期間終了大特価
最初に話を持ちかけたのはどちらなのか。
ニニは知らないし、興味もなかった。いずれにせよ結果は変わらない。蛇族から誉れある獣王の寵姫が輩出され、その見返りとしてニニはセザに近づき彼の食事に毒を盛るように命じられた。
そして見事に失敗したのだった。
(まあ失敗するとは思ってたんだけどね)
暗殺の手段として用いるには、蛇族の毒は有名過ぎた。獣人ならば誰だって警戒する。獣王の座を巡って争うセザならなおさらだ。
あの場から負傷した足で逃げ切られたのは奇跡だ。セザもいちいち小物に構っていられなかったのかもしれない。とにかくニニは脱兎の如く逃げ帰った。
「蛇族の長が推挙するから、期待していたんだがな」
これ見よがしにため息をついたのは獅子族の獣人ザンだった。セザと同じ金髪に尻尾、血の繋がった兄弟なので身体を形作る要素はほぼ同じ。にもかかわらずとセザと全く似ていないのはどうしてだろう。
ぼんやりと考えに耽っていたニニの頬が張られた。小さく爆ぜるような音と共に痛みがはしる。相変わらず力加減を知らない張り手だったが、最初の時とは違って倒れはしなかった。これでもニニは獣人だった。
「とんだ見込み違いだ」
吐き捨てるザンを、ニニは冷めた目で見た。腹いせに暴力を振われたからではない。セザと比べてあまりにも卑屈で矮小だったからだ。
策を弄するのはいい。真正面から狩りをする獣はいない。罠を仕掛け、獲物の背後から忍び寄る。そうやって獣人族は日々の糧を得てきた。
しかし、だ。仮にも同じ獅子族。策を弄するのも実行するのも一対一で行うべきだとニニは思う。たった一つしかない獣王の座を巡る争いならば、当人同士で争うのが道理だ。他人の力を借りて得た玉座で、王として輝き誇れるのだろうか。
「しかし待てよ? セザは毒を盛られたと気づいていながらお前を生かした……」
ザンは考え込んだ。嫌な予感しかしない。そもそも獅子族の長を毒殺しようなどという無謀な策を、ニニ命じたのはこいつだ。案の定、ザンはにたりと笑みを浮かべた。
「奴も大概甘いな。もう一度懐に飛び込めば機会があるかもしれん」
「いやいやいや、無理だって!」
思わず突っ込んだニニだったが、ザンに睨まれて縮こまった。足と腕の怪我はまだ治っていない。痛みも鮮明だ。
「あの……他の方法を考えたら」
「あいにくだが、俺は命を狙ってきた奴を放っておくほど慈悲深くはない」
「ほら、セザだってそう言っ……」
ニニはぎこちない動作で首を後ろに向けた。そして悲鳴をあげそうになった。先ほどまいたはずのセザが、涼しい顔で追いついていた。
「せ、セザ……っ!」
ザンが震える声で呼ぶ。セザは眉を寄せた。
「誰だ貴様は」
「貴様、兄の顔を忘れたのか!?」
「知るか。兄弟が何人いるかも把握してない」
仮にも王座を巡って争う兄に向かって、セザは「そんなことより、こいつの主が貴様か?」と問うた。
「だとしたらなんだ」
「貴様は知らんだろうが、俺は先日こいつの命を救った。ここひと月ほど食料も与えて養った。貴様がこの『非常食』の所有者だというのなら、持ち主として対価を支払うのが道理だ」
「はっ! 獅子族の長ともあろう者が、たかだか蛇族の子どもに餌を与えたくらいで偉そうに」
嘲笑うザンを、セザは無言で見つめた。いつものようにむっつり顔なので感情が読めない。
「欲しければくれてやってもいいぞ。役には立たないが、まあたしかに非常食くらいにはなる」
「いらん」
セザはすげなく言うと動いた。ニニはおろか当のザンですら反応できなかった。強烈な右ストレートがザンの頬を直撃。もんどりうってザンは倒れた。
「これで『対価』にしてやる」
「きさ、何をっ!」
「何を驚く。貴様が常日頃、こいつにやっていたこととどんな違いがある。誉れ高き獅子族ならば、俺の兄を名乗るのなら、最低限の品位は守ったらどうだ」
言い捨て、セザは踵を返した。何事もなかったように去りゆく背中は、最初に会った時と何も変わっていない。ニニを路傍の石のように扱うのもーーそれでいて、実はしっかりとニニのことを見ていることも。