日向の香り
恭介と出会って半年が経とうとしていた。気温は段々冷え込んで、雪が舞う日も増えた。
「病院の匂いにはもう飽き飽き」
ベッドの上で手足を広げ、恭介は言った。私は病室の匂いを嗅いでみるが、恭介がどれを指しているのか判然としない。首を傾げる私を見て、彼はつまらなそうに唇を尖らせる。
「血の匂い以外には興味ないんだろ」
「そんなことはないけれど」と弁明するが、吸血鬼になってから血の匂い以外に鈍くなったのは確かだった。
「じゃあ恭介は、何の匂いが好きなの?」
「うーん、日光の匂いかな」
私は目を瞬いた。人間だった頃は外に干した洗濯物から香る、お日様の匂いが好きだったが、もう記憶が遠のき忘れてしまった。
「それってどんな匂い?」
「嗅いでみれば?」
恭介は頭をこちらに倒した。彼は最近、帽子で髪を隠すようになっていた。
「今日の昼間は外に出て、ベンチでぼんやり日向ぼっこしてたからさ。多分するよ、日光の匂い」
私は身を乗り出し、恭介のこめかみの辺りに鼻を寄せた。すんすんと匂いを嗅ぐと、恭介が擽ったそうに身じろいだ。
「汗の匂いがするよ?」
「それだけじゃないだろ。もっとちゃんと嗅げよ」
恭介が私の手を引いた。私は体勢を崩し、恭介の前に覆い被さる。視線が至近距離で交わる。恭介の吐息が私の唇にかかる。彼が静かに顔を寄せた。二人の唇が淡くふれあい、惜しむように離れた。
私は恭介と額をあわせた。
「ねえ、私の血を飲んでよ」
「飲んだらどうなるの」
「不老不死の吸血鬼になる」
くしゃっと眉根を寄せ、恭介が考え込む。私は体を離し、彼の答えを待った。
「正直ちょっと魅力的だけど、いいや。俺、晴れ男なんだ。吸血鬼に向いてないだろ?」
天啓のように腑に落ちる。彼は、太陽に愛された人なのだ。
恭介とずっと一緒にいたい。けれどそれ以上に、恭介には、ずっとそのままでいて欲しい。
私の夜に、囚えることはできない。
恭介が私の手の上に手のひらを重ねた。
「明日から、退院できることになったんだ。そしたらさ、一緒に夜の散歩をしようよ」
「本当? よかった、嬉しい!」
私が勢いよく抱きつくと、彼の痩躯が軋んだ。慌てて力を緩めたが、恭介はその細腕で私の背を強く抱き締めた。結露で曇った窓のサッシには、綿雪が薄く降り積もっていた。
読んでくださってありがとうございます。次回、最終回です。