分かりました」
先生は、俺が断らないことを分かっていて頼んでいる。
みんな、俺をいいように使っているだけ。
分かっていたけど、疑問は感じなかった。
ずっと、親から言われていた。
「あんたは、構ってもらえるだけ、感謝したほうがいいわよ」
だから、叱られても、雑用を押し付けられても、感謝するようにしていた。
俺を見てくれたから、ありがとうございます…ってね。
それで、よかった。
このままで、よかったのに。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ!」
なんで…?
「いーじゃん、あっ、一緒にサボる?」
友達と話す、彼を見ていたら、知りたくなってしまうんだ。
どうしたら、そんなに楽しそうに生きられるの…?
周りの人に、反抗したら、どんな気持ちなの…?
「……ど、どうしよう………………」
ついにやってしまった。
彼がいつもしている、「サボり」。
屋上に来たはいいけど、緊張して体操座り。
怒られちゃうかな。
殴られちゃうかな。
…もう、見られなくなっちゃうかな?
誰にも、話しかけてもらえなくなる…?
「…はぁ…………」
なんで俺、こんなことしちゃったかな…。
初めて、悪いこと、やっちゃったなぁ…。
こんなことしても、彼みたいになれるわけじゃないのに。
「あれ?君…。和樹くん、だっけ?珍しいね、君もサボったりするんだ」
頭上から声がして、驚いて見上げると、ちょうど考えていた彼が俺の顔を覗き込んでいた。
「え?…隼人くん!?」
「ん?僕の名前、知ってるんだ?」
不思議そうに首を傾げる彼に、急に名前を呼んでしまったことを思い出す。
「あっ…ごめんなさい…………」
慌てて謝ると、隼人くんはおかしそうに笑った。
「なんで謝るの?君、面白いね」
面白い?
初めて言われた。
なんて言ったらいいのかな。
「え、と。ありがとう、ございます?」
「あははっ。やっぱ面白いね。てか、敬語やめてよ。同い年なんだし」
「あ、はい…」
無邪気に笑う隼人くんは、俺に笑顔を向けて、俺に気さくに話しかけてくれる。
…笑顔を向けられるって、嬉しいなぁ。
「てか、和樹、って呼んでいい?」
「え?い、いいけど…」
俺の名前、呼んでくれる人なんていたんだ…。
「ありがと!改めて、よろしくね!」
「え、よ、よろしく?」
「今日から友達でしょ!」
友達…?
「なに、それ…初めて……」
「え!?友達が初めてなの?」
「うん、みんな、俺から距離取ってたし…」
きょとんして首を傾げると、隼人くんは目を大きく見開いた。
「こんなに話しやすいし、頭いい子なのに!?みんな、もったいないことするんだねぇ」
話しやすい?もったいない?
いまいちよく分からない。
ただ、なんとなく、胸がふわっとあたたかくなった気がした。
そんな俺を見て、隼人くんは「あっ」と声を漏らした。
「てか、最初にも言ったけど、和樹ってサボったりするんだね。めっちゃ意外だな。真面目なイメージだったから」
「あ、う、うん。は、初めてなんだけど。隼人くんみたいになれるかなって…」
俺の言葉に隼人くんは不思議そうな顔をした。
「え?僕みたいに?なんで?」
「あ…っ。ご、ごめんっ!変なこと言っちゃって…」
「いや、いいけど。なんでかなって」
俺は屋上のコンクリートを見つめた。
いつも、隼人くんがいる場所。
そこに今、俺は座っている。
変な感じだ。
「……楽しそうだから。毎日笑ってて、羨ましくて…」
「……和樹は、楽しくないの?」
「うん。楽しさは、いらないから」
「いらない…?」
俺は少し顔をあげて、隼人くんを視界に入れる。
「楽しさなんてなくても、生きていけるでしょ?」
「そう…かな」
隼人くんは視線を地面に落とす。
俺は言葉を続ける。
「けど毎日キラキラしてる隼人くん見てると、知りたくなっちゃって…楽しいって、どんなのかなって」
