吸血鬼の牙
不愛想な吸血鬼は如月という名前で、海に面した丘に建つ洋館に住んでいた。祖母との思い出が染みついた家に戻る気力がなく、私は二階の一室を借りて眠りについた。翌晩、ようやく起き出してリビングへ行くと、如月はソファーに座り、綺麗な手で本のページをめくっていた。
「傷、もう治ったの」
「浅かったからね。千紘のもじきに治るよ」
如月が巻いてくれたハンカチを取ると、手の傷は消えかかっていた。不老不死とはこういうことかと納得する。
「着替えとか、必要なものがあったら言ってくれ。腹は減ってないか」
頷く前に腹の虫が鳴った。祖母の死から何も食べていなかった。顔を赤くした私に、如月が「ごめん」と謝る。
「普段は協力者の人間から血を分けてもらって貯えているんだが、生憎今は切らしている。すまないが僕の血で我慢してくれないか」
そう言って如月はシャツのボタンを緩め、首筋を剥き出した。青白く透き通った肌に、私は一瞬たじろいだ。
「如月は肌が白いのね」
「日に当たると死んでしまうからね」
「私は日焼けしているわ」
セーラー服の袖を捲り、小麦色をした腕を晒す。腕の外側と内側ではっきりと色の濃淡が分かれている。
「海で泳いだり、祖母の畑を手伝ったり、庭の手入れをしたりしていたもの」
言葉にすると、まだ生々しい傷が疼いた。
「庭に毎年ひまわりを植えて育てていたわ。祖母が好きな花だったの。私も──」
声音が震えた私の腕を引き、如月が私を抱き寄せた。後頭部に手を添え、私の口元を自分の首筋へと導く。
「さあ、お飲み」
如月の血を飲んで、体の変化はいくつもあった。身体能力が向上し、瞳が赤くなり、爪や犬歯が伸びた。
空腹に誘われて牙を剥き、如月の白い肌に突き立てた。柔い肌を裂けば、甘く芳しい血が口内に溢れる。
十分に啜って口を離すと、如月は「すごく痛かった」と顔を顰めた。大きな手が頬に触れる。親指が私の口内に潜り込み、牙を撫でた。
「ああ、千紘の牙は少し先が丸いんだね」
擽ったくて、舌で如月の指を追い出す。血と唾液で濡れた唇を、如月の手が拭う。
「僕のはあまり痛くないよ。試してみる?」
「嘘だったら当分根に持つわよ」
私は笑い、セーラー服のスカーフを抜き取った。