真夜中の病院
永遠と見紛う時が過ぎた。だが実際には三十年ほどだったらしい。
実家を失ったように、如月の洋館までは手放さないでいようと決めていた。古くて広い家の手入れに追われていれば、喪失の痛みと向き合わずに済んだ。
花壇には毎年ひまわりが咲いた。夜しか見ることができなくても、祖母や如月との思い出の詰まった花が愛おしかった。
食事は、如月の伝手を頼って凌いだ。今晩も協力者のいる病院に出向き、血液製剤をもらう手筈になっていた。
海を臨む高台に建った病院には、低い波の音が響いてくる。病室に面した庭を歩きながら、夏の蒸し暑い空気に汗を拭うと、私は懐かしい匂いにふと足を止めた。
吸血鬼になってから、血の匂いに酷く敏感になった。生き物の血は個体ごとにそれぞれ固有の匂いをまとっている。そして、甘く、芳しいこの香りは──
「如月?」
そんなはずがないと思いながら、それでも探さずにはいられなかった。
病院の東側、一階の病室が匂いの源だと分かった。壁に足を掛け、窓に触れると鍵が開いていた。それを開けば、より鮮明に如月の匂いが溢れてくる。
個室のベッドで眠っているのは、まだあどけなさを残した青年だった。短い直毛、鼻梁の通った涼しい顔立ち。如月とはちっとも似ていない。けれど、血の匂いは同じだった。
彼が如月のわけがない。頭では理解していても、私は息を殺し、しばらくの間彼の寝顔を眺めた。