「…………楽しい、か…」
「先生とか、親の言うことに逆らうって、勇気がいるんだね」
「…そう、だね」
なんだか寂しそうな顔をする。
隼人くんが、隼人くんじゃないみたいだ。
いつもなら少しも感じたことがない「影」を感じた。
俺はなにか、いけないことを言ってしまったのだろうか…。
「隼人、くん?」
恐る恐る、名前を呼ぶと、隼人くんはハッとした顔で俺を見た。
「ご、ごめんね?気にしないで?」
「…なにか、あったの?」
「なんもないよ!ほんと大丈夫だから!!心配しないで!」
「そう…?」
本人がそう言うのだから、あまり深掘りはするべきではないのだろう。
だから俺は、それ以上きかないことにして、別の話題を探した。
「あ、隼人くんは、部活何部入ってるの?」
必死に探して、出てきた話題はそんな平凡なもの。
けど、それでもよかった。
隼人くんの顔が少し明るくなった気がしたから。
「部活はねぇ、バスケ部だよ!和樹は?」
「俺は部活入ってないよ。帰って家事と勉強しなきゃだから…」
俺がそう言うと、隼人くんは驚いた顔をした。
「え!?家事、和樹がしてんの!?え、料理とかできるってこと?」
「うん。基本的にはなんでもできるよ」
そうでないと、殴られるから。
それだけの理由で、俺にとっては料理ができることは当たり前のことだったのに、隼人くんの瞳は輝いた。
「すっご!!料理男子とか、格好いい!憧れるな…!」
「そ、そうかな?ありがとう…」
できるのが、当たり前。
できないのは、ありえない。
そんな認識だったのに、隼人くんは褒めてくれる。
よく分からないけど、ただ嬉しい。
だから俺はもっと隼人くんと話したくなった。
「隼人くんは、バスケ好きなの?」
「うん!大好き!バスケ、楽しいよ!和樹、見学だけでもいいから来てみる?」
その誘いは嬉しかったけど、早く帰らないと殴られる。
だから、俺は申し訳なく思いつつも断った。
「ごめんね。俺、早く帰らないといけないから…。ありがたいんだけど…」
その言葉に隼人くんは眉を下げた。
「そっかぁ…。しょうがないね。でもっ!授業とかでやることあったら、一緒にやろうねっ!」
「え?俺と?」
目を見開いた俺を見て、隼人くんは首を傾げた。
「そうだよ?嫌だった?」
「い、嫌じゃないけど……。なんで俺なんかと?隼人くんはいっぱい友達とかいるじゃん」
俺がそう言うと、隼人くんは何故かむっとした顔をする。
「俺なんか、ってなに?てか、友達いっぱいって言うけど、和樹だってその一人なんだから、一緒にバスケしたいって思うのは当たり前でしょ」
でも、隼人くんには俺なんかよりも仲のいい友達がいっぱいいて、俺はクラスの隅で静かに本読んでるような奴だ。
誰がどう考えたって釣り合わない。
隼人くんには、もっと大切にするべき人が沢山いるんだ。
そう伝えると、隼人くんは俺の手をぎゅっと握り、ぐっと力を入れた。
「な、なに?」
「…和樹」
不機嫌そうに俺の名を呼ぶ。
何か怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか?
「今日からお昼一緒に食べる!」
「は?」
「用事あるときとかはしょうがないけどさ、和樹が僕にとって大切な友達だってこと、自覚させるからっ」
怒ったわけではない…?
というか、何故に俺とお昼…?
理解不能なんだけど。
でも、隼人くんの瞳がやけに真剣だったから、思わずうなずいてしまった。
「わ、わかった…」
「よし!じゃあ、お昼は屋上集合ね!」
なんで…。
俺、隼人くんみたいになりたかっただけなのに…。
なんで友達になってるんだ!?
てかお昼人と食べるとか初めて!
緊張するし!!
けど……やっぱり隼人くんはキラキラしてたなぁ…。
怒られちゃうかもしれないし、殴られちゃうかもしれないけど…。
「サボり」も案外悪くないのかも。




