第5話:障害
(裕介…。)
私は心を揺さぶられる。この3年間でだいぶ癒えていたと思っていた心の傷はふさがってなんかいなかったのだ。彼は周りに気づかれないように、心配されないように、ただひたすら心の傷を隠し、耐えてきたのだ。
「美香。君はなぜ逝ってしまったんだ。俺はこんなにも君を求めているのに。」
裕介は私を抱いたままうつむき、そう言った。
(裕介、私はここにいるよ。)
私は顔を裕介になすりつける。
「美香。なぜ俺をおいて逝ってしまったんだ。なぜ車にひかれたのが美香だったんだ。なぜ……。なぜ美香が死ななければならなかったんだ。いっそ、俺が死ねばよかったのに…。」
(裕介…。)
私は呆然と裕介の吐露した言葉を聞いていた。
(裕介。私の死をずっとそんな風に思っていたのね…。)
私は胸が痛んだ。こんなにも近くに、そばにいるのに私の言葉は届かないのだ。そして、裕介の問いかけに答えられる答えなんてどこにもないのだ。
(裕介…。ごめんね。私だけが幸せで……。私は今猫の姿であなたのそばにいる。あなたは猫である私の正体に気づくことは無いでしょうね…。でも、これでいいの。もし気づいてもそれはあなたを苦しめるだけだから…。私はあなたを言葉で慰める事が出来ない。抱きしめる事もできない…。だから、これでいいの。ねぇ、裕介。あなたは決して1人ではないんだよ。この3年間どれだけの人達があなたをなぐさめ、支え、見守ってきたと思ってる。私はずっと3年間あなたのそばにいた。だから知っている、あなたが1人ではない事を…。たくさんの仲間、友人達がいる事を…。だから、もう私の事は忘れて。私の事を忘れられる事はとても辛くて、寂しい事なんだけど、私が一番つらい事は裕介。あなたが悲しがっている姿なのだから…。裕介。もう‘美香’である私の事は忘れて。あなたはあなたの幸せのために歩き出して…。3年前から止まってしまった時間を動かして。裕介。全てあなたのために……。1人で背負い込むことはないんだよ。猫の姿でも、あなたが私の事を忘れてしまっても、ずっと私は猫の姿のままこの命が続く限り、ずっとそばにいる。あなたのそばにこの命の灯が消えるまで…。ねぇ、裕介。笑顔を、あの私が大好きな太陽の様な笑顔を見せて。)
どの位そうやっていたのだろうか…。
「悪いな、ミレイ。何とか落ち着いたよ。ったく、情けないよな。この年で泣いてしまうなんてよ。ミレイ。お前が猫でよかったよ。人だったら恥ずかしくて身もだえているな。絶対…。」
その相手を想像したのか、裕介は顔を苦笑する。おおかた、凛さんでも想像したのだろう。裕介と同期で事務所に入ったのにもかかわらず、なぜか凛さんには裕介は頭があがらないのだ。まあ、仲が悪いわけではないからいいのだが………。
私は裕介から解放されて、ベットの上にちょこんと座っていた。
しばらくして少し目を赤くした裕介が現れる。
「じゃあ、寝ようかミレイ。」
(うん。そうだね。)
「みゃぁ~。」
「おやすみ。ミレイ。」
(おやすみ。裕介。)
私は、心の中だけで裕介におやすみと言うと、久しぶりに感じる温かい裕介の腕の中で私はまぶたを閉じたのだった。
チュン、チュン
私は鳥の鳴き声で目を覚ます。これも猫になってから勝手に身についた習慣だ。私が目を開けると裕介の寝顔があった。そして、その寝顔には涙の痕があった。
(裕介…。私の事は…‘美香’の事は忘れて、幸せになって。猫の姿だけど私はここに、ずっといるから、一緒に…。)
私はその願いを込めて裕介の頬に自分の頬をなすりつける。すると、
「……ん。」
どうやら起こしてしまったようだ。裕介は起きると少しの間ぼーっとしていた。裕介は低血圧なのだ。そして目が覚めたのか、
「よしっ。」
と、かけ声とともに頬を軽く叩くと私に向かって一言、
「おはよう。ミレイ。」
と、太陽のような笑顔。
(おはよー。裕介。)
「みゃぁ~。」
そして、裕介は事務所に向かうために朝の準備を始めた。
裕介は私に太陽の様な明るい笑顔をみせてくれたが、昨日のあの様子を見て、私は裕介の笑顔に潜む影と危うさに気づいてしまった。いや、もっと早くに気づくべきだったんだ。彼の笑顔は周りの人の心配を隠すために無意識のうちに造り出されたもの。いま、彼をとりまいている人物に、何かあったり、ケンカや揉め事がおこると絶妙なバランスで成り立っていた彼の精神は崩壊し、また3年前に戻ってしまうだろう。
それだけは阻止しなくてはならない。今度は本当に裕介は壊れてしまう。
裕介、まっててね。絶対そんな事はさせないから。裕介は私が守るんだ。その為にはまず初めの障害はあの女、美緒だ。
5日に更新しようと思っていたのにカタカタとパソコンを打っていたら日にちが変わっていました!!
さてさて、障害を排除するためにミレイちゃんは動きます。
………どう続けようかな…(・_・;)(オイッ、考えてないんかい!