夜のひまわり
如月の家に居ついて数日、夜に目覚めて階下に向かうと、一階は静まりかえっていた。家中を探したが、如月の姿はない。真っ暗な庭へ出ると、奥の方に屈み込んだ背中が見えた。
「何してるの」
振り向いた如月の手には、小さな紙袋とスコップが握られている。
「庭仕事? 何か植えるの?」
少し逡巡し、如月が紙袋を差し出した。中を覗き、私は目を瞬いた。
「ひまわりの種?」
「うん、育てようと思って」
「私のため?」
「そう、千紘のため」
私は不格好に掘り返された土を見た。そして、土で汚れた如月の素手を見て嘆息する。
「もうひとつスコップはない? 軍手は? 肥料もいるわ」
何日かかけて、庭の片隅に花壇が出来あがった。そこに蒔いたひまわりの種は、四日ほどで芽を出し、ぐんぐんと大きくなる。二か月も過ぎると茎の先には蕾が膨らみ、やがて黄色い花弁が開いた。
「違う……」
真夜中、如月と開花したひまわりを眺めながら私は呟いた。顔を伏せた私を、如月が覗き込む。
「何が違った? 品種? それとも肥料が足りなかった?」
「そうじゃないの。私は、太陽に向かってまっすぐに伸びて、日の光を浴びて咲くひまわりが好きだったの。私が見たかったのは、夜のひまわりじゃない」
毎日丹精込めて育てた花には愛着があった。それでも、記憶にある夏の日差しに花をひろげたひまわりと、現実の宵闇に紛れたひまわりとの乖離が、私の心を苦しめた。
「……ごめん。僕が、千紘を日光が浴びれない体にした」
弾かれたように私は顔をあげ、如月の手を取った。
「如月を責めるつもりはなかったの。吸血鬼になるのは、私が望んだことよ。これでよかったの」
強く手を握ると、如月の大きな手が握り返してくれる。私は、ひまわりなんて些細なことだと思い込もうとした。この胸の痛みなど、無視してしまえばいいと。
きっと祖母が恋しいから、思い出のひまわりに理想を託してしまっただけだ。死を待つ人の体で生きることに比べれば、太陽から隠れて生きることぐらい我慢できる。
ひまわりは数週間咲き誇ると、静かに項垂れ、枯れていった。その頃には、私の日焼けは綺麗さっぱり消え、セーラー服はクローゼットの奥にしまい込まれた。
それから毎年、私たちは庭にひまわりの種を蒔き、我が子のように世話をした。花は咲いては枯れていき、その間私たちは成長することも老いることもなく、気付けば五十年ほどの時が流れていた